↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/37

第32話 消したんじゃない

グラドは町を外れた。


けれど止まってはいない。


方向を変えただけ。


「このままだと北谷へ行く」


ミラドが地図を見る。


「何があります?」


ユリウスが聞く。


「今はほとんど使ってない採掘区。小さな観測小屋が一つ」


「人は?」


「五人」


「避難させる」


セラが立ち上がる。


左腕は震えている。


リシェルが見る。


「あなたは休んで」


「動ける」


「それは判断基準になりません」


「まだ歩ける」


「そういう問題では」


ガロが間へ入った。


「俺が行く」


二人が止まる。


「北谷は獣道の方が早い」


「一人で?」


ユリウスが聞く。


「一人の方が早い」


正しい。


でも。


ガロはもう荷物を減らしていた。


「二刻で戻る」


「無茶しないでください」


「お前に言われたくない」


そのまま走っていった。


          ◇


残った三人とミラドは、古い円形施設へ戻った。


グラドが向かっていた場所。


地下。


巨大な床溝。


壁の金属環。


今度はレオルもいる。


町側の定式維持を部下へ任せ、最低限の測定器だけ持ってきた。


「ここ」


部屋へ入った瞬間、足が止まった。


「王都の形式より古い」


リシェルが見る。


「分かるんですか」


「術式がない」


「そこ?」


「こんな規模の魔法施設なら、本来は制御式が残る。でもない」


ユリウスは床の溝を見る。


森の工房と同じ。


式を書くのではなく。


何かを置く。


繋ぐ。


向きを決める。


古い魔法。


自分たちのものに近い。


レオルが壁の金属環を調べる。


直径は人の腕ほど。


黒ずんだ金属。


四か所に接続痕。


外側には細い溝。


「外せそうだ」


「持って帰るんですか」


セラがユリウスを見る。


「俺じゃないです」


珍しい。


レオルが言った。


「研究用だ」


セラの口元が少し上がる。


「似てきたな」


「誰と?」


「そこの拾う奴」


レオルが一瞬だけ嫌そうな顔をした。


ユリウスは少し嬉しかった。


          ◇


床中央。


ユリウスは魔力を流してみた。


直接ではない。


古い鉱山支柱の欠片を置く。


反応する。


次に火竜の巣石。


さらに強い。


《重層材》。


震える。


「ここ」


ユリウスが息を止める。


「材料の種類じゃない」


リシェルが隣へ来る。


「全部の材歴が反応してる?」


「そう見える」


レオルが測定器を見る。


「魔力反応じゃない」


「じゃあ何」


「分からない」


誰も笑わなかった。


グラドも。


この施設も。


定式魔法の瞬断も。


それぞれ別の話ではない気がする。


でも、まだ繋ぐには早い。


ミラドが地図を広げる。


「この施設から、古い導管跡が四方向へ出てる」


「導管?」


ユリウスが聞く。


「今の魔導管とは別物だ。中に水も蒸気も通した跡がない」


壁の外。


埋まった細い溝。


一つは町。


一つは火山側。


一つは北谷。


最後は崩れていて分からない。


レオルが地図を見る。


「グラドは、この線に沿ってる」


ユリウスの背中が冷えた。


「じゃあ」


「何かを追っている可能性はある」


リシェルが言う。


「それが何かは分からない。でも」


彼女は床へ《重層材》を置く。


「これに反応するものなら」


材歴。


その言葉を、まだ誰も口にしなかった。


口にしたら決めつけてしまう気がした。


          ◇


ガロが戻った。


五人は避難させた。


北谷は空。


それを聞いて、全員の肩が少し下がる。


「なら」


ユリウスは地図を見る。


「北谷へ流せる」


「何を」


セラが聞く。


「グラドが追ってるもの」


「分かってないだろ」


「分かってない。でも、この施設が流れを変える場所なら」


壁の四本の線。


古い金属環。


方向。


役割。


受ける。


通す。


逃がす。


《圧抜》と同じ。


もっと大きいだけ。


リシェルが先に危険へ気づいた。


「待って」


ユリウスを見る。


「どこへ逃がすつもりです」


「北谷」


「その先は」


「採掘区だけ」


ミラドが頷く。


「今は無人にできる」


「だからって」


リシェルは地図を見る。


「何が流れているか分からない」


ユリウスも分かっている。


でもグラドは来る。


町へ戻る可能性もある。


このまま何もしなければ。


セラが言った。


「時間は」


ミラドが外の音を聞く。


「長くない」


ユリウスは床を見る。


使える。


多分。


だから使っていいのか。


ガロの言葉が頭へ戻る。


使えるものと。


使っていいもの。


違う。


「北谷に人はいない」


ユリウスが言う。


自分へ言っている。


「野生動物はいる」


ガロが返す。


喉が詰まる。


「それでも町より」


続かない。


何を選んでも。


どこかへ影響する。


セラが盾を床へ置いた。


欠けた補修板。


そこを見る。


「選べ」


ユリウスが顔を上げる。


「正解じゃなくていい」


「でも」


「今ある中で一番マシなのを選べ」


セラはユリウスを見ている。


「そのあと、間違ってたら直せ」


簡単に言う。


簡単じゃない。


でも。


誰かが決めなければならない。


          ◇


組んだ。


古い施設の金属環。


火竜の巣石。


坑道支柱。


圧力弁。


《重層材》。


既存の床溝へ置く。


方向を北谷へ。


リシェルが一つずつ確認する。


「向き」


「合ってる」


「支柱は」


「受ける」


「圧力弁」


「逃がす」


レオルが金属環の接続を固定する。


「ここ、動く」


外側の環が少し回る。


かち。


音がした。


小さい。


全員が見る。


「今の」


ユリウスが触れる。


金属環が一段だけ回った。


溝同士が繋がる。


床の線が。


初めて一本の輪になった。


リシェルの目が止まる。


「全部が次へ繋がってる」


今までの組成と違う。


終わりがない。


最後が最初へ戻るように見える。


でも。


今はそれどころではない。


「通します」


ユリウスが言う。


魔力。


最初。


巣石。


支柱。


圧力弁。


金属環。


床。


光が走る。


派手ではない。


薄い。


壁の溝。


北側。


その先へ。


何かが抜けた。


空気ではない。


熱でもない。


それでも部屋の圧迫感が一瞬軽くなった。


ガロの耳が動く。


「外」


走る。


          ◇


グラドが止まっていた。


町と北谷の分岐。


巨大な頭がゆっくり動く。


北。


赤褐色の目。


一歩。


北谷へ。


もう一歩。


そのまま町から離れていく。


誰も歓声を上げなかった。


信じるまで時間がかかった。


さらに一歩。


遠ざかる。


ミラドが膝へ手をつく。


「行った」


セラが座る。


リシェルも息を吐く。


レオルは測定器を見ている。


定式魔法出力。


戻っている。


少しずつ。


「町の術式も回復してる」


リシェルが言った。


ユリウスは笑いそうになった。


できた。


町を救った。


グラドを倒していない。


誰も殺していない。


流れを変えただけ。


これなら。


正しかった。


そう思った。


          ◇


翌朝。


北谷から煙が上がった。


最初はグラドだと思った。


違った。


走ってきた伝令は、顔じゅう煤だらけだった。


「谷の西壁が熱を持ってる!」


ミラドが立つ。


「噴火か?」


「違う! 岩の一部だけだ! それと」


息を整える。


「穴棲み獣が全部、地上へ出てきた」


ガロの顔が上がる。


「全部?」


「普段は地下から出ない連中まで!」


ユリウスの身体から熱が引いた。


北谷。


昨日。


流した。


何かを。


          ◇


現地へ着いた時、答えは目に見えた。


谷の一部だけ。


岩肌が赤く変色している。


植物が萎れている。


地下棲みの小型魔獣が、地上へ逃げるように集まっている。


幸い、人はいない。


観測員も避難済み。


死者はいない。


けれど。


何も起きていないとは言えない。


ユリウスは赤くなった岩へ触れようとして、やめた。


《材歴》が濃い。


魔力を流さなくても分かるほど、手持ちの材料が鞄の中で震えている。


昨日の施設。


北谷へ向けた線。


グラド。


全部が頭の中へ戻る。


「俺たちがやった」


誰も否定しなかった。


リシェルが谷を見る。


「まだ断定は」


「他にあります?」


声が強くなる。


リシェルが黙る。


ユリウスは自分の手を見る。


町を救った。


確かに。


でも。


「消したんじゃない」


口の中が乾く。


「押しつけただけだ」


北谷へ。


生き物へ。


見えないところへ。


《圧抜》の時もそうだった。


逃がした。


行き先を見なかった。


今度は大きすぎた。


セラが何か言おうとする。


ユリウスは先に言った。


「魔法を作れることと」


続けるのに時間がかかった。


「その魔法を使っていいことは、同じじゃない」


ガロが隣へ立つ。


何も言わない。


以前なら彼の言葉だった。


今はユリウス自身の口から出た。


          ◇


夕方。


古い施設から外した金属環だけは持ち帰った。


レオルが研究するため。


そしてユリウスも。


昨日一瞬だけ、床の流れが輪になった時。


材料がほとんど白くならなかった。


それを見ている。


リシェルも見ていた。


ただ今は、それを喜べる空気ではなかった。


環は布へ包まれ、ユリウスの鞄の一番奥へ入っている。


北谷の赤い岩を振り返る。


夕日が当たると、昨日までと同じ山に見える。


見た目だけなら。


ユリウスは鞄の留め具を閉じた。


便利だから使う。


強いから使う。


助かるから使う。


それだけでは足りない。


作る前より、考えることが増えた。


魔法を知らなかった頃なら。


こんな間違いはしなかった。


その事実が、白い粉より重く残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。