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白い茶会

 『悪魔の少年』と『救世の使徒』は間違いなく関連している。ソフィーは確信に近い自信を持っていたが、根拠となる資料は見つからないまま、時は過ぎ、オブライエン公爵家のタウンハウスに訪れた。


 その『悪魔の少年』と揶揄(やゆ)された青年が、上機嫌でソフィーとヒューバートを迎えた。


「良く来てくださいましたね」


 会釈の刹那、ソフィーは顔に笑みを張り付けた。心からは笑えなかった。黒づくめだった公爵の服装が、ごく暗い栗色中心に様変わりしていたためだ。クリスの言葉を思い出して内心で合掌する。優秀な幼馴染のお陰で、驚きは隠せた。


 暗い栗色を選んだ理由なんて、これまで黒ばかりだったから明るい色を選びかねたからというだけだろう。そもそもオブライエン公爵家の色は黒だ。家の色を多用してきた副作用で栗色なんぞに落ち着いているに過ぎない。豪奢なタウンハウス内をオブライエン公爵について歩きながら、ソフィーは自分に言い聞かせた。ソフィーの髪や目の色に起因しているなどというのは、とんだ自惚れだ。


「お誘いした身で何ですが、お加減はよろしいんですか」


 お茶が始まって早々、気遣わしげに公爵が問うた。ソフィーは若干の煩わしさを禁じ得なかった。一生の内で最も多くされる質問が、体調の確認だというのが明白なのは残念なことである。タウンハウスなれども豪奢な応接間も、ソフィーの一瞬にして曇った心持ちを慰めるには至らなかった。


「ええ、お陰様で」


 ソフィーは紅茶を一口飲んだ。そうすると少し落ち着いた。


「先だっては色々とお気遣いいただいて、ありがとうございました」


 白髪は(あらわ)なものの、相変わらず黒い眼鏡をかけている公爵の表情は、はっきりとは分からない。目は口ほどに物を言う。一昔前には貴族女性の必需品だったらしい扇子より、眼鏡は余程便利に思われた。表情から考えを推し量ることが難しい。


「お気に召しましたでしょうか」


 ソフィーは黒い眼鏡の向こうの目を意識して公爵を見つめ、一度視線を落としてから苦笑してみせた。


「お花はとても嬉しかったのですが……申し訳なくも思いましたわ」


 思い当たる節はあるのだろう。肌と同化するほど白いので分かりにくいが、公爵の眉が動揺を示した。


「ほんの気持ちです。ご負担になるとは……浅慮でした」


 尻窄みに公爵が言った。気まずい沈黙が流れた。


 参ったな、と言いたい気持ちと一緒にまた紅茶を飲み込み、ソフィーは公爵に微笑みかけた。相手が随分弱気なので調子が狂う。


「何をお返ししたら良いか悩ましくて……兄に相談したのですけれど」

「どうかお気遣いなく」


 公爵が慌てて言った。


「ただ貴女に喜んでいただきたかっただけなので」


 本心なのか口説き文句なのか、量りかねたソフィーは曖昧な微笑みを浮かべたまま、ヒューバートがどう出るか少し待ってみた。しかし、兄は何も言わなかった。


「そういうわけには……」


 ソフィーは言葉を濁した。結論を急ぎたくはない。


「本当に、どうかお気遣いなく」


 公爵が重ねて言う。何か必死なものが感じられた。これ以上この話題を掘り下げても、誰一人幸せにはなれないことをソフィーも悟った。本当は今日の訪問で公爵の嗜好を知って、贈り物選びに活かしたかったのだが。探るにしてもかなり慎重にならねばならなくなった。


「追加のお茶菓子を持って来させましょう」


 使用人に命じれば良いものを、公爵は突然立ち上がって退室した。


 ソフィーは弱って俯いた。これ以上の贈り物は困惑する、と伝えたかっただけなのに。どうも加減を間違えたらしい。


 落ち込むソフィーをよそに、ヒューバートは無言で笑っていた。


 暫くして使用人を伴って公爵が部屋に戻った。ソフィーは追加された菓子を見つめた。パステルカラーの可愛らしいものから、どっしりとした伝統的なものまで多種多様だ。目には楽しい。しかし、殆どが手を付けられずにこの茶会が終了するのは明白だった。こういう時、ソフィーは貴族との感覚の違いを思い知らされる。


「ソフィーは遠慮深いんですよ、閣下」


 公爵の期待する眼差しを苦しく思っていると、ヒューバートが穏やかな声で言った。漸くの助け舟にソフィーは安堵した。自分の口から言うよりはまだ、気まずくない。


「食べきれない量というのが何故か苦手なのです。勿体ないと思ってしまうようで」

「ああ、それで……」


 桜の花びらの唇から溜め息を漏らした公爵は、少しばかり苦々しげだった。


「申し訳ない。どうにも私は空回りしていますね」


 流石に安易な否定はしかね、ソフィーも苦々しい思いで微笑んだ。ややあって、公爵が口を開いた。


「挽回する機会をいただけませんか?」

「挽回だなんて」

「貴女をお連れしたい場所があるのです。絵画にご興味は?」

「好きですわ。鑑賞するだけですけれど」


 公爵が安堵したように微笑った。桜の花びらの唇が綻ぶ。


「来月から始まる美術展をご存知でしょうか。遠方の島々から絵画や彫像を借りて『黒い古城』で開催されるものですが」

「存じております」


 ソフィーは前のめりになって頷いた。王都のような都会では、こういったイベントに事欠かない。特にこの展覧会は、先月発表があった時点で絶対に行こうと決めたイベントであった。


「実は美術品の数々は既に到着しております。もし都合がよろしければおいでになりませんか」

「開催日まではまだございますわ」

「それより前にご招待しますよ」


 少し面白がるような声音で公爵が断言する。ソフィーはちらりとヒューバートを見た。ヒューバートも少し笑っている。


 公爵が朗らかに口を開く。


「フロレンス卿もご招待します。都合がよろしければお父上とお母上も是非」

「よろしいんですか?」

「もちろんです」


 自信に溢れた公爵に押し切られる形で、ソフィーは次に会う約束を結んだ。しかしそれは見せかけといって良かった。帰りの馬車ではヒューバートが呆れきって小言をいうのが、まるで気にならなかったのがその証拠である。客の少ない美術展で心ゆくまで鑑賞する、という贅沢な娯楽に取り憑かれていた。

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