↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/37

第33話 戻さなければ、終わらない

北谷の異常は、翌朝になっても消えなかった。


夜の冷えで岩の赤みはいくらか薄れていたが、谷の西壁だけは周囲より温かいままだった。朝日はまだ斜面の上までしか届いておらず、底には青い影が残っている。岩の隙間から立つ白い蒸気へ、硫黄と濡れた土、それに獣の強い体臭が混ざっていた。


地下から逃げ出した小型魔獣たちは、まだ谷の外縁へ集まっている。


穴兎。


石甲蜥蜴。


目の退化した白い鼠。


普段なら同じ場所に並んでいるはずのない生き物が、互いを警戒しながら岩場へ身を寄せていた。


ガロがしゃがむ。


石甲蜥蜴の進んだ跡を見る。


「戻らない」


「まだ地下が駄目ですか」


ユリウスが聞く。


「多分」


ガロは鼻を上げた。


「熱だけじゃない」


その言葉に、ユリウスの指が止まる。


昨日から何度も考えている。


自分たちが北谷へ送ったもの。


熱ではなかった。


魔力でもない。


それだけなら測れたはずだ。


古い施設の床を通った何か。


グラドが追っていたもの。


《材歴》へ反応した流れ。


名前のないもの。


だからこそ、余計に気持ちが悪い。


「採取します」


リシェルが岩へ近づく。


ユリウスが反射的に言う。


「切るんですか」


「表面だけです」


ガロが二人を見る。


一瞬、ヴェルディアの古木が頭へ浮かんだ。


リシェルも同じことを思ったらしい。


手を止める。


「落ちているものを使いましょう」


足元。


自然に剥離した薄い岩片。


それを拾う。


ユリウスは少しだけ息を吐いた。


考え方が変わったのは、自分だけではないらしい。


          ◇


レオルは測定器を四つ並べていた。


魔力。


温度。


地圧。


定式術式反応。


どれも異常は小さい。


「これだけ見ると」


ミラドが測定紙を覗く。


「昨日ほどの騒ぎが起きた場所には見えんな」


「だから厄介なんです」


レオルが答える。


「測れる項目に出ていない」


「じゃあ何を測る」


「それを考えてる」


少し離れたところで、ユリウスは昨日使った材料を並べていた。


火竜の巣石。


坑道支柱。


圧力弁。


《重層材》。


どれも昨日より色が薄い。


でも完全には崩れていない。


一方で北谷の岩へ近づけると、微かに震える。


「まだ反応する」


リシェルが隣へしゃがむ。


「施設の流れと同種のものが残っている可能性があります」


「流したものが、ここで溜まった?」


「そう考えるのが自然です」


ユリウスは圧力弁を指先で転がした。


溜まる。


逃がす。


その先。


昨日までは、そこまでで終わっていた。


「《圧抜》も」


口にする。


「地上へ出しただけです」


リシェルが見る。


「坑道の時?」


「はい」


あの時は人を救った。


硫気も熱気も換気井から地上へ抜けた。


それで終わりだと思った。


でも本当に終わったのか。


地上へ出たものは風へ散った。


だから問題が見えなかっただけかもしれない。


「俺たち」


言葉を探す。


「ずっと出口までしか見てなかった」


リシェルの筆が止まる。


「出口の先を見ていなかった」


「はい」


熱も。


圧力も。


衝撃も。


どこかへ移しているだけ。


消したわけではない。


ユリウスは北谷を見る。


昨日は、その当たり前のことを大きな規模でやった。


見えないものを。


見えない場所へ。


          ◇


昼前。


北谷の奥で、一頭の魔獣が倒れた。


石甲蜥蜴。


死んではいない。


脚が痙攣している。


ガロがすぐ駆け寄る。


「触るな」


ユリウスを止め、自分だけが近づく。


鼻先。


目。


腹。


順に見る。


「熱中症?」


セラが聞く。


「違う」


「毒?」


「匂いはない」


リシェルが膝をつく。


治癒術式を使おうとして、少しだけ手が止まった。


あの町で弱った定式魔法。


その感触が残っているのだろう。


それでも杖を出す。


青白い光。


今度は安定している。


蜥蜴の痙攣が少し収まる。


「外傷はありません」


「なら何で」


セラがしゃがむ。


ガロは蜥蜴の腹へ手を当てる。


「下にいた」


「地下?」


「ずっと」


目を細める。


「地下の環境が変わって、逃げた」


単純な被害ではない。


地上が焼けた。


植物が萎れた。


それだけではない。


地下の生き物たちの居場所そのものが変わった。


ユリウスの胃の辺りが重くなる。


自分の魔法で人は死んでいない。


それは事実だ。


だから大丈夫。


そう言いたくなる。


けれど目の前の蜥蜴を見れば、その言葉は口から出なかった。


セラが立ち上がる。


「なら戻す方法を探す」


ユリウスが顔を上げる。


「戻す?」


「流したんだろ」


「多分」


「なら戻せばいい」


「どこへ」


セラが口を閉じる。


そこが問題だった。


戻した先で、また同じことになる。


「元の場所?」


ユリウスが言う。


自分で言って、違うと思う。


グラドがそこへ向かっていた。


町の地下。


何かが偏っていたから。


元へ戻すだけでは、またグラドが来る可能性がある。


「じゃあ」


セラが眉を寄せる。


「どこならいいんだ」


誰も答えられなかった。


          ◇


夕方。


四人とレオルは古い円形施設へ戻った。


外した金属環を、元の床へ一度だけ戻す。


昨日のままではない。


稼働させない。


見るだけ。


環を溝へ嵌める。


かち。


昨日と同じ音。


レオルがしゃがむ。


「ここだ」


指を差す。


外側の環。


一段回すと、最後の溝が最初へ繋がる。


「昨日は北谷側へ流すために、ここから外へ抜いた」


リシェルが言う。


「でも本来の位置だと」


ユリウスが床を見る。


輪。


始まり。


途中。


終わり。


そして。


終わりがない。


「戻ってる」


セラが言った。


「最初に」


誰も動かない。


ユリウスは目で流れを追う。


受ける。


通す。


渡す。


最後。


最初へ。


外へ捨てていない。


「これ」


喉が乾く。


「逃がすための設備じゃなかった?」


レオルが金属環へ触れる。


「少なくとも、この部分だけ見れば違う」


「じゃあ何のために」


レオルは首を横へ振る。


「分からない」


でも。


一つだけ分かった。


昨日、自分たちは本来の構造を途中で切った。


そして外へ流した。


古い施設が、わざわざ最後を最初へ戻すよう作られていた理由を知らないまま。


「戻す必要があった」


ユリウスが言う。


リシェルが見る。


「何を?」


「分かりません」


昨日なら、その言葉が嫌だった。


今は少し違う。


分からないなら。


勝手に捨てない。


それだけは分かる。


レオルが床の輪を見ながら言った。


「閉じてる」


「閉じる?」


「最後を最初へ接続して、外へ逃がさない」


リシェルも線を追う。


「循環……?」


その言葉が部屋へ落ちた。


ユリウスの鞄の中。


《重層材》が小さく震えた。


          ◇


北谷の異常は、三日かけて少しずつ弱まった。


大きな魔法は使わなかった。


熱の偏った場所へ水を引き。


地下棲みの魔獣が戻れるまで周辺へ仮の巣を作り。


危険な岩場だけ、《熱渡し》で少量ずつ熱を分散した。


一気に。


遠くへ。


そういう使い方はしなかった。


遅い。


派手でもない。


ミラドが二日目に言った。


「最初からこっちでよかったんじゃないか」


ユリウスは答えられなかった。


多分。


町にグラドが迫っていたあの時なら、同じことはできなかった。


時間がなかった。


だから選んだ。


間違った。


その両方が本当だった。


三日目の朝。


石甲蜥蜴が一頭、地面の穴へ戻った。


ガロが見つけた。


誰も声を上げなかった。


ただ四人で、その尾が暗い穴の奥へ消えるまで見ていた。


セラが小さく言う。


「一個戻ったな」


ユリウスは頷く。


全部ではない。


でも。


戻ることはできるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。