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『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


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第10話 拾いに行く

止められたのは、その三日後だった。


旧搬送庫の扉に赤い封印札が貼られていた。


朝の空は高く晴れていたのに、倉庫前だけが妙に寒く感じた。乾いた風が封印札の端を鳴らし、閉ざされた扉の隙間から古い木と油の匂いがわずかに漏れている。


「使用停止?」


ユリウスが札を読む。


横にいたリシェルは、驚かなかった。


そのことに気づき、ユリウスは彼女を見る。


「知ってました?」


「昨日、通知が来ました」


「言ってください」


「今日説明するつもりでした」


「扉の前で?」


「逃げないでしょう」


「何からです」


返事の代わりに、リシェルが一枚の書類を渡した。


王立魔術院と市街管理局の連名。


未認定魔法現象の市街地使用。


実験施設外での発動。


魔獣事故時における未知現象の使用。


文字が並んでいる。


どれも身に覚えがあった。


「処罰ですか」


「厳密には是正命令です。実験を禁止されたわけではありません。管理された施設で行うように、と」


「古橋は」


「駄目です」


「水車小屋」


「申請してください」


「森は」


「誰の土地かによります」


ユリウスは紙から顔を上げた。


「それじゃ調べられない」


「だから問題なんです」


リシェルの声も少し硬かった。


彼女が命令したわけではない。


分かっている。


ただ、胸の中の引っ掛かりは別だった。


材料は、棚の上で同じ時間を過ごした物ではない。


橋だった。


井戸だった。


窯だった。


水車だった。


どこにあったか。


何を繰り返したか。


そこを見なければ、持ち帰った欠片だけでは分からない。


「事故現場の残材も」


背後から別の声がした。


ハルドだった。


左腕を吊り、歩く速度はまだ遅い。


治療院を退院したばかりだというのに、いつもの作業着を着ている。


「今後は勝手に持ち帰るな」


ユリウスは口を閉じた。


ハルドが書類を一枚出す。


回収班の内部規則。


事故物の私的持ち出し禁止。


当然といえば当然だった。


今までは廃棄予定の物を班長判断で黙認されていた。


しかしユリウスがそれを使って未知の魔法を起こし、しかも街中で実戦使用までした。


事故が起きれば、ハルド一人の責任では済まない。


「すみません」


「謝るな」


「でも」


「俺が許可してた」


ハルドは閉じた倉庫を見る。


「ここまでになるとは思ってなかったがな」


風が吹いた。


赤い封印札がまた鳴る。


ユリウスは鞄へ手を置いた。


中はいつもより軽い。


回収所から持ち出せなくなったせいだ。


数日前までなら、軽い方が楽だったはずなのに。


妙に頼りなかった。


          *


昼。


回収所の裏で、ハルドと二人になった。


荷車の車輪を直す音が遠くから聞こえ、干された作業布が風にはためいている。魔導油と木屑の匂いは、ユリウスにとって長く嗅ぎすぎて意識もしなくなった匂いだった。


ハルドが木箱へ腰を下ろす。


「で、どうする」


「何がです」


「その顔で仕事続けるつもりか?」


ユリウスは答えなかった。


朝から一つも分別が進んでいない。


手にした金具を見るたび、どこで使われたのか考えてしまう。


焼けた板を見れば、何度熱を受けたか気になる。


壊れた鎖を見れば、どちら向きに引かれていたか確かめたくなる。


回収仕事が嫌になったわけではない。


むしろ逆だった。


ここで何年も壊れた物を見てきたから、気づけた。


それだけに、今まで通り「鉄」「木」「廃棄」で分けることができなくなっている。


「班長」


「ん」


「俺、少し外を見たいです」


ハルドは驚かなかった。


「少しか」


「たぶん」


「お前の『少し』は信用ならんな」


「自覚あります」


ハルドが鼻で笑う。


ユリウスは手の中の金具を見る。


「街の中だけじゃ足りない気がするんです」


古橋。


谷風。


ガロの言葉。


同じ一本の縄でも、場所によって反応が違った。


「もっと長く使われてる物とか、ずっと同じ土地にある物とか。そういうのを見たい」


「魔法が止まった理由も?」


「それも」


むしろ、そちらを忘れたことはない。


ハルドの背へ鉄骨が落ちた瞬間。


青い光が消えた瞬間。


自分の不格好な魔法だけが動いたこと。


全部がどこかで繋がっている気がする。


証拠はない。


だから、探す。


ハルドが立ち上がった。


「辞めるか?」


言葉にされると、思ったより重かった。


ユリウスは回収所を見る。


何度も怒鳴られた。


雨の日も、真夏も、事故の翌朝も来た。


初めて魔導管の破裂痕を見分けた場所。


壊れた物を見る癖がついた場所。


捨てられる物を持ち帰り始めた場所。


「はい」


喉の奥が少し乾いた。


「辞めます」


ハルドはしばらく何も言わなかった。


それから右手を出す。


握手かと思ってユリウスも手を出す。


掌へ何かが落ちた。


小さな金属片だった。


「何です?」


「昔使ってた回収鉤の先」


黒く擦れ、片側だけ丸く減っている。


「二十年近く、瓦礫引っ掛けてた」


ユリウスが顔を上げる。


ハルドはもう背を向けていた。


「持ってけ」


「いいんですか」


「廃棄済みだ」


「でも」


「いらんなら返せ」


ユリウスは握った。


「いります」


「だろうな」


ハルドが歩いていく。


数歩先で止まり、こちらを見ずに言った。


「分かったら戻って教えろ」


「何がです」


「魔法が何でできてるのか」


背中だけが見える。


「俺も気になる」


ユリウスは返事をするまで少し時間がかかった。


「はい」


それだけで十分だった。


          *


夕方、王都西門前。


四人いた。


ユリウス。


セラ。


リシェル。


そしてガロ。


「なぜこうなったんだろう」


ユリウスが呟く。


セラが背負い袋を締めながら答える。


「お前が外へ行くって言ったからだろ」


「セラまで来るとは」


「護衛が必要だ」


「仕事は?」


「今からこれが仕事だ」


「誰が雇うんです?」


セラがユリウスを見る。


嫌な予感がした。


「ちょっと待ってください」


「安くしとく」


「お金取るんですか」


「当然だろ」


リシェルが横で書類を確認している。


「私は王立魔術院の臨時外地調査員として同行します」


「許可出たんですか」


「三十日間だけ」


「よく通りましたね」


「レオル主任が推薦書を書いてくれました」


少し意外だった。


社会では使えないと言った男が、調査そのものは止めなかった。


リシェルが付け加える。


「ただし毎週報告書を送る条件です」


「誰が書くんです?」


「あなたもです」


聞かなかったことにした。


最後にガロを見る。


「ガロは?」


「帰る」


「どこへ」


「ヴェルディア」


三人の動きが止まった。


大森林ヴェルディア。


王都から西へ向かい、山地を越えた先に広がる巨大な森林圏。獣人や森の民が暮らし、人の手がほとんど入っていない場所も多い。


ガロの故郷だという。


「森には古い物が多い」


ガロが言う。


「お前らが探してるような物も」


ユリウスの口が開く。


セラが先に肩を掴んだ。


「落ち着け」


「まだ何も」


「顔がもう拾ってる」


リシェルが頷く。


「同意します」


ガロは四人分の荷物を見回した。


ユリウスの鞄だけが不自然に膨らんでいる。


「多すぎる」


「必要な物です」


「捨てろ」


「嫌です」


「歩けなくなる」


「歩けます」


ガロが無言でユリウスの鞄を持ち上げた。


片手で重さを確かめる。


そのまま地面へ置いた。


「三日で後悔する」


「しません」


「二日」


「しません」


セラが横から口を挟む。


「一日に賭ける」


「何の賭けですか」


リシェルまで鞄を見ている。


「私は夕方までと予想します」


「仲間ですよね?」


誰も答えなかった。


西門が開く。


厚い城門の向こうには、夕日に照らされた街道が伸びていた。


その先に森がある。


谷がある。


川がある。


知らない町。


使い続けられた道具。


誰にも拾われずに残った物。


そして、まだ誰も作り方を知らない魔法。


ユリウスは一度だけ振り返った。


王都の屋根が重なっている。


その間に魔法灯が一つずつ灯り始めた。


毎日使われている光。


誰も止まるとは思っていない魔法。


あの日、ほんの一瞬だけ消えた光を思い出す。


答えはまだ何もない。


鞄の中には、パン窯石の残りと井戸鎖、古い橋縄、ハルドの回収鉤。それから使い道の分からない物がいくつも入っている。


多分、ほとんどは外れだ。


それでも構わなかった。


ユリウスは前を向く。


三人がもう歩き始めていた。


「遅いぞ」


セラが呼ぶ。


「荷物減らせば速くなりますよ」


リシェルまで言う。


ガロは何も言わず、街道脇で何かを拾った。


ユリウスが追いつきながら覗く。


「それ何です?」


「鳥の骨」


セラが空を仰いだ。


「頼むから二人で増やすな」


暮れかけた街道へ、四人の影が長く伸びる。


揃ってはいない。


歩幅も違う。


向いている場所さえ、まだ少しずつ違っていた。


それでも四つの影は、同じ門の外へ出ていった。


魔法の答えを探す旅は、誰かに命じられて始まったわけではない。


ただ、分からないものがあった。


そしてユリウスには、それを捨ててしまうことができなかった。

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