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『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


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第9話 社会では使えない

翌日の午後、王立魔術院から呼び出しが来た。


今度は保管庫ではない。


二階の研究棟。


窓の広い部屋に入った瞬間、ユリウスは足を止めた。


綺麗すぎる。


机の上には紙束が寸分違わず揃えられ、術具は大きさ順に並んでいる。壁の棚には定式魔法の記録本が背表紙を同じ高さにして収まり、埃らしい埃が見当たらない。


唯一、窓際の机の端にだけ菓子の包み紙が三枚重なっていた。


「そこ、見ないでくれるかな」


声の主は若い男だった。


二十代後半。


淡い金褐色の髪を後ろへ流し、研究院の白い上衣を着ている。襟には三本線の銀章。


リシェルが姿勢を正した。


「レオル主任」


男が片手を上げる。


「今日は肩書きは要らないよ。彼が構える」


「もう構えてます」


ユリウスが言う。


男は少し笑った。


「レオル・クローディア。定式開発局で新しい術式の評価をしている」


定式開発局。


新しく考案された魔法を試験し、安全性や出力を揃え、誰でも同じ手順で使える《定式》へ落とし込む部署だ。魔術院の中でも、研究を街や工房で使える形へ変える場所に近い。


「君の記録を読んだ」


レオルが机を指す。


そこにはリシェルの字が並んでいた。


《熱渡し》

《滑奪》


ユリウスがリシェルを見る。


「全部渡したんですか」


「報告義務があります」


「これ、俺の失敗まで」


「失敗ほど重要です」


「転倒二名って書いてある」


「事実です」


レオルが紙を持ち上げた。


「君たち、仲がいいね」


「違います」


今度も声が重なった。


レオルは笑った。


「なるほど」


何がなるほどなのか分からない。


セラは壁際の椅子に座り、最初から興味がなさそうに足を組んでいる。


ガロは来ていない。


「それで」


ユリウスは机の前に立った。


「何の話です?」


レオルが一枚の図面を出す。


そこには、ユリウスの材料配置が写されていた。


窯石。


井戸鎖。


金具。


「面白い」


最初の言葉は、それだった。


馬鹿にする響きではない。


むしろ目が少しだけ明るくなっている。


「現象としては非常に面白い。熱源を作らず、対象間で熱だけを移す。もし制御できれば冷却、保存、暖房、鍛冶まで応用できる」


ユリウスは少しだけ肩の力を抜いた。


「じゃあ」


「ただし、今のままでは社会では使えない」


続いた言葉は早かった。


セラが片目を開ける。


リシェルは黙った。


ユリウスだけが聞き返す。


「どうしてです?」


レオルは図面の横へ三つの材料名を書く。


古いパン窯石。


井戸鎖。


冷蔵倉庫金具。


「この三つと同じ物を百組揃えられる?」


「同じ種類なら」


「同じ種類では駄目なんだろう?」


言葉が止まった。


レオルが続ける。


「何年使った窯か。どの位置の石か。鎖のどこを切ったか。井戸の深さは。荷重は。金具は何年間、どちら向きで温度差を受けたか。君自身、まだ条件を把握していない」


「だから調べます」


「もちろん。それはやるべきだ」


否定されなかった。


その方が少しやりづらい。


「でも社会が必要としている魔法は、一人の職人だけが成功させられるものじゃない。北区の治療院でも南の鉱山でも、同じ道具と同じ手順で同じ結果が出なければならない」


レオルは窓の外を見る。


中庭では、若い研究員が荷車を押している。


その荷台には規格化された術具が何十個も積まれていた。


「定式魔法の価値は、天才じゃなくても使えることだ」


ユリウスは机に置かれた自分の記録を見る。


数日前まで名前もなかった。


今は二つある。


けれど同じ結果を毎回出せるかと聞かれれば、首を縦には振れない。


「面白いだけじゃ駄目ってことですか」


レオルは少し考えてから答えた。


「社会へ渡すならね」


その言葉だけが、妙に残った。


          *


レオルは《熱渡し》を再現しようとした。


ただし古材は使わない。


ユリウスの観察記録から「熱を移す」という現象だけを抜き出し、既存の定式術式へ組み込む。


机の上に小さな金属箱を二つ置く。


片方には温水。


もう片方には冷水。


その間を細い術式線で繋ぐ。


「何をするんです?」


ユリウスが聞く。


「君の魔法を、定式側から作ってみる」


「できるんですか」


「今から確かめる」


少量の魔力が流れる。


術式線が青く光った。


温水の箱から、冷水側へ熱が移る。


完全ではない。


速度も遅い。


それでも確かに温度差は縮んでいく。


ユリウスは息を止めた。


自分が何日も材料を拾い、失敗し、白い粉を作った現象。


それに近いことを、レオルは半日もかけずに術式へした。


胸の奥へ硬い物が落ちた。


「できた」


セラが言う。


レオルは首を横へ振った。


「似た結果だよ。仕組みが同じとは限らない」


リシェルが箱へ測定術具を当てる。


「魔力消費が大きいです」


「分かってる。実用品には遠い」


レオルは図面へ書き込み始める。


嬉しそうだった。


その顔を見て、ユリウスは少しだけ自分が嫌になった。


先を越されたように感じた。


なのに、レオルがしていることは盗むことではない。


説明できる形へ変えようとしている。


それはたぶん、必要なことでもある。


「ユリウス」


セラの声で顔を上げる。


「顔に出てるぞ」


「何が」


「負けたみたいな顔」


「してません」


「してる」


レオルまでこちらを見る。


ユリウスは目を逸らした。


「俺の方が最初です」


口から出た。


沈黙。


リシェルが目を瞬く。


セラが笑い始める。


レオルも少し遅れて笑った。


「そこは大事なんだ?」


「大事です」


思ったより大事だった。


自分でも初めて知った。


          *


帰り際、レオルが呼び止めた。


「ユリウス」


振り返る。


「君のやり方は面白い」


同じ言葉。


今度は続きが違った。


「だから、やめない方がいい」


ユリウスは黙って聞く。


「僕は現象を定式へ寄せられる。でも君は、僕らが知らない現象そのものを拾っている可能性がある」


窓から夕方の光が差している。


机の上の銀器具が細く光った。


「ただ」


レオルが言う。


「見つけたものを君一人しか使えないなら、いつか限界が来る」


責める声ではない。


むしろ忠告に近い。


「発見する人間と、広げる人間は同じじゃなくてもいい」


ユリウスは返事をしなかった。


廊下へ出てからも、その言葉が頭に残った。


セラが横を歩く。


「気に入らないか」


「何がです?」


「レオル」


「別に」


「また顔に出てるぞ」


「そんなに出ます?」


「古材見つけた時なんかもっと酷い」


後ろからリシェルが言った。


「同意します」


「二人とも俺を何だと思ってるんです」


「分かりやすい回収人」


セラが即答した。


否定しづらかった。



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