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『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


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第21話 また止まった

村へ戻った翌朝。


ユリウスは鳥の声で目を覚ました。


森の上を薄い朝靄が流れ、木造家屋の屋根から昨夜の露が落ちている。炊事場では早くも火が入り、焼いた穀物と香草茶の匂いが村の中へ広がっていた。朝日はまだ低く、巨木の幹の片側だけを暖かく照らしている。


身体が重い。


昨日の疲れがそのまま残っていた。


寝返りを打つと、肩が鳴る。


「起きたか」


ガロがいた。


小屋の前。


もう装備を整えている。


「いつから」


「さっき」


信用できない。


ユリウスは身体を起こす。


少し離れたところではセラが大剣を研いでいた。


リシェルは机を借り、昨日の記録を書いている。


三人の運び屋も村に残っていた。


持ち込んだ古材のうち、森から許可されていた物だけを積み直している。


赤布の男がユリウスに気づいた。


「昨日は悪かったな」


言い方がぎこちない。


「俺に言われても」


「狼の兄ちゃんは話しかけづらい」


ガロを見る。


確かに分かる。


「買い取りの話、もう少し聞いていいですか」


男は手を止めた。


「またそれか」


「どこの商会です?」


「《グランザ商会》の下請けだ。直接じゃない。王都の仲買を二つ挟んでる」


初めて聞く名だった。


「何を集めてるか、具体的には?」


「古い橋板。水車の軸。使い込んだ炉石。船の板。鐘の金具。あとは古木」


ユリウスとリシェルが顔を見合わせる。


偶然ではない。


ほとんど、自分たちが価値を見つけた物と重なる。


男が続ける。


「変な話なんだ。前までは薪か廃材の値段だった物に、急に銀貨を出すようになった」


「理由は?」


「新しい魔法研究に使えるかもしれない、としか聞いてない」


新しい魔法。


言葉だけが残る。


レオルから漏れたのか。


魔術院から。


あるいは灰角猪の件を見た誰か。


ユリウスには分からない。


ただ一つ。


自分が見つけたものは、もう自分の鞄の中だけにない。


そう思うと、胸の奥が少し冷えた。


「悪いことなんですか」


リシェルが横から聞いた。


ユリウスは答えられなかった。


古材に価値がつく。


捨てられていた物が必要とされる。


それ自体は悪くない。


使えるものが見つかり、誰かの暮らしに役立つ。


レオルなら、むしろ喜ぶかもしれない。


でも昨日、自分は古木へ刃を入れかけた。


価値が分かった自分でさえ。


なら値札だけが先に広がったら。


何が起こる。


考えたくないのに、答えの形だけが先に見えた。


          *


昼前。


村の入口へ一頭の小型飛竜が降りた。


人を乗せるほど大きくはない。


翼を広げても荷車一台分ほどで、脚には革筒が結ばれている。王国の主要都市や研究施設が急ぎの書状を運ぶ時に使う伝書飛竜で、長距離を飛んでも迷いにくいよう帰巣訓練を受けている。


リシェルが立ち上がった。


「魔術院からです」


飛竜の脚から革筒を外す。


二通。


一つは王立魔術院の封蝋。


もう一つ。


ユリウス宛て。


見慣れた乱暴な字だった。


「ハルドさん」


指で封を切る。


手紙は短い。


本当に短かった。


また止まった。

今度は西区の給水術式。三秒か四秒くらいだ。

怪我人はいない。

お前が気にしてたことだから知らせる。


ちゃんと飯を食え。


ハルド


最後の一行を読み、ユリウスは少しだけ目を閉じた。


セラが横から覗こうとする。


「何て?」


「給水術式が止まった」


その一言で、空気が変わる。


村の炊事場から笑い声が聞こえる。


子どもが走っていく。


森は昨日のことが嘘だったように静かだ。


それなのに王都では、また完成された魔法が止まった。


リシェルがもう一通を開く。


レオルからの正式報告。


紙は何枚もあった。


「長い」


セラが言う。


「レオル主任なので」


「要点だけ」


リシェルは紙を追う。


表情が少しずつ硬くなる。


「王都内で確認された瞬断が、先月までの記録より増えています」


「どれくらい」


「大小合わせて十一件」


ユリウスが顔を上げる。


以前は三件だった。


「全部同じ?」


「いいえ。照明、給水、保温、荷重補助。用途に共通性はありません」


「場所は」


「王都だけではありません」


紙をめくる。


「北西の交易都市で二件。南部の穀倉地帯で一件。それから」


リシェルの指が止まる。


「ドルグラード国境近くの鉱山区で三件」


セラが反応した。


「鉱山?」


「一件は換気。二件は坑道支柱の固定術式」


セラの表情から軽さが消える。


地下で固定魔法が止まれば。


考えるまでもない。


「怪我人は」


ユリウスが聞く。


「今のところ報告なし。ただし、レオル主任は『偶発的な装置不良だけで説明するのは難しくなった』と」


その一文だけ、リシェルは少しゆっくり読んだ。


いつもなら。


「理論上は問題ない」


と言う側だった。


今は、その理論の外から同じ異常が何度も起きている。


リシェルが紙を持つ指へ力を入れる。


白くなる。


ユリウスは気づいた。


「リシェル」


「大丈夫です」


早い。


聞く前に答えた。


セラも見る。


リシェルは紙から目を離さない。


「定式魔法は再現性があるから社会で使えます。設備ごとに原因が違うならともかく、異なる術式が異なる地域で同じように瞬断しているなら」


声が一度止まった。


「術式以外を疑う必要があります」


ユリウスの頭へ、白い粉が浮かぶ。


自分の魔法。


使えば材料が減る。


定式魔法には何も残らない。


本当に?


どこにも?


「レオルは何て」


リシェルは最後の紙を見る。


「ドルグラード方面の記録を確認してほしい、と」


「私たちに?」


「正確には私へ。現地の古い設備や事故残材を、あなたの方法で調べる価値があると」


ユリウスは少し黙った。


レオルは以前、


社会では使えない。


と言った。


それでも今、自分たちのやり方を必要としている。


勝ったような気持ちは、不思議なくらいなかった。


むしろ逆だった。


必要とされる理由が、良くない。


          *


出発は翌朝に決まった。


ヴェルディアから南東へ抜け、山道を越えてドルグラードへ向かう。


荷物をまとめる。


セラは武器。


リシェルは記録紙と術具。


ガロは食料と野営道具。


ユリウスは材料。


いつも通り。


ただ、今回は途中で手が止まった。


《重層材》の枝。


古橋縄。


ハルドの回収鉤。


どれを持っていくか。


全部持っていきたい。


必要になるかもしれない。


でも。


昨日、古木へ刃を入れかけた自分の手が浮かぶ。


使える。


だから持っていく。


それだけでいいのか。


「何してる」


セラが覗く。


「選んでます」


「珍しいな」


「何が」


「全部入れないのか」


ユリウスは一つの古木片を置いた。


村でもらった保温石も半分置く。


「必要になったら後悔するぞ」


セラが言う。


意地の悪い顔ではない。


むしろ確かめている。


ユリウスは手を止めた。


「多分します」


「じゃあ持ってけ」


「でも」


振り返る。


村。


森。


昨日までなら、便利かどうかだけを考えていた。


「残しておいた方がいい物もあるので」


セラは少しだけ笑った。


「ガロに怒られた甲斐あったな」


「かなり怖かったです」


少し離れたところで聞いていたガロが言う。


「聞こえてる」


「だから言いました」


「怖かったなら、次から一回で止まれ」


「努力します」


「そこは『はい』だろ」


セラが笑った。


リシェルも口元だけ少し緩める。


昨日の森でぶつかったものが、全部消えたわけではない。


ガロも謝っていない。


ユリウスも完全に納得したわけではない。


それでよかった。


何もなかったことにするより、少し残っている方が本物らしかった。


          *


翌朝。


四人は村を出た。


ガロはいつもより村の人間と長く話していた。


老女へ。


子どもへ。


炊事場の男へ。


ユリウスが待っていると、セラが隣で言った。


「お前、そんな顔するな」


「どんな」


「意外そうな」


「ガロって喋るんですね」


本人に聞こえた。


「喋る」


「王都では全然」


「話すことがなかった」


「俺たちとも?」


ガロは少し考える。


「最近はある」


それだけ言って先へ歩く。


セラが肘でユリウスを軽く突いた。


何も言わなかった。


言えばガロの耳に全部聞こえる。


森を抜ける頃、景色が変わり始めた。


緑の向こう。


南東。


遠い山並みの一部だけが赤茶色に見える。


さらにその奥から、細い煙が空へ伸びていた。


雲ではない。


火山帯。


ドルグラード。


湿った森の風の中へ、まだ届くはずもない熱をユリウスは少しだけ想像した。


鞄には、使える材料。


使わずに残した材料。


そしてハルドの手紙。


完成された魔法が、また止まった。


森の奥には、自分たちの知らなかった巨大な仕組みがあった。


なら魔法の奥にも。


まだ見えていない何かがある。


ユリウスは歩きながら、指先で鞄の留め具を確かめた。


拾う物は増えている。


けれど今度は、拾ったあとを考えなければならない。


その違いだけが、ヴェルディアへ入る前より少し重く肩へ乗っていた。

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