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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第二章 日曜日
14/63

14 お京さんの打ち明け話(2)

 外に出ると、雲の切れ間から薄日が差していた。午後を回っていたけど、都内北部とこっちの方ではお天気も違う。

 ふと見上げた司くんのおでこに、光の加減でうっすらと傷跡が浮かび上がってるのにあたし、気がついた。右上から左下に斜めに走る傷。多分、梓の言ってたテーブルにぶつけた傷だよね。


「髪、ずいぶん短くしたんだね」


 聞くと司くん、笑って答えた。


「ああ、これ、お京さんだよ。ほら、莫さんの店でおねーちゃんとご対面した日。あのあとお京さんにさ、髪を切ってもらったことがないっていうなら切ってあげようじゃないのさ、とか言われちゃって」

「切られちゃったの?」

「そっ。100均で調達してきたハサミでパシパシと」

「似合ってるよ」

「そう?」

「うん」


 あたし、頷いてお京さんを振り返る。


「お京さん、カットうまいんだね」

「でも、ちょっと前髪切りすぎちゃったわね。ほら、傷跡のこと考えてなかったから」


 お京さんは司くんのおでこを覗き込むようにして、そう言った。


「日の当たるとこだと結構浮いてみえるわよね」


 言われてあたしも、正面からもう一度覗き込む。


「すごい大きな傷だったんだね、多分」


 10センチ以上もありそう。何針ぐらい縫ったのかな。痛かっただろうな。


「でも、目立つかって、そんなでもないよ。すっごく薄いし。あたしも日なたに出て今初めて気付いたぐらいだもん。ていうか、司くんこそあんまり気にしてないでしょ」

「ん、でも、何人かが聞いてきたからな。説明がおっくうだよ」

「学校とかで?」

「そう」

「なんて説明してるの」

「ガキの頃どっかにぶつけたらしいって。どうせ覚えてねーしさ」


 司くん、そういうとすたすたとどこかに向けて歩き出した。


「そのうち見慣れたらみんな、聞かなくなるだろ。それよりお京さん、やっぱ美容師の仕事探したほうがいいんじゃねーの? 多分腕は落ちてないし、もったいないんじゃない?」

「そーお?」


 あたしと並んで司くんの後ろをついて歩きながら、うふふ、とお京さんは含み笑いをする。


「しばらくは気楽なお手伝いのアルバイトでいいわ。莫も今の仕事に本腰を入れてやるようなら、いずれはお店をたたまなきゃなんなくなるでしょうけど、とりあえずはそこまで思い切れないみたいだし」

「ずっと店の奥に寝泊りすんの?」

「あら、落ち着いたらアパート探すつもりよ。あそこだと服や靴が増えるとおさまりきらなくなるし、それに莫が今フリーだから、変に誤解されたくないしね」

「誤解って?」

「誤解は誤解。あたしにとっての莫も、莫にとってのあたしも、お互いははなっから全然恋愛対象じゃないんだけどさ。そんなこといちいち説明して回るのもかったるいってこと。ま、つきあいの長い連中にはいわずもがなだけどね」

「別に莫さんは気にしないだろ、そんなこと」

「ばかね、気にするのはあたしの方よ。そんな風に思われるかもしれないって考えるだけで、キショク悪くて鳥肌もんよ!」

「そんなもんかなあ、よくわかんないや」


 そう感想を述べる司くんに、お京さんはつっけんどんな調子で返す。


「そりゃ、あんたにはわからないでしょうとも」

「なんだよそれ……なんでそこで怒るわけ?」

「決まってるでしょ。あんたはあんたで気にしなさすぎだからよ!」

「んなことないよ、俺だって誤解されたまま放ったらかしてなんてないだろ。鞠乃ちゃんのことだって、違うよ、カノジョじゃないよってさっきしっかり説明したじゃないか」

「じゃ、莫とのことはどうなのよ」

「莫さんが……何?」


 怪訝そうな顔の司くんに、お京さん、


「おとといだったかの晩に、『ONLY』の平島さんがお店に来て、あんたの話……久しぶりにタオに会ったって話をあたしがしてたら、彼、あんたがかわいそうだって言うわけよ。あんなに莫のこと慕ってるのに、全然相手にしてもらえないのが気の毒だって」

「ふーん」

「ふーんって、それだけ?」

「やー俺ってかわいそうだったのかー」


 面白がってるみたいな司くんの口調に、お京さんの口元はへの字に曲がる。


「だからねえ、あたし、平島さんに言ったの。この前お店に来たときあんたは彼女とおぼしき女の子しっかり連れてたんだからって。そしたらあの人ときたら、もう……」


 そこでお京さんはいったん言葉を切り、あのオオボケ野郎、と、似合わない悪態をついた。


「彼が言うには、そりゃ莫ちゃんへの当てつけのために決まってるよ、だって。莫ちゃんに振り向いてもらいたくて一生懸命なんだ、可愛いじゃないか、ですって」

「なるほどなあ……」

「なるほどじゃないでしょ、だからどう見られてるか少しは気にしなさいって言ってるのよ」

「平島さんの誤解を解けって? 莫さんには全然相手にしてもらえないわけじゃなくてそこそこ構ってもらってるし、鞠乃ちゃんは別に莫さんに見せるためにお店に連れて行ったわけでもなくてたまたま雨に降られたからだって言えばいい?」

「んもう、話をややこしくしてどーすんのよ?」


と、呆れ顔になるお京さん。


「あんたはまず、自分がストレートだってきちんと表明しなきゃ」

「だって俺、そこまで自覚ねーもん。大体ノンケっていうのはポリシーみたいなもんだろ。そんなポリシー別にないし」

「じゃ、あたしたちの誰かが恋愛対象になるっていうの? そもそもあんたは同性を見たってトキめかないでしょ?」

「じゃ、何か? ゲイっていうのは同性の相手に会ったら片っ端からトキめいて、この人好きかもとか好かれるかもとかいちいち思うのか? 逆にヘテロのやつだってそのへんの女に会うたびにあれこれ考えていちいちドキドキソワソワしてるやつって、意識過剰で変じゃないか?」

「そんなこと誰も言ってないでしょ。例えば雑誌のグラビアなんかで好みのタイプを探すとしたら、ムキムキの筋肉男とムチムチのグラマラスとどっちに目が行くかってことよ」


 お京さん、ムキムキとムチムチの二者択一って、選択肢がすごく狭いと思う。あたし、心の中でこっそりツッコミ入れたけど、多分論旨からすると些細な問題だと思ったから声には出さなかった。

 司くんは立ち止まると腕組みをして、挑戦的に言った。


「グラビアで好みのタイプなんて探したことねーな。でも、そういうことなら単なる嗜好の問題だろ。同性愛者か異性愛者かってのが嗜好の問題に終始するなら、現実みたいにややこしい事態にはならないんじゃないの? ブロンディガールと日本人形みたいのとどっちが好みかってのがあるとして、好みのタイプの相手以外は好きにならないとか言ってても、それってむしろ先入観とか決めつけでさ。好みと違う容姿の相手を好きになる例なんて現実にはいくらでも転がってるわけでさ。相手に対する感情ってのはむしろ、その相手との距離だとか、関係性の中から湧き上がってくるもんだろ? 俺が思うにストレートだとかいう表明はそういう可能性をぶっちぎって、むしろ思想だとか、主義主張ってもんに近いんじゃねえか?」

「じゃ、聞くけど、実際のところはどうなのよ?」


 お京さんも腰に手を当てて、司くんと向かい合う。


「平島さんが言ってたわよ。莫がいつまでもあんたを放っておくのなら、叶わぬ片恋に身を焦がしているあんたがかわいそうだから、できれば自分が慰めてあげたいって」


 お京さん、『叶わぬ片恋に身を焦がしている』のフレーズを、独特のアクセントをつけて流れるように言い、そしてもう一度強調して繰り返す。


「あんた、叶わぬ片恋に身を焦がしてんの?」


 さすがに鼻白んだ様子で絶句した司くんに、お京さんはたたみかけるように言った。


「平島さん、今度会ったらあんたを口説いてくるわよ。君が若い身空で報われない恋にやつれていくのを見るのはしのびない、とかなんとか言ってさ。君のその一途な想いを受けとめる気もない鉄面皮なやつのことなんか忘れさせてやるから、とか言われて口説かれたら、あんた、どーするの?」


 まいった、という司くんの顔。


「うう……ゲイだとかどうだとか以前に、その思考回路についていけね」

「あんた、そういうしおらしいタイプじゃないもんね。『ゲイだとかどうだとかいう以前に』」


 勝ち誇った顔で、にっこりと、お京さんは余裕の笑みを浮かべる。


「どう? 誤解されるって結構鳥肌もんでしょ? あんたが莫を慕ってまとわりついてるのは周知の事実だけど、そこに恋愛感情がないんだってわかるのとわかんないのじゃ、周りの人間にとって見えてくるものが違うってことよ」

「……ったく、かなわねーや、お京さんには」


 司くん、ぼやくようにそうつぶやくと、大きな鞄を抱えなおして、ヘルメットを持ち替える。


「俺さ、自分がノンケだってはっきり表明すんの、やっぱなんか抵抗あるんだよ。人種差別撤廃のための集まりかかなんかの中で自分はクー・クラックス・クランですって主張するみたいでさ」


 クー・クラックス・クラン?

 どこかで聞いたことのある言葉。でも、どういう意味だっけ?

 さっきから何をどう口をはさめばいいかわかんなくてあたし、ずっと黙って2人の会話を聞いてたんだけど、多分教えてほしそうな顔してたんだと思う。お京さんがあたしの方を向いて説明してくれる。


「クー・クラックス・クランは狂信的な白人至上主義者のことよ。タオが言いたいのは、ストレートっていうのは単に異性愛者って言う意味だけではなくて、異性愛至上主義者って含みを持ってしまうんじゃないかってことね。KKKほど極端でなくてもね、ゲイって結構ね、蔑まれたり、軽く見られたり、いわれもない中傷受けたり、なんていうのか、こう、肩身の狭い思いをしてるもんなのよ」


 あたしたち、再び通りをゆっくりと歩き始める。しばらくして司くん、薄く雲のかかった空を見上げて、思い出したように口を開く。


「さっきの──甘味喫茶での話だけどさ、お京さん」

「なあに?」

「星野さんのお墓の話、してただろ。俺、思うんだけど、星野さんさ、そんなせまっくるしいところにはもう居ないんじゃねーの? 大体死ぬっていうのは魂が肉体から離れることだろ。生きてたときどんなでも、今頃自由になってるよ、きっと」

「そおねえ……」


 お京さんは少し首を傾げて、


「そうだといいんだけどさ。生真面目な人だったからねえ。死んでからも、しがらみから逃れられてないような気がしてなんだか切ないのよねえ」

「骨だの墓だのってのはむしろ生きてる人間の気休めだと俺は思うけどさ」


と、司くんは振り返ってお京さんを見る。


「それでも、星野さんの遺骨を取り返したいっていうなら、ほんとに手伝うよ、俺」

「なーにいってんの。遺骨を墓から盗めば立派な泥棒よ」

「いいじゃん、泥棒で。中身だけ抜いて、骨壷に石でも詰めて戻しておけばわかんねーって。完全犯罪でいこうよ」

「ばかね。これから法に携わる職業を目指そうって子が、そんなこと言うんじゃないの」


 たしなめ口調でそう言い返したあと、お京さん、目を細めて司くんを見て、こぼれるように笑った。


「ありがとね、タオ」

「どーいたしまして。でもほんと、墓荒らししたくなったら、1人で早まったまねするなよ。計画立てて、スマートに行こうぜ」


 どこまで本気なのか、司くんはまじめな顔でそう言った。


「あの人たちも、悪い人たちじゃないとは思うのよ」


 ぽつりと、お京さんはそうつぶやく。


「自分たちの子供がゲイだって認めてあげられないご両親。それって、単純に責めちゃいけないことなのかもしれないけど、認めてもらえない側としては、自分の存在をまるごと否定されちゃうわけよ。それが修ちゃんのとってどれだけ残酷なことだったか少しはわかってほしいって……そういう風に思っちゃうのよね」

「あのさ、お京さん」


 司くんは、先に立って歩き出しながら、


「今度はちゃんと周囲の人間にカムアウトしてるやつを選びなよ。パートナーの肉親の問題まであんたが抱え込むことはないんだよ。星野さんのことはあんたが理解してた。それでいーじゃん。家族がわかってくれてなくてもさ。そりゃ、星野さんは家族にあんたとのことを認めてもらいたがってたかもしれないけど、よしんば彼が長生きしてても一生かかるかもしれないって言ってたわけだろ? 自分がいなくなっても、自分の代わりにあんたが頑張ってくれるなんての、絶対望んじゃいねーって」

「タオ、あんたさ」


 お京さんは、その後ろをついて歩きながら、嬉しそうな声で言った。


「ほんとーに生意気言うようになったよね」

「そうかな?」

「そうよ。ね、鞠乃ちゃん」


 振り返ってお京さん、あたしに声をかける。けど、そんなこと同意を求められたって、あたしは以前の司くんを知らないから返事のしようがないんだけど。


「……ところでタオ、あんたさっきからどっち向かって歩いてんの?」

「そりゃ、もちろんチューカガイ」


 振り向いて司くん、そう答える。


「飲茶しようぜ」

「ステーキって言ったでしょ」

「俺、おのぼりさんでいい、中華が食いてえ」

「中華料理なんか六本木あたりの方がよっぽどおいしいのに」

「今から六本木に出るのは面倒くさい。横浜の中華街で大満足!」

「行こうって言ってるお店のステーキはほんとに絶品なんだから」


 往来でもめていたら、突然お京さんの携帯が鳴る。ごくシンプルなコール音。

 お京さんはちょっとぎこちない仕草で携帯を操作すると、電話に出た。


「はいはーい。……そうよ。えっ? なんですって? 今からあ? うっそー! えー、あたし今まだ横浜よー。入れ違いになっちゃったのねー。はー、困ったわ。……嫌よ、まだ戻らないわよ。……知らないわよ、そんなこと。……ええ、用事があるから、2時間ぐらいかかるって言っておいて。帰っちゃってもいいって言ってたって伝えておいてくれる?」


 パタン、と携帯をたたんでお京さん、バックにしまう。

 司くん、横から覗き込んで聞いた。


「莫さんからだったんじゃね? 戻って店手伝えって電話じゃなかったの?」

「違うわよ。修ちゃんの弟の守くんが連絡してきたって……これからお店に来るって」

※鉄面皮 も誤用です。ごめんなさい。

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