第23話 古い支柱を買う男
翌朝。
ユリウスたちは鉱山管理局へ向かった。
ドルグラードの鉱山管理局は、地上より地下の方が広かった。
山肌へ半分埋め込まれた石造りの建物から階段を下りると、幾本もの坑道図が壁へ貼られている。湿った石と鉄粉、それに油の匂いが混じり、奥では低い機械音が絶えず響いていた。
リシェルが王立魔術院の書状を出す。
受付にいた男が封蝋を見る。
それまで面倒そうだった顔が少しだけ変わった。
「王都から?」
「はい。最近発生した固定術式と換気術式の瞬断について確認に来ました」
男は四人を見る。
セラ。
ガロ。
ユリウス。
最後にまたリシェルへ戻る。
「全員、魔術院?」
「違います」
「でしょうね」
ユリウスの鞄を見て言った。
何か失礼な気がする。
しばらく待たされ、奥から大柄な女が出てきた。
腕が太い。
作業着の袖を肘まで捲り、煤の跡が頬に残っている。
「坑道保全部のミラドだ」
声も太い。
「案内する。中で勝手なことはするな」
その視線がユリウスで止まった。
「特にお前」
「初対面ですよね」
「そういう鞄の奴は大体勝手なことする」
セラが顔を背けて笑った。
「経験則だ」
ガロまで頷いている。
納得されているのが腹立たしい。
*
坑道へ入る。
最初は広い。
荷車が二台すれ違える幅がある。
天井には梁が渡され、その間を魔法灯が等間隔で照らしていた。
奥へ進むほど空気が変わる。
冷えると思っていたが逆だった。
山の内部から熱が染み出している。
場所によっては壁へ触れなくても温かさが分かる。
汗の匂い。
石粉。
湿った木材。
呼吸のたび舌の奥へ微かな鉄味が残った。
「ここ」
ミラドが止まった。
天井を指す。
黒い梁。
その周囲へ薄青い術式線が走っている。
坑道支柱。
坑道の天井や側壁が崩れないよう、木や鉄の骨組みで岩盤を物理的に支え、その負荷の一部を定式魔法で分散する設備だった。
柱そのものだけで支えているわけではない。
だから術式が一瞬止まるだけでも、弱い岩盤では危険になる。
「三日前に二・一秒」
ミラドが言う。
「固定が落ちた」
「崩落は?」
リシェルが聞く。
「なし。ただ、上が鳴った」
「鳴った?」
「岩盤が動いた時の音だ」
セラの顔から軽さが消える。
「嫌な音だな」
「知ってるのか」
「似た場所には入った」
ミラドが一度セラを見る。
「なら分かるだろ。二秒でも長い」
セラは頷いた。
リシェルが術具を取り出す。
支柱へ当てる。
青い線が走る。
「現在は正常です」
「だから困ってる」
ミラドが言う。
「壊れてるなら直せる。正常なものが止まるのが一番困る」
ユリウスは支柱を見る。
木。
古い。
表面に何本も傷がある。
「この支柱、何年くらい使ってます?」
ミラドがこちらを見る。
「そこ気になるか?」
「かなり」
「古いところで四十年。新しいのは五年くらい」
「交換した物は?」
「廃材置き場」
ユリウスの顔を見て、セラが先に額を押さえた。
「言うなよ」
「まだ何も」
「買うんだろ」
「見てからです」
「買う気じゃないか」
ミラドが笑った。
「変な奴だな」
*
調査より先に、廃材置き場へ寄ることになった。
リシェルは不満そうだった。
「目的が違います」
「比較材料が必要です」
「必要量を超えて持ち帰るでしょう」
「決めつけないでください」
廃材置き場は坑道出口の近くにあった。
古い木支柱。
曲がった鉄帯。
摩耗した荷車軸。
壊れた滑車。
圧力計。
蒸気弁。
ユリウスは入り口で動かなくなった。
セラが肩を押す。
「入れ」
「どこから見ればいいか」
「知らん」
ガロはすでに反対側へ歩いている。
リシェルだけが嫌な予感を隠そうともしていない。
ユリウスは古い木支柱へ触れた。
縦に潰れている。
長年、上から岩盤の重みを受け続けた。
同じ方向。
ずっと。
《反復》。
《方向》。
《保持》。
《厚み》。
強い。
魔力を通す前から、そう思った。
小さな欠片へ少量だけ流す。
掌へ圧される感触が返る。
「これ欲しい」
「出た」
セラが言った。
次。
古い圧力弁。
魔導管の内部圧が上がりすぎた時、一定以上の圧を外へ逃がす金属部品。円盤状の蓋とばねを組み合わせた構造で、何年も「溜まる→開く→逃がす」を繰り返してきた。
「これも」
「何に使う」
「分かりません」
「聞くんじゃなかった」
壊れた鉱石運搬車のブレーキ金具。
何万回も回転を止めてきた。
「これも」
「待て」
セラがユリウスの手首を掴む。
「全部持つ気か?」
「全部じゃないです」
「今、三つで止められたのは私のおかげだ」
ミラドが腕を組んで笑っている。
「欲しいなら安く売るぞ。廃棄予定だ」
「本当ですか」
ユリウスが一歩出る。
セラが後ろへ引く。
「嬉しそうな顔するな!」
「何で」
「値段上がるぞ!」
ミラドが声を上げて笑った。
「いい相棒だな。そっちの姉ちゃん」
「相棒じゃ」
「護衛だ」
セラが言う。
「金を払ってないだけで」
「まだその話続いてたんですか」
「請求書は溜めてる」
怖い。
*
午後。
坑道のさらに奥。
瞬断のあった二か所目へ向かう途中だった。
前方から金属音が響いた。
高い。
そのあと、誰かが叫ぶ。
「退け!」
鉱石運搬車が坂を下ってくる。
制動が効いていない。
荷台には黒い鉱石が山積み。
重量は簡単に一トンを超える。
「ブレーキ!」
「掛からん!」
作業員が飛び退く。
下り坂。
その先には人がいる。
セラが前へ出ようとする。
ユリウスが腕を掴んだ。
「受けるのは無理です!」
「じゃあどうする!」
《滑奪》。
一瞬浮かぶ。
駄目だ。
滑らせれば加速する。
《受衝》。
止められない。
でも。
「逃がす」
ユリウスは鞄を開く。
古橋縄。
根片。
車輪留め。
「どこへ!」
リシェルが叫ぶ。
ユリウスは右を見る。
坑道壁。
左は人。
右だけなら。
「壁へ!」
「衝撃だけでは車体の進路は」
リシェルが途中で止まる。
車輪。
レール。
そこへ視線が行く。
「片側だけ!」
「何?」
「右車輪側へ《受衝》を入れて。左は触らない!」
ユリウスの頭が追いつく。
進行方向の衝撃を右へ逃がす。
車体全体ではない。
右側だけ。
「セラ!」
リシェルが叫ぶ。
「右のレールへ何か噛ませて!」
「分かった!」
セラが走る。
坑道脇の太い木楔を蹴り上げる。
拾う。
右レールへ叩き込む。
鉱車が来る。
速い。
鉄輪の音が坑道全体を揺らす。
ユリウスは膝をつく。
材料。
向き。
指。
魔力。
「来い!」
光。
鉱車の右前輪が木楔へ乗る。
大きく跳ねる。
同時に《受衝》が走った。
車体が前へ進もうとする力の一部が右へ逃げる。
右壁が鳴った。
石粉が飛ぶ。
鉱車の鼻先が傾く。
左へではない。
右へ。
荷台の鉱石がずれる。
一つ。
二つ。
黒い塊が空中へ浮いたように見える。
時間が遅くなる。
鉱車が右壁へ擦れる。
火花。
金属音。
速度が落ちる。
セラが最後に後部へ飛びつき、制動棒を体重ごと押した。
軋む。
止まる。
完全に。
坑道に静寂が戻る。
誰もすぐには動かなかった。
鉱石が一つ。
遅れて荷台から落ちる。
ごとん。
音が響く。
セラが制動棒から手を離した。
「今の」
息を整えながらユリウスを見る。
「ちゃんと狙ったのか?」
「半分くらい」
「半分?」
リシェルが口を挟む。
「私が半分です」
「じゃあユリウスは?」
「材料を置きました」
「俺の仕事減ってません?」
ガロが転がった鉱石を足で止める。
「俺は?」
四人とも一度黙る。
ガロが言った。
「何もしてない」
セラが吹き出した。
緊張がそこで切れた。
*
夕方。
宿へ戻る前。
ユリウスは廃材置き場で買った物を並べていた。
支柱。
圧力弁。
ブレーキ金具。
リシェルが横で記録する。
「今日は新しい魔法を作っていませんね」
「そうですね」
「不満そうです」
「別に」
本当は少しだけ。
けれど、それ以上に。
以前作ったものを、思っていなかった使い方で使えた。
しかも自分一人ではない。
リシェルが方向を決めた。
セラが楔を入れた。
自分は繋いだ。
あれがなければ、たぶん間に合わなかった。
ユリウスは《受衝》に使った材料を見る。
白さが増している。
残りは少ない。
捨てたくない。
けれど今日使わなければ、人が轢かれていた。
セラの言葉が前より少し違って聞こえる。
必要な時に使う。
簡単ではない。
ただ、昨日よりは分かる。




