友人たちとの茶会
招待状をさばいた後、ソフィーはセシリアの招待でバルドー侯爵家のお茶会に参加した。
「お元気そうで良かったですわ」
「ありがとうございます。皆様にお会いできるのを楽しみにしておりました」
先月の茶会と面子は同じである。ソフィーは自信を持ってにっこりと笑った。おろしたての淡いオーキッドのワンピースが、自分の透明感を引き出してくれるのを知っている。顔色が悪く見えることはあり得ない。
「血色が良くて安心したわ。そのワンピース、貴女によく似合ってる。素敵よ」
「セシリア嬢こそ、その帽子とても素敵ですわ。挿している花はもしかして婚約者様からですの?」
セシリアがはにかんだ。
「そうなの。今朝届いたのよ。それで、貴女たちとお喋りできると思ったら嬉しくなってしまって……嫌だわ、浮かれてたのね」
「実は私のワンピースもおろしたてですの」
ソフィーが白状すると、あとの二人も恥ずかしげに新品の髪飾りや手袋で来たことを告白した。全員がこの日を楽しみにしていたらしい。浮かれ者達は互いの装いを見合った。
「手袋のレースが本当に素敵。精緻なものね、アイリーン嬢」
「ええ、とても気に入っておりますの。本物の花を自分でスケッチしてから編んでいるらしいのです」
「道理で瑞々しさすら感じる筈ですわ。咲き方が自然の通りですもの。山のお花畑まで行ったのでしょうね」
しみじみと言う声に、アイリーンが目を輝かせた。
「よくお気付きですわね、オリヴィア嬢。やっぱり、今年もまた山へ?」
「そうなれば良いのですけれど。婚約者が決まるまでは王都にいるようにと母から言いつけられてしまって。来年は妹がデビュタントの年なので、仕方のないことですが」
オリヴィアは憂鬱なのを隠しもしなかった。この場にいる全員が、その理由を知っていた。山に囲まれた領地に住むオリヴィアは、珍しいことに爵位を継ぐ予定となっており婿となる人物を探しているが、それには軟弱な貴族など話にならないためである。前の婚約者はオリヴィアの領地での暮らしを見て逃げ出したというから、慎重になるのも無理からぬことだった。
「まだシーズンは始まったばかりですわ、オリヴィア嬢」
「それは事実ですけれど、先日の宮廷舞踏会を見る限り望みが薄いのもまた事実ですわ。ほら、やっぱり良い物件から売れてゆくものでしょう? 土地でも人間でも」
「痩せた土地ならば、いっそ土作りから始められては?」
「そんな言い方をしては殿方に悪いですわ」
たしなめたアイリーンは半笑いである。ソフィーはわざと悲しげな顔を作った。
「私は去年の舞踏会が忘れられないのです。そのせいかどうしても恨みっぽくなってしまって」
「あれっきりだったものね。仕方がないわよ、ソフィー嬢」
「ええ……あの時はまるで、品評会に出ている豚のような心地がいたしましたわ」
自分があの惨めな「壁の花」になるのではないか。そんな恐怖でいっぱいだったのを思い出し、ソフィーは言った。談笑しながらも女性を見定めるような貴族男性たちが、何だか、同じ生き物ではないように思われたのを良く覚えている。視線を感じる度、採点されている気がした。
しかし、ソフィーが大袈裟に言いすぎたせいか、三人の友人たちはクスクスと笑うのみだった。
やがてお茶のため、四人の令嬢達は部屋を移動した。
「緑茶……ですの?」
お茶が始まってすぐ、ソフィーは思いがけない邂逅に目を見張った。セシリアが得意げな笑みを浮かべる。
「ええ。良く知ってるのね、ソフィー嬢。最近王都で流行りなのよ。ずっと遠くの島から輸入しているの。長く鎖島してたけれど、漸く島交に乗り出したのよ」
「そうなのですね……」
呆然としたソフィーは、それだけ言うのが精一杯だった。知っているも何もない。ソフィーはかつての生で、別の身体で、何度も飲んだことがある。しかしこの世界にも緑茶があるとは知らなかった。領地外のことすら殆ど知らない身で、島外のことなど知る由もない。
「専用の茶器までお持ちなんて流石ですわ」
アイリーンが感心した声を出す。一方、ソフィーは未だ声も出せずに見惚れていた。いや、郷愁に駆られていた。今、ここに自分が存在しているという事実が、理不尽極まりないと思われて苦しいほどだった。帰りたい。帰りたい。今すぐあそこに帰りたい。
帰れない。
何故自分は、ここにいなければならないのだろうか。
「私は初めてですわ。持ち手がないのに熱くはならないのですか?」
「それほど熱くはならないや。紅茶とは淹れる温度が違うのよ。熱湯で淹れると渋くなってしまうの」
良く知る優しい黄緑の色合いを、ソフィーは飲む段になっても見つめていた。
「美しい色ですわね」
しみじみ言ったソフィーに、令嬢達が賛同する。しかし、その同意が却って辛かった。本当の共感から来るものではないのだ。当然ながら誰一人、ソフィーの望郷の思いなど知らない。
「春の色ですわ……まるで萌え出づる草木のよう」
空の色が違っても、緑茶の色は、皮肉なほどに同じだった。
「素敵な表現だと思うわ、ソフィー嬢」
賛辞に微笑みを返し、ソフィーは緑茶を味わった。香りが、優しい温度が、そして緑茶特有の甘みが、舌に触れ、口の中に広がり、喉を滑り落ちていく。じんわりと身体の内側から温まっていく。あまりに懐かしい感覚だった。
「来月にはもっと新しい物が手に入る筈よ。これは昨年の今頃採れた茶葉を魔法で保存した物だけれど、やっぱり摘み立ての方が美味しいそうなの」
もちろん残留魔力は抜いてあるわ、とセシリアが付け加えた。ソフィーは我に返って礼を言った。魔法が作用した飲食物は、魔力を受け付けないソフィーの体に不調を来たす。だから、事情を知らない人物が主催だと専用のルーペで飲食物を検分しなければならない。しかしありがたいことにセシリアたちは、ソフィーの事情を知る数少ない人々だった。
ソフィーは郷愁から目を背け、つとめて笑うようにした。友人たちから気を遣われたくはなかった。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
貴方が読んでくださったことが、私にとってとても励みになっています。端的に申しますと、とても嬉しいです。




