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『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


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第31話 だから使うんだ

カルダの地下には、古い坑道があった。


今の町ができる前。


さらにドルグラードが現在の形になるより前に掘られたもの。


入口は町外れの廃鉱跡。


ミラドが持ってきた古地図には、途中から先が描かれていなかった。


「ここ」


レオルが紙の一点を叩く。


「グラドが向かってる方角と重なる」


「何がある?」


セラが聞く。


ミラドは首を横へ振る。


「鉱脈はない。少なくとも今の記録じゃ」


「なら昔の?」


「分からん」


ユリウスは古い工房の壁を思い出していた。


森。


山。


川。


遠くへ伸びていた線。


何かが繋がっている。


でも答えはまだない。


「行きます」


リシェルが地図を畳む。


レオルが顔を上げる。


「僕も」


「主任は町に残ってください」


「なぜ」


「定式魔法の維持が必要です」


「君たちだけで」


「私がいます」


「だから心配なんだけど」


リシェルの眉が動く。


「どういう意味です?」


「無茶する人が三人いる」


レオルの視線。


ユリウス。


セラ。


ガロ。


「ガロまで?」


ユリウスが聞く。


「森の報告書を読んだ」


ガロがリシェルを見る。


「書いたのか」


「必要事項です」


「根を追って単独で戻ったことも?」


「当然です」


ガロが少し嫌そうな顔をした。


珍しい。


セラが言う。


「お前は町に残れ。こっちは慣れてる」


「その言い方が一番不安なんだ」


それでも。


レオルは残った。


          ◇


古い坑道は、第三旧坑よりさらに狭かった。


魔法灯はない。


四人の携帯灯だけ。


白い光が岩壁を撫でる。


空気は冷たい。


火山地帯の地下なのに、妙に温度が低い。


石と湿気の匂い。


それに、古い鉄。


長い間、人が入っていない場所特有の静けさがあった。


「音」


ガロが言う。


全員止まる。


遠くから。


低い。


一定ではない。


ごう。


少しして。


ごう。


「グラド?」


ユリウスが聞く。


「足音が伝わってる」


セラが答える。


近づいている。


時間は多くない。


進む。


坑道の奥。


突然、壁が切れた。


広い空間。


人工的だった。


円形。


床へ何本もの溝。


壁には金属環。


森の工房跡にあった配置と似ている。


でも規模が違う。


人一人が材料を置くための場所ではない。


部屋全体が、何かを繋ぐために作られている。


リシェルが息を止めた。


「また」


床へしゃがむ。


溝を触る。


「同じ考え方です。固定して、向きを揃えて、次へ渡す」


「何を?」


セラが聞く。


リシェルは答えない。


ユリウスも分からない。


ただ。


床中央。


巨大な円。


その内側だけが、わずかに温かい。


「熱?」


ユリウスが手を近づける。


違う。


熱だけではない。


魔力を通していないのに、鞄の中の材料が小さく震えた。


《熱渡し》の窯石。


古橋縄。


火竜の巣石。


全部。


「反応してる」


リシェルも気づく。


「材歴が?」


「分からない。でも」


ガロが床へ耳をつける。


すぐ顔を上げた。


「来る」


グラド。


近い。


          ◇


外へ戻った時には、もう見上げる必要があった。


山背グラドが、谷の向こうに立っている。


全身を見たのは初めてだった。


四本脚。


一歩ごとに岩盤が沈む。


背中には本当に山があった。


土。


岩。


古木。


小さな水流まで見える。


何百年眠っていたのか。


その間に自然が身体の上へ積もり、ひとつの地形になったらしい。


敵意は感じない。


それがむしろ恐ろしい。


グラドは町を潰したいわけではない。


ただ歩いている。


その一歩で、人間の町が壊れる。


「止めるぞ」


セラが盾を構える。


ユリウスが見る。


「どうやって」


「知らん」


「そこは考えてから」


「来るぞ!」


グラドの前脚が上がる。


直接こちらを踏むわけではない。


百メートル以上先。


それでも落ちれば。


「伏せろ!」


前脚が地面へ着く。


世界が跳ねた。


空気。


土。


石。


全部が一度浮く。


ユリウスの身体も。


耳が一瞬聞こえなくなる。


次に衝撃。


《受衝》。


材料を置く。


間に合わない。


セラが盾を前へ出す。


爆風のような土砂。


盾へ当たる。


セラの身体が飛ぶ。


「セラ!」


地面へ転がる。


一度。


二度。


大剣が外れる。


ユリウスが走る。


「大丈夫!」


「声でかい!」


返事がある。


立つ。


左腕を庇っている。


前から傷めていた方。


「腕」


「まだ動く」


「でも」


「次来るぞ」


本当に。


グラドがもう一歩。


          ◇


《受衝》を組んだ。


古橋縄。


車輪留め。


根片。


反応する。


衝撃を横へ逃がす。


地面が弾ける。


四人は持ちこたえる。


でも材料の色が急速に抜けた。


「次で終わる」


ユリウスが言う。


セラが盾越しにグラドを見る。


「なら次を作れ」


「何で」


「返せないか」


ユリウスが止まる。


「返す?」


「受けて逃がすだけじゃ、あいつは気づかない」


「気づかせてどうするんです」


「こっちに来るなって言う」


「山に?」


「他にいるか?」


無茶だ。


でも。


受ける。


逃がす。


その間に。


返す。


以前から足りなかった役。


受けた衝撃の一部を、方向を変えて戻す材歴。


ユリウスの頭の中に、材料が並ぶ。


橋縄。


受けた。


車輪留め。


止めた。


返すもの。


何が。


「ない」


声が漏れた。


「何が」


リシェルが聞く。


「返す履歴」


手元の材料にはない。


受けたもの。


逃がしたもの。


保持したもの。


戻したもの。


視線が動く。


セラ。


その盾。


何本もの傷。


修理痕。


金属板が重なっている。


戦場で。


何度も受けて。


押し返した。


「セラ」


声が変わった。


彼女が振り返る。


ユリウスの視線を追う。


盾を見る。


すぐ分かったらしい。


「これか」


「でも」


「使える?」


「多分」


「なら使え」


「待ってください」


ユリウスは首を横へ振る。


「これ、ずっと使ってる盾ですよね」


「そうだ」


「修理も」


「何回も」


「交換できないものじゃ」


セラの顔から一瞬だけ何かが消えた。


視線が盾へ落ちる。


左下。


一枚の補修板。


色が違う。


古い。


かなり。


「それは」


ユリウスが聞きかける。


セラの指が、その板へ触れた。


「昔の隊の連中が直したところだ」


声は軽くない。


「最後の戦いの前にな」


ユリウスは手を引いた。


「じゃあ使えません」


「何で」


「残した方が」


「今、必要なんだろ」


「でもこれは」


セラがユリウスを見る。


「だから使うんだ」


その言葉で止まった。


盾。


仲間。


残したい。


だから。


使わない。


ユリウスならそうする。


セラは違う。


「こいつらが直したのは、飾るためじゃない」


補修板を指で叩く。


鈍い音。


「次に守るためだ」


ユリウスの喉が動く。


「削れ」


「本当に」


「二度言わせるな」


ユリウスは刃を出した。


手が重い。


ほんの少し。


補修板の端。


薄く。


削る。


金属片が掌へ落ちた。


セラは見ていた。


目を逸らさない。


          ◇


配置。


古橋縄。


車輪留め。


盾片。


受ける。


留める。


返す。


向き。


盾片の表裏。


「セラ、どっちで受けてた?」


「こっち」


「返す時は?」


「盾の縁で押した。右から左が多い」


向きを合わせる。


リシェルがしゃがむ。


「返す量を全部にしないでください」


「どうして」


「全部戻したら、反動がこちらにも来る可能性があります」


「じゃあ半分?」


「半分でも多い」


セラが言う。


「一発で十分だ」


グラドの脚が上がる。


ユリウスは魔力を通した。


古橋縄。


震える。


車輪留め。


止まるような感触。


盾片。


音がした。


かん。


小さい。


でもはっきり。


セラが盾を構える。


ユリウスが材料をその背後へ置く。


「来ます!」


前脚。


落ちる。


衝撃。


一瞬。


世界から音が消えた。


次に。


材料が光る。


衝撃がセラの盾へ入る。


腕。


肩。


地面。


そこで終わらない。


一部が折り返す。


低い音。


どん。


グラドの前脚の手前で地面が跳ね上がった。


巨体が止まる。


ほんの一瞬。


赤褐色の目が下を向く。


初めて。


こちらを見た。


セラの膝が落ちる。


「セラ!」


「まだ」


歯を食いしばる。


盾を下げない。


グラドはもう踏み込まなかった。


前脚を持ち上げたまま。


ゆっくり。


別の場所へ下ろす。


わずかに方向が変わる。


町から外れた。


          ◇


材料は崩れた。


古橋縄。


白い粉。


車輪留め。


白。


そして。


盾片。


最後まで形が残った。


色だけが抜けている。


ユリウスはそっと拾った。


セラへ返す。


彼女は掌へ乗せる。


しばらく見る。


「何だ」


「いや」


「使ったこと、後悔してる顔するな」


「してません」


「してる」


「少し」


セラが笑った。


「なら次は迷うな」


「無理ですよ」


「そうか」


盾片を小さな布へ包む。


捨てない。


それを見て、ユリウスは少しだけ安心した。


《返衝(リバウンド)》。


その名前は、あとでリシェルが記録へ書いた。


セラは何も言わなかった。


ただ盾の欠けた場所へ指を一度触れただけだった。

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