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『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


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第17話 誰かが先に、ここにいた

翌朝、ガロは火を消す前に森の奥を見ていた。


焚き火の煙は低く流れ、湿った朝の空気へ薄く溶けていく。夜の冷えがまだ地面に残っていて、腐葉土から立つ匂いは濃い。巨木の隙間から差し込む朝日は細く、倒木や苔の一部だけを金色に浮かび上がらせていた。


「今日は東へ行く」


ガロが言った。


セラが干し肉を噛みながら眉を上げる。


「村に戻るんじゃなかったのか」


「先に見る場所がある」


「昨日は言ってなかった」


「昨日は行くつもりなかった」


「何が変わった」


ガロはユリウスを見る。


「こいつ」


「俺?」


「昨日、音を返した」


「それで?」


「昔、似たことしてた場所がある」


ユリウスの手が止まった。


「似たこと?」


「分からん」


「今の説明だと何も分からないんですが」


「だから行く」


セラがため息をつく。


「お前ら、分からないって言葉好きだな」


リシェルが記録紙を畳む。


「私は嫌いです」


「一番使ってるぞ」


「必要だからです」


四人は火を消し、荷をまとめた。


東へ向かう道はなかった。


昨日までよりさらに森が深い。


地面を這う根は太く、場所によっては腰の高さまで盛り上がっている。倒木には苔だけでなく小さな茸や花が育ち、その下を虫が走る。


ガロだけが迷わない。


時々木の幹へ手を当て、少し離れた場所を見る。


「目印ですか?」


ユリウスが聞く。


「昔の傷」


「どこに」


ガロが示す。


幹に三本の浅い刻み。


苔で半分隠れている。


「人がつけた?」


「森人」


「何年前です?」


「知らん」


またそれだった。


けれど今度は、その先に何かがある。


          *


昼を少し過ぎた頃、森の中に石が現れた。


最初は一つ。


苔に覆われ、木の根へ半分飲み込まれている。


その次に二つ。


少し進むと、石が線になった。


人工物だと分かる。


道だった。


今では地面とほとんど同じ高さまで沈み、ところどころ木の根に持ち上げられている。森が長い時間をかけて石道を呑み込み、自分の一部へ変えようとしているように見えた。


「こんなところに」


リシェルが立ち止まる。


ガロはそのまま進む。


「昔、工房があった」


「何の?」


「知らん」


「そればっかりですね」


「だから残ってる」


妙な答えだった。


やがて木々の間に、石壁が見えた。


屋根はない。


四方の壁も半分以上崩れている。


それでも建物だった形は残っている。


入口らしき場所には石柱が二本立ち、その内側へ蔦が垂れていた。


ユリウスは一歩入ったところで足を止めた。


空気が違う。


森の湿気はある。


けれど内部には、古い石と乾いた灰、錆びた鉄の匂いがわずかに残っていた。


「いつ頃まで使われてたんです?」


リシェルが壁を見ながら聞く。


ガロは首を横へ振る。


「俺が生まれる前から廃墟だ」


セラが崩れた壁へ手を置く。


「盗賊の根城とかじゃないよな」


「今はいない」


「今は、って言い方やめろ」


ユリウスは聞いていなかった。


床を見ていた。


石床に、細い溝が刻まれている。


一本。


二本。


三本。


規則的。


自然にできた亀裂ではない。


何かを置くための溝。


その中央には、丸い石盤の跡が残っている。


「リシェル」


「見えてます」


彼女もすぐにしゃがんだ。


指で苔を払う。


溝は円の外から中心へ伸び、別の溝へ繋がっていた。


「術式?」


セラが聞く。


リシェルはすぐには答えない。


目が動く。


角度。


深さ。


分岐。


一つずつ確認する。


「違います」


「分かるのか」


「定式術式なら、意味を持つ記号や接続線があります。これは」


指でなぞる。


「ただの固定溝に見える」


ユリウスの背中が少しだけ冷えた。


材料を並べる。


ずれないように固定する。


向きを揃える。


今、自分たちが地面や机の上でしていること。


「これ」


声が低くなる。


「材料を置くためじゃないですか」


誰もすぐに答えなかった。


セラが床を見る。


リシェルも。


ガロは少し離れた場所で棚の跡を調べている。


ユリウスは溝の端へ指を入れた。


幅が違う。


細いもの。


太いもの。


円形。


平たいもの。


何かを何種類も置ける。


しかも、ただ放射状に並べているわけではない。


一つから次へ。


次からその先へ。


順番があるように見える。


「同じだ」


口から出た。


「何が?」


セラが聞く。


「俺たちがやってるのと」


胸の奥で、何かがゆっくり沈んでいく。


嬉しいとも怖いとも言い切れない。


自分たちだけが初めて見つけたと思っていた。


そうではないのかもしれない。


ずっと前に。


ここで。


誰かが同じように材料を並べていた。


          *


工房跡を調べると、さらに痕跡が出てきた。


壁際の石棚。


その下から、割れた陶器片。


銅の留め具。


炭化した木片。


どれも古い。


ただ、ユリウスが気になったのは種類ではなかった。


置かれ方。


棚には浅い窪みが並んでいる。


細長い物。


丸い物。


平たい物。


用途別に分けられていたように見える。


リシェルは壁の一部を見ていた。


「ここ」


苔を払う。


薄い線刻が出る。


文字ではない。


図。


中央の円。


そこから外へ伸びる複数の線。


さらにその先。


森のような形。


山。


川。


そして遠く。


線は壁の端で途切れている。


「地図?」


セラが首を傾げる。


ガロが近づく。


「この川は近くの流れに似てる」


「じゃあ、工房の周辺図?」


「でも」


リシェルが線を追う。


「外へ伸びすぎています」


壁の外まで続いていたらしい。


途中で崩れている。


中心から。


森へ。


山へ。


川へ。


もっと遠く。


ユリウスは床の溝を見る。


材料を並べる場所。


壁の線。


何かが繋がっている。


「ここで作った何かを、外へ?」


セラが言う。


「運んだとか?」


リシェルは首を横へ振る。


「それなら道路や搬送経路を示すはずです」


「じゃあ何」


「まだ分かりません」


「出た」


セラが小さく言った。


ユリウスは笑わなかった。


壁の線を見ていた。


何かが、工房の外へ続いている。


今の自分たちが作る魔法は、材料を並べたその場で起きる。


熱を移す。


滑らせる。


音を返す。


範囲は狭い。


ここにあったものは、もっと遠くを見ていたのかもしれない。


その考えが、まだ早いと分かっていても離れなかった。


          *


夕方前。


ガロが工房の奥で小さな箱を見つけた。


木は腐り、触れば崩れそうだった。


中には薄い石板が三枚。


文字が刻まれている。


リシェルが息を止める。


「読めます?」


ユリウスが聞く。


「一部だけ」


古い言葉らしい。


現在の文字と似ているが、形が違う。


彼女は指で一文字ずつ追う。


「これは……数ではない」


「何です」


「失敗記録、かもしれません」


石板には短い文が並んでいる。


材料名らしき語。


矢印。


その先に、


《散逸》

《破損》

《逆流》


読める語だけでも、成功記録ではなさそうだった。


ユリウスの口元が少し動く。


セラが気づく。


「何で嬉しそうなんだ」


「失敗してる」


「だから?」


「同じだ」


思わず笑ってしまう。


天才が完成した答えを残していたわけではない。


何度も失敗した。


材料を壊した。


逆に流した。


思った通りにいかなかった。


誰かがここで、同じようにやっていた。


急に遠い昔の人間が近くなった。


「お前、失敗仲間見つけて喜んでるのか」


「悪いですか」


「いや」


セラも少し笑う。


「お前らしい」


リシェルは石板を抱えたまま、最後の一枚を見る。


そこで動きが止まった。


「何かあります?」


「これ」


端の方。


ほとんど削れている。


それでも一語だけ読める。


《重ね》。


その下に、同じ材料名が三度並んでいた。


一つ。


二つ。


三つ。


横に短い記号。


最後だけ丸がついている。


「同じ材料を三つ?」


ユリウスが聞く。


「そう見えます」


「何のために」


誰も分からない。


外で風が吹く。


崩れた壁の隙間から森の匂いが入り、古い灰の匂いを一瞬だけ薄めた。


ユリウスは石板の《重ね》という語を見た。


まだ意味は分からない。


けれど、明日試すものが一つ増えた。

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