↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/37

第8話 その縄は捨てるな

王都の西門を出たのは、それから二日後だった。


城壁を離れると石畳はやがて土の道へ変わり、朝露を抱いた草が靴の側面を濡らしていく。街の煤と油の匂いは薄れ、代わりに湿った土や若い葉、遠くで流れる川の冷たい匂いが風へ混じった。


ユリウスは何度も鞄の位置を直していた。


重い。


明らかに入れすぎた。


「半分置いてくればよかっただろ」


前を歩くセラが振り返る。


「全部必要かもしれないので」


「使うかもしれない釘を二十本も?」


「同じ釘じゃないです」


「私には同じに見える」


「錆び方が違います」


「もっと悪い」


後ろを歩くリシェルが、手元の帳面から顔を上げた。


「昨日、重量を測った時点で十二キロありました」


「測ったんですか?」


「荷物が歩行速度へ与える影響を記録するためです」


「俺まで実験対象になってません?」


「かなり前からです」


セラが笑った。


三人が向かっているのは、王都西方の渓谷にある古い吊り橋だった。


正確には、吊り橋だったもの。


新しい石橋が数年前に完成し、古橋は撤去予定になっている。


何十年も谷風に揺られ、人と荷車の重みを受け続けた縄や金具が残っていると聞いて、ユリウスが食いついた。


リシェルは比較資料になると言い、セラは護衛が必要だと言った。


誰が誰を説得したのか、もうよく分からない。


          *


昼前、谷へ着いた。


山肌の間を細い川が走り、低いところには白い水煙が立っている。日向は暖かいのに、谷底から吹き上がる風には指先を冷やすほどの冷気があり、苔と濡れた岩の匂いを運んできた。


古橋は新しい石橋から少し離れた場所に残っていた。


板は半分ほど外され、太い縄だけが対岸へ垂れている。


「これ全部、昔は人を支えてたのか」


セラが縄を掴む。


腕ほどの太さがある。


獣毛と植物繊維を撚り合わせ、その上へ樹脂を染み込ませた古い橋縄だった。端は石柱へ巻きつけられ、長年締め付けられた部分だけが平たく潰れている。


ユリウスの目が止まった。


「いいな」


「縄に言う言葉じゃないだろ」


「ここ見てください」


「何を」


「こっち側だけ毛羽立ってる」


橋が風に煽られた時、同じ方向へ擦れ続けたのだろう。


縄の裏側は比較的滑らかだ。


何十年。


荷車が渡るたびに引かれ、人が歩くたびに沈み、谷風が吹くたびに揺れた。


「少し切ります」


撤去業者から許可は取ってある。


刃を入れようとした時だった。


「そこじゃない」


低い声が背後からした。


三人が振り返る。


いつの間にいたのか分からなかった。


灰色の毛。


狼に似た尖った耳。


人より少し長い顎と、琥珀色の目。


背には短弓を背負い、腰には細身の刃と革袋がいくつも下がっている。深緑の外套は森の色へ馴染み、足元の柔らかな革靴には泥が乾いた跡が何層も残っていた。


獣人の男だった。


セラの手が大剣の柄へ近づく。


男はそれを見たが、気にした様子はない。


「切るなら、二腕ほど上だ」


ユリウスが縄を見る。


「どうしてです?」


「そこは交換されてる」


「いつ?」


「十年くらい前」


「分かるんですか」


男が近づく。


指で縄の表面をなぞった。


「樹脂の色が違う。撚りも新しい。向こうは三本を右へ締めてるが、ここだけ左だ」


ユリウスも顔を寄せる。


確かに違う。


言われなければ気づかなかった。


「こっちなら?」


少し上を示す。


男が頷いた。


「古い」


「どれくらい」


「橋ができた頃から残ってるなら、五十年はある」


「詳しいですね」


「何度か渡った」


短い。


セラが聞いた。


「お前、何者だ?」


男はしばらく三人を見る。


「ガロ・フェイン」


それだけだった。


「いや、名前じゃなくて」


「名前を聞かれたのかと思った」


セラが一度口を閉じる。


ユリウスは笑いそうになったが、今は縄の方が気になった。


教えられた位置を少しだけ切り取る。


掌へ乗せる。


魔力を通した。


縄がきしんだ。


実際に動いたわけではない。


それでも手の中へ、引かれるような感覚が返ってくる。


一方向。


強く。


ほんの一瞬。


「これだ」


ユリウスの声が漏れた。


リシェルがすぐ近くへ来る。


「反応?」


「あります。かなり強い」


ガロが縄を見る。


「当たり前だろ」


三人が彼を見た。


「当たり前?」


ガロは対岸へ伸びる縄を顎で示す。


「何十年も人を落とさないよう、同じ向きに引かれ続けた縄だ。何も残らない方がおかしい」


ユリウスの指が止まった。


その言葉は、自分たちが数日かけて近づいてきた考えを、別の場所からあっさり掴んでいた。


「残るって、何が?」


「知らん」


あっさり返ってくる。


「でも、長く土地にいた物は、その土地みたいになる。俺の村じゃそう言う」


「魔法の話ですか?」


リシェルが聞く。


「違う。道具の話だ」


ガロは橋板の残骸を蹴った。


「森の斧は森の匂いがする。川の罠は水の癖を覚える。雪山の杭は、乾いた場所へ持っていくと割れやすい。それだけだ」


理屈ではない。


けれど、何十年も道具と土地を見てきた人間の言葉だった。


ユリウスは縄へもう一度触れる。


橋は古い。


縄も古い。


だが価値があるのは年数ではない。


引かれた。


揺れた。


支えた。


繰り返した。


「これ、持って帰ろう」


ユリウスが言う。


ガロが眉を動かした。


「全部か?」


「できれば」


「やめろ」


「何でです?」


「重い」


セラが吹き出した。


「言ってやれ、もっと」


「少しで十分だ。必要な場所を選べ」


ガロは橋縄の一部を指した。


谷側へ張り出していた区間。


「そこは風を受けてる。荷重だけなら石柱側。揺れが欲しいなら真ん中だ」


ユリウスはしばらく黙った。


欲しい現象で、取る場所が違う。


材料そのものではなく。


その材料が、どこで何をされてきたか。


同じ一本の縄の中ですら違う。


鞄から帳面を出す。


リシェルも同時に紙を出した。


セラが二人を見てため息をつく。


「始まった」


ガロだけが少し不思議そうな顔をした。


          *


帰り道、ガロも一緒だった。


王都へ用事があるらしい。


会話は多くない。


けれど、三人が気づかない物を拾う。


沢沿いの石。


折れた枝。


古い獣罠の金具。


最後には、乾いて白くなった何かを拾った。


ユリウスが見る。


「それ、何です?」


「糞のついた石」


セラが二歩離れた。


「捨てろ」


「古い。獣道の境にずっとあった」


「捨てろ」


「匂いはもうない」


「問題はそこじゃない」


ガロは革袋へ入れた。


ユリウスは少し考えた。


「後で見せてもらっていいですか」


「お前もか!」


セラの声が谷に響いた。


リシェルは黙って記録紙へ何か書いている。


「何を書いたんです?」


「採取者が二人になった、と」


「俺まであれと同じ扱いですか」


「行動だけ見れば」


否定できなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。