解熱
きっかり一週間を乗り切り、ソフィーの熱は下がった。発熱が嘘のように、熱はただ通り過ぎただけのように、体は健康を取り戻して頭は冴えている。
「ありがとう、イザベラ。お陰で熱が下がったわ」
弾んだ声が出た。健康のありがたみを噛み締めずにいられない。イザベラはすました顔で
「当然のことですわ」
とだけ言った。しかし、顎が以前にも増して尖ったように見えるのが悲しい。元々痩身のイザベラから更に肉や脂肪が失われたのは明白である。ソフィーの身の回りの世話を殆ど一人で引き受けたためだ。
「心配かけたわね」
「そうお思いなら、ちゃんとお食事は召し上がってください」
「でも食欲が……」
「いくら何でも鎖骨が目立ちすぎですわ」
イザベラがきっとソフィーの胸元を見た。
「それは元からよ」
「いいえ、前より目立っています。ちゃんと召し上がらないと、今のままでは明らかに病み上がりですわ」
「手厳しいわねえ」
ある意味でローズより母親じみた小言が、ソフィーは嫌いではなかった。食が細かった前世で、母が痩せたんじゃないかと渋面を作っていたのを思い出すからだ。
「まだ皆様がいらっしゃるまで時間がございますが、どうなさいますか?」
「できればお風呂に入りたいわね」
「そう仰ると思っておりました」
イザベラがにっこりと笑う。
「浴槽に湯を張っております」
優秀なイザベラに手伝われ、ソフィーは優雅に、しかし素早く湯浴みを済ませた。そして身なりを整え、久しぶりに薄黄色のワンピースを着て、家族の到着を待った。顔色を少し悪くさせる色だが、ソフィーには別の狙いがあった。
約一時間後。オブライエン公爵から届いたばかりの、ぱっと目を引く瑠璃色の雛菊を眺めていると、家族が帰ってきた物音がした。ソフィーは部屋を出て、転移用の部屋へ向かった。
ソフィーの様子を見に帰って来た家族たちは、笑顔で出迎えたソフィーを見るなり、喜びというより安堵の方が勝った顔をした。
「やっぱり熱は下がったようだね」
無遠慮にソフィーの額に触れ、ヒューバートがしたり顔をする。一昨日、一人で見舞いに来た時には王都行きは止せと言っていたのに。同じ口で良く言うものだ。だが、ソフィーは笑顔を返した。
「ええ、そうみたい」
言いながらジェラードを見る。上手く健康的な印象を持たせることができたかが気になっていた。
「思ったより元気そうで安心したよ。一週間後また来るから、安静にして過ごしなさい」
ジェラードが微笑む。ソフィーは内心で喜んだ。しかし喜びも束の間、三人を見送る際に
「そのワンピースを着たのは失敗よ。血色のこと、もっと重視すべきだったわね」
とローズに耳打ちされ、ぬか喜びを悟った。小賢しいソフィーの考えは、賢いローズにだけはお見通しだったらしい。似合いもしない薄黄色のワンピースは、元々体のラインを拾いすぎるきらいがあって避けていたのが、痩せて丁度良くなっていたのである。
家族を見送った午後、ソフィーは漸く誕生日にと届いた贈り物を開封していった。急ぎお礼の手紙を書くためである。とはいえ、幸か不幸か一般的な貴族の令嬢に比べれば数は少ない。
「本は送り主の名前を書いた紙を挟んで机の上に置いておいてちょうだい。画材はそのままで良いわ」
「クリス様からのショールはいかがいたしましょう」
「クローゼットにしまっておいて。王都へ行く時に持っていくわ」
贈り物を開封し終え、ソフィーは机に移動した。積まれた本を一冊手に取る。友人からはオルドリッチに流通しないような小説が届いていた。慰みにぱらぱらと捲る。少し目を通しただけで、苦笑いを禁じ得ずソフィーの唇は歪んだ。誰からなのか分かる気がする。予想してから送り主を確認し、耐え切れず声を上げて笑った。
「お嬢様?」
「ああごめんなさい、気にしないでちょうだい?」
オブライエン公爵からの贈り物もあった。開封したソフィーは目を見張った。華奢で精緻な細工の美しい髪飾りが、細かな装飾を施された箱の中に鎮座している。銀製なのもまたソフィーの好みに合っていた。だが何より気に入ったのは、その髪飾りのモチーフがごく小さな花であり、それがドーム状に丸く構成されている点だった。
「可愛いわ。誰に選ばせたのかしら」
「さあ……。それにしても、これだけ繊細な細工なのに、普段使いのものになさるとは」
「確かに社交の場には少し向かないかもしれないわね」
その思いがけない素朴さこそ、ソフィーが気に入った点だった。華やかな花をモチーフにされていては、おそらく困ったことだろう。
「この髪飾りも王都へ持っていこうかしら」
「使いやすいからと多用なさっては、誤解を招きかねませんよ」
「それはそうね。使うタイミングは考えることにするわ……あのマホガニーのジュエリーボックスに仕舞ってちょうだい」
「かしこまりました」
見終わった髪飾りを、イザベラが繊細な品だからとさっさとクローゼットにしまう。その音を聞きながら、ソフィーはオブライエン公爵へのお礼状の文章を練っていった。
「氷菓のお礼も書かなくちゃいけないわね。保冷用の箱も素晴らしかったし」
「そうですね」
公爵からの祝いのカードや見舞いのカードを弄びながら、ソフィーは微笑んだ。プライベートではどちらかといえば長文を書く公爵が、短い言葉しか書けない美しいカードを選んだのだ。その気遣いが嬉しかった。




