13 お京さんの打ち明け話(1)
「あたしもずいぶん迷ったんだけどさ」
洒落た造りの甘味茶房の角っこの席で、アンニュイな感じに組んだ足を投げ出して、お京さんは少し物憂げな仕草で、あんみつのスプーンをかき回した。
「あたしたち、結局なんだかんだで籍も入れてなかったし、仮に入れてたとしても藤永の実家なんてもう10年も顔出してなかったしさ。生まれ育った家と疎遠になるのって寂しいもんだってのは身に染みてたし、少なくとも最期を看取ったのはあたしだったから、もういいや、と思っちゃったの。修ちゃんのお骨は、修ちゃんのお家の人たちのところに帰してあげようって」
お京さんはきょうは、金色の髪を後ろに流れるようにプロウして、金色のチェーンのついた金縁で濃い色のサングラスをかけて、ボトムは白のスリムなパンツに白いブーツ。そしてビビッドな緑色のジャケットをはおってる。服は多分女性物。でも、ぎりぎりの線で女装には見えない。女装には見えないけど、異様に目立つ。待ち合わせの場所で、一目見たとき、あたし、思わず後ずさりしそうになったけど、やっぱり司くんは全く気にしてない。
「でもねえ」
お京さんはそう深く溜息をついて、
「お墓参りも自由にさせてもらえないんじゃ、やっぱ返すんじゃなかったわ。溜めた貯金でお葬式出して、自分たちのための霊園も買って、何もかもこっちでやっちゃえばよかった」
「でもさ、お京さん」
司くんは、こんな場所でもやっぱりコーヒー。喉が渇いてたのか、来たばかりのホットを熱さをものとせずに飲み干すと、聞き返した。
「霊園って、入場制限とかあるの? 俺、墓参りとかしないからよく知らないけど、例えばこの近くの外人墓地なんて、自由自在に通り抜けできるじゃん」
「そりゃ、霊園に入るのは誰だって自由だけどさ。お花、飾ろうと思って持っていったのに、突っ返されて、今、まだ車の中よ。あたしの息のかかったものは汚らわしいから持って帰れ、だって。大体、汚らわしいってどういう意味よ。修ちゃんはあたしと2年半も一緒にいたのよ。あたしが汚らわしいんだったら、修ちゃんだって」
お京さん、ちょっと声大きいよ。あたし、こっそりそう思う。お店に流れてる音楽は、静かな静かなネオクラッシックとか、環境音楽とか、そういうジャンルの音楽。大声で会話すると、とってもよく響く。
午前中、お京さんはこの近くにある霊園に、修ちゃんのお墓参りに行ったんだって。そうしたら、たまたま修ちゃんのお家の人と、鉢合わせしたっていうわけ。お彼岸のシーズンだし、日曜日だし、充分に考えられるシチュエーションではあったわけだけど、そこで、そんな風に悪し様に罵られるなんて思ってなかったんだって。
「アカの他人が何をどう言おうと、いまさら気にも留めないんだけどね」
お京さんは、溜息混じりにそうこぼした。
「ホントだったらいずれはパパとかママとか呼んで、仲良くできてたかも……そりゃ、到底無理な話だったかもだけど……しれない相手から、こう、撥ねつけられるっていうの? 冷たい目で見られて否定されるのってやりきれないもんよ」
「星野さん……だっけ?……って、家族にカムアウトしてたの?」
司くんの質問に、お京さん、首を振る。
「ううん。あたしとつきあう前は、どうにも言えなかったんだって。特にママがショックを受けるだろうし、両親をがっくりさせたくないって。でも、一緒に暮らし始めて半年ぐらいのときに、やっぱり一生隠し通せることじゃないし、あたしとのこともちゃんとしておきたいからって、報告に行ったわ。結果は散々だったって修ちゃん、でも、障害は2人にとってイーブンなことだからって、あのときは笑ってた。これから一生かけても、何とかわかってもらえるように努力するからって。あたしなんか、家には顔を見せるなって、ずいぶん前に父親に言われたっきりだし、自分ちとうまく折り合っていこうなんて気、とっくに無くしてたけど、そんな風に言われると、期待しちゃうじゃない。家族ぐるみのおつきあいってやつが、ひょっとしたら叶うのかしらん、なんて。なのに、修ちゃんはあっさり事故で逝っちゃうし、今ではあたしは彼の家族にとって、いなかったことにしてしまいたい存在ってわけ」
「けどさ、葬式したんだろ? そんときは、お互いにどうしてたの?」
「あたし、喪主じゃないわよ、友人よ」
お京さんは悲しそうな顔で微笑む。
「実際には斎場の予約取ったりだとか、かなりの部分をあたしが取りしきったんだけどさ。表に出てこられちゃ困るって言われて、おとなしくしてたの。あのときはまだ、同じ人のことを好きだった者同士、どこかで気持ちが通じ合えるんじゃないかと思ってたんだけどね」
腕組みをして難しい顔で聞いている司くんに、お京さんは笑いかける。
「辛気臭い話をしてごめんねえ、タオ。けど、こんなクサクサした気分のまま、お店に戻りたくなかったのよ。ランドマークのお店で気分転換にこのジャケットとサングラス買ったんだけどさ。買い物だけじゃいまいち気晴らしにもなんなくてねえ」
お京さんの言葉を黙って聞きながら、内心あたしはちょっとホッとする。この攻撃的なファッションで相手のお家の人たちと遭遇したわけではなかったのね? そりゃ服装は自由だけど、こんなエセマイケルジャクソンみたいなスタイルでお墓参りってどうなんだろうって、少し思ってしまっていたから。
「お客さんとしてだったらとぐろ巻いて毒舌かましてりゃいいけどさ、手伝うって言っちゃったからそういうわけにもいかないでしょ。機嫌直してから帰んなきゃ」
言いながらも、お京さんの機嫌は簡単にはよくならない。あーあ、と、また溜息をついて、指でスプーンをこね回してる。半分ぐらい残したあんみつを、もう食べる気はないみたい。
「あたしさ、修ちゃんが、狭いところに閉じ込められてて、ありのままの修ちゃんでいることを許してもらえず、認めてももらえず、こう、小さくなってさ、息苦しいあんな場所でさ、死んでからもそういう状態なんだって考えると、ホントにクサクサしてきちゃってさ。なんか夜中にシャベル持って侵入して、墓荒らしでもしたい気分よ」
それを聞いて司くん、ぼそりと低い声で言った。
「つきあおうか?」
「え?」
「墓荒らし」
一瞬の間があいて、けど、すぐ気を取り直した様子でお京さん、笑顔になった。
「んもう、タオったらあ、ジョークよ、ジョーク。っていうか言葉のあやよ。単にそんな気分だってだけ」
そしてお京さん、両手をあげて伸びをする。
「さっ、気分転換、気分転換。おいしいもの食べにいこ。この近くにお奨めのイタリアンがあるのよ。それか、おいしいステーキの店でもいいわよね」
「へっ? せっかく横浜まで来て、中華食わずに帰るわけ?」
「中華料理なんておのぼりさんよ」
お京さんはそういって、司くんの異議申し立てを一蹴した。
すぐにも席を立ちそうな気配の2人に、あたし、慌てて梅昆布茶(和菓子付き)の残りを飲み干して、鞄の中からお財布を探す。
そうしたら、突然お京さんが聞いてきた。
「ねえ、鞠乃ちゃん、もしも今度デートするとしたら、あたしとタオのどっちとする?」
「え?」
お財布を取り出す手を止めて、あたし顔を上げた。
「もし、どちらか1人を選ばなきゃいけないとしたらよ。どう? 考えてみてよ」
「ええー? どうしてですか?」
「心配しないで。答えたほうとデートしろなんてせまったりしないから。仮によ、仮に。だから気楽に答えてちょうだい」
「そんなこと言われたって……」
あたし、困って司くんの方を見る。
「お京さんさー、なんでそんなこと聞くわけよ。んなもん、誰が考えても俺に決まってるだろ。中年おばさん男とジョシコーセーが歩きたいかっていうの」
「あら、失礼ね。どう考えてもあんたよりあたしの方がデートスポットにも詳しいし、気配りだってできるし、ちゃんとエスコートしてあげられるわよ。バイクしか乗れないあんたと違って、車も出せるしさ」
「ブブー、残念でした。俺も車の免許取ったの」
「え? いつ?」
「大学入ってすぐの頃。っていってもペーパーだけどさ」
「んま、生意気」
頬を膨らませて司くんを睨んでみせるお京さんに、あたしは聞いた。
「どうしても、どちらかを選ばなきゃいけないんですか?」
「そーよ。2つに1つ。どっちかを選ばなきゃなんないの」
お京さんはそういってあたしに優雅に微笑みかけてくる。
「どう、鞠乃ちゃん、答えてよ」
「だったら、あたし、お京さんを選ぶと思います」
「あら、嬉しい」
お京さんはうふっと笑う。
反対に司くんは不服そうな顔になる。
「なんでだよ」
「だって、司くんは梓の弟だもの」
そう、あたしは説明する。
「梓より先に、あたしが司くんと親しくなったら……なんかマズい気がする」
「そんなことないだろ、別にさ」
司くんはそう言ったけど、やっぱりそれってなんだかマズい。さっき図書館の休憩室でもなんとなくそう思ったんだけど、こうして言葉に出してみるとはっきりする。うまく言えないけど、梓に悪いっていうのかしら、梓が気にするだろうと思うの。そこはきっと、うかつに踏み込んじゃいけない梓のテリトリー。
それと、あたし自身の気持ちもある。梓にそっくりな司くん。しゃべれば、動けば、まるで別人だけど、伏し目がちにうつむいた横顔なんて、ほんとにハッとするほどよく似てる。あたし、どうしても司くんに梓を重ねて見てしまう。梓の面影を追ってしまう。それってなんだかちょっと気詰まりな状況って気がするのよ。
「じゃ、決まりね」
あたしの思惑をよそに、お京さんは立ち上がった。
「お財布はしまってちょうだい、鞠乃ちゃん。きょうのエスコートはあたしだからね。ステーキ食べに行きましょ」
「え?」
「あー、なんだ、鞠乃ちゃんがどっち選ぶかって、そういう話だったの?」
司くんは大きな鞄とヘルメット2個を無造作に抱えて立ち上がった。
「俺、自分の分だけでいいわけね」
そういってポケットの小銭入れから500円玉を1つ出して、お京さんに渡す。
「清算ヨロシク」
あたし、自分もお茶代を出すって頑張ったけど、どうしたってお京さんは受け取ってくれなかった。
「ちょっとあんた、デートでおごらせてもらえないなんて、男に恥をかかせる気?」
なんて、切り口上の女言葉でまくしたてられても違和感大きすぎだってば、お京さん。レジのお姉さん、固まってしまってたよ。




