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王都のタウンハウス

「またこれに入るのね……」


 転移魔法で王都へ行くため、転移用の部屋へ入ったソフィーは、用意された箱を見て愚痴らずにはいられなかった。


 約一メートル四方で、高さは去年のソフィーの身長に合わせた箱。これは、直接の魔法を受け付けないソフィーが、転移魔法で移動するための苦肉の策である。一瞬だが密閉空間になるのに加え、安全上灯りを取り付けられず真っ暗なので、ソフィーはこの箱が苦手だった。


「今からでも王都行きを止すかい?」

「冗談でしょう」

「もちろん冗談さ。ソフィーが今年は来られるかもしれないって、もう言ってしまったからね」


 ヒューバートが笑う。だが、ソフィーがやっぱり止すと言ったら、小言の一つも言わずに賛成するのだろう。家族にソフィーの引きこもりを責める者はいない。


「でもこの箱は少し狭くはないかい? いや杞憂だったかな」


 ソフィーをじろじろと見てヒューバートが揶揄う。


「無意味に肥えるより経済的でしょう」

「辛辣だな。さ、どうぞお嬢様?」


 箱の前面にあるドアを開けて、芝居がかった仕草でヒューバートがお辞儀する。ソフィーはにこやかに箱へと進み、足を踏み入れるついでにヒューバートの足を軽く踏んだ。伸びる様子のない身長を揶揄われた報復だ。目敏く見つけたローズが笑う。


「磨かせたばかりなんだが」


 ヒューバートが溜息をついた。


「ソフィー、狭くはない? 大丈夫そう?」

「大丈夫そうよ、お母様。記憶ほど狭くないわね」


 ソフィーはつとめて明るい声を出した。ローズが微笑みと共に頷く。その後ろで、ピアソンが床に描かれた魔法陣の最後の仕上げをしていた。じきに出発だ。箱の内部に取り付けられた手すりを、ソフィーは握った。捻れたようなデザインの、マホガニー製の滑らかな手触りが掌の中でぬるくなっていく。箱の内側に張られた壁紙の蔦模様は好みだったが、残念ながら気を紛らわせる役には立たなかった。


 ソフィーは何気なくピアソンを眺めた。ふと目が合う。


「ご不安ですか?」


 近付いてきたピアソンが尋ねた。


「いいえ、そういうわけじゃないわ。新鮮なので見ていただけよ」

「左様ですか。転移自体は一瞬で済んでしまいますので、ご期待に沿えず申し訳ございません」


 微かに笑ってみせると、ピアソンはすたすたとジェラードの方へ歩いていった。二言三言、言葉を交わしている。転移の準備は完了したらしかった。ピアソンが再びソフィーの元へ来た。


「では、箱をお閉めします」

「ええ。お願いね、ピアソン」

「無事にお届けしますので、私にお任せください」


 箱が閉じられ、ソフィーの視界は真っ暗になった。一瞬、箱がぐらついて身体が傾ぐ。体温でぬるくなった手すりをぐっと掴んで耐える。


 この密封された箱の中でどれくらいの間空気が保つか、ということを考えないようにソフィーは心がけた。


「到着いたしました、お嬢様。残留魔力を除去し次第お開けします」


 箱の外からピアソンが口早に言った。ソフィーは無言で頷いてから慌てて、分かったわと返事した。


 ややあって箱が開かれる。


「息が苦しくはございませんか? 体調に気になる点はございませんか?」

「ありがとうピアソン。大丈夫よ」


 箱から出たソフィーは、一年ぶりのタウンハウスの転移室を見回した。正直な所、この場に来る機会があまりに少ないので実感は湧かない。しかしひとまずは、来られたことを喜ぶべきだろう。


 ソフィーは家族と連れ立って転移室から廊下へと出た。ふと振り向く。


 丁度ピアソンが第二便のために本邸へと転移する瞬間を、ソフィーは目にした。無音でかき消えた辺りを、何だか信じ難いような思いで眺める。


「ソフィー? 大丈夫かい?」


 ジェラードの声ではっと我に返る。大丈夫だと頷いて、ソフィーは久しぶりのタウンハウス内を進んだ。


 本邸に比べてタウンハウスは手狭な設計である。前世の家に比べれば抜群に広いのは間違いないが、客観的意見として狭く感じるのは無理なかった。


 しかし、ソフィーのために、本邸と同じようにタウンハウス中に魔力除去装置が徹底して備えられているのもまた事実である。一部の公共施設ならまだしも、個人の邸宅となると、他人の魔力を嫌う潔癖症以外は件の装置に拘らない。それを考えると、ソフィーは自分のためにかかった金額にいつもぞっとする。魔力除去装置は非常に高額だった。


「部屋は覚えていて?」


 しげしげと廊下に飾られた壺や絵画を眺めるソフィーにローズが尋ねた。


「ええ、多分。一度見てくるわ」

「僕もついて行こうか。同じ階にあるから」


 そう言うとヒューバートはソフィーの隣を歩き始めた。オルドリッチ伯爵家の兄妹は、連れ立って進んだ。


「多分、父上から話があるだろうが、四日後に晩餐会に行くことになると思うよ」

「晩餐会? 私が参加するのって少なくとも一週間後の筈じゃなかった? 暫くはお茶会に行って少し慣れてからだと聞いていたけれど」

「ダーレントン卿主催なんだ」

「それはそれは……余計な気を、お使わせしてしまったわね」


 幼い頃から何度も見た、クリスの父ダーレントン伯爵の顔を思い出し、ソフィーは少し苦いような気分になった。伯爵としては、将来的に家族になることを考えての配慮なのだろう。


「甘えたら良い。それに貴重な機会だから楽しむべきだ」


 哀れむようなヒューバートの眼差しを、ソフィーは冷ややかに受け止めた。


 ソフィーはこの兄が、医者に何を言ったか知っていた。晩餐会も舞踏会も、参加は週に一度ずつまでにするよう言えと命じていたのを、この耳で聞いたのだ。何と過保護なことか。そして詰めの甘いことか。せめて馬車を見送る際にやっていれば、ソフィーだって耳にすることはなかったろうに。


「ソフィー?」

「なあに、お兄様?」

「いや、その……何でもないよ。今日は何か予定は?」

「部屋で休むつもりよ。じゃ、着いたから失礼するわね」


 一年振りに王都での自室に入り、ソフィーは息を吐いた。兄という生き物は皆ああなのだろうかとぼんやり考える。かつて弟を持つ姉だったせいなのか、過保護にされるのが妙に気色が悪い。兄が欲しいと憧れたこともあったが、あの熱量の憧れは何処かへ失せていた。


 しかし、部屋に飾られた花を見て、ソフィーの機嫌は少し回復した。真白い綺麗な花で、花びらの先が外側に少し巻いている。傍にカードが置かれている。ソフィーはほっそりとした指でその白いカードを手に取った。真っ先に送り主の名が目に入って緩頬(かんきょう)する。オブライエン公爵は、花によってソフィーを出迎えたのだった。

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