絡む女
オリヴィアを見送り、ソフィーはホールの端からフロアの演出を眺めた。人が少ない場所なので静かである。花々だけでは飽き足らず、今や蝶が舞っているらしいのに目を凝らした。果たしてあれは本物だろうかと関心が引かれる。
「折角の舞踏会ですのに、踊らないで何をなさってるの?」
その楽しい物思いが、途切れた。振り向くとレモネードを持った三人の令嬢がソフィーを見ていた。全員が高慢きちな態度を隠しきれていないが、特に真ん中のプラチナブロンドの令嬢の悠然とした立ち姿は天晴れの域である。問いかけの声の主はこの娘だと思われた。
「見物しておりますのよ」
短く微笑みを浮かべて答える。答えながらソフィーは頭の中で三人のことを思い出そうとした。特に真ん中の一人を。バーンズ家のご令嬢の筈だ。ソフィーと同い年で、確か名前はシルヴィアといった。美しい名前だと思ったので覚えている。それに美しい名前に負けない、なかなかの美人だ。
「まあ……一体何故ですの? 先ほどまであんなに踊っていたのに」
「あまり沢山運動をしないように言われておりますの」
「あら? 聞いていた話と違いますわね?」
シルヴィアが驚いたような声を上げた。脇の二人が追従する。ソフィーはその二人が、クリスとの別れ際に見た二人だということに気が付いた。
「もっと大きな問題を抱えていると聞いたのですけれど?」
「あら、何をお聞き及びなのでしょうか」
ひとまずソフィーはすっとぼけた。シルヴィアが目を細める。
「魔力にアレルギーがあるのでしょう? 魔法も一切使えないと。随分と……不便でしょうね」
「ああ、そのことでしたか。ご心配には及びませんわ。お陰様で日々快適に過ごしておりますから」
ところどころに小さな笑い声を忍ばせながらソフィーは答えた。シルヴィアが面白くなさそうな顔をする。すぐに微笑みを取り戻したが、ソフィーは見逃さなかった。
向かって左側の令嬢が二人に何事か囁いた。一瞬、三人が姉妹と見紛うほど良く似た笑い方をする。意地の悪い笑い。嘲りの視線を受けながら、ソフィーは、どうやらシルヴィアが美しいのは名前だけらしいと断じた。顔が整っているというだけでは、ソフィーの基準には少しばかり足りない。
シルヴィアが哀れっぽい声を出した。
「カイン卿がお可哀想ですわ……。貴女はあの方を一生縛り付けるつもりなのですか」
「縛り付ける? 私がですか?」
半笑いでソフィーは聞き返した。漸くシルヴィアたちが絡んできた目的が見えてきた。
視線よりはっきりした悪意を向けられたのは初めてである。ソフィーは興奮しているのを感じた。自分でも高揚感を信じられず、手のグラスを確かめたが、間違いなくハーブウォーターである。アルコールに酔っているわけではない。
「自覚がないのですか」
「ございませんわね、全く」
「皆様仰ってますわ」
「まあ、どなたかしら」
大袈裟に驚いてみせ、ソフィーは辺りを見やった。誰とも特に目は合わない。そもそも人がまばらである。噂になりにくいことを鑑みると、この熱烈な歓迎をソフィー自らクリスに教えてやるべきだろうかと迷われた。
シルヴィアの微笑みが引き攣る。
「フロレンス嬢、分かりませんか? みっともないことはよしたら? 可哀想だけれど貴女はクリス様に相応しくないのよ。いいえ、クリス様がお可哀想だわ」
「可哀想……」
「クリス様に一生貴女のような方の面倒を見させるつもりなの?」
クリス様と来たか。ソフィーは絶対にクリスに教えてやろうと決めた。にっこり笑いかける。
「まあ、ご友人なのですね」
「えっ?」
「あの人が名前で呼ぶことを許しているのですもの。親しいご友人なのでしょう?」
シルヴィアは虚をつかれた顔をした。
「お会いできて嬉しいですわ。学園でのご友人なのでしょうか? あの人、研究が大好きでしょう? 手紙に研究の進捗ばかり書いて寄越すものですから心配しておりましたの。ですがこんなに━━」
ソフィーは見開くことで輝かせておいた目をすっと細めた。
「━━あの人に親身になってくださる方々がいるなんて、初耳ですわ。杞憂でしたのね」
三人の令嬢が三者三様の動揺を示す。単純な驚き、憤り、怯え。口を開いたのは怯えた令嬢だった。
「まさか脅してらっしゃるの?」
「脅す? 何故ですか?」
ソフィーは無邪気に聞いた。
「脅されるようなことをなさったのですか?」
「い……いいえ」
口ごもる令嬢にソフィーはにっこりと笑いかけた。
「そうでしょう。私たち、少しお話ししただけですもの」
他でもないシルヴィアを見つめてソフィーは頷きかけた。反応はない。だが構わなかった。シルヴィアの微笑みは今や強張り、上がっていた筈の口角は殆ど真一文字に引き結ばれ、目は爛々としている。敵意が溢れ出していた。それを見られただけでも充分に愉快である。
ソフィーは暇を告げようと思った。こうなれば長居は無用である。しかしソフィーが口を開くよりも周囲がどよめく方が一瞬早かった。シルヴィアたちが振り向いて、慌てたように人混みに合流する。その人混みも二手に分かれていく。
ざわめく人々が大海の割れる如く道をあける、その真ん中を一人の男が徃く。男の足先は一直線にソフィーへと向かっていた。新雪の如き真白な髪。明るい中でも浮き立つような白皙。黒い眼鏡で隠された目元。
男がソフィーの前で止まる。
「フロレンス嬢。どうか一曲踊っていただけませんか」
オブライエン公爵がソフィーに手を差し出した。




