↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔法は、拾うところから。』 ―廃材回収人は失われた魔法開発を再発見する―  作者: asnt2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/37

第12話 雨を集める

雨は昼前から降り始めた。


細い雨だった。


大粒ではない。


けれど止まる気配もなく、葉の上へ落ちた水が次から次へ溜まり、やがて先端から一定の間隔で落ちてくる。


ヴェルディアの外縁に近づくにつれ、木々は明らかに大きくなっていた。


幹の太さは王都周辺の森とは比べものにならず、何本かは四人で腕を回しても届かない。地面には厚く腐葉土が積もり、歩くたびに柔らかな感触が靴底へ返ってくる。


雨と土と樹皮の匂い。


少し青い苔の匂い。


湿った空気が服の内側まで入り込み、呼吸するたび肺が冷える。


「最悪だ」


セラが言った。


「雨、嫌いなんですか」


「鎧が重くなる」


「外せば」


「お前が前に出るか?」


「やめときます」


即答した。


リシェルは外套の留め具を締め直している。


ガロだけはほとんど気にしていない。


「今夜はこの先の岩棚で休む」


「宿は」


セラが聞く。


「ない」


「屋根は」


「岩」


「ベッドは」


「地面」


「帰りたくなってきた」


それでも歩く。


雨脚は少しずつ強くなった。


夕方前、岩棚へ着いた頃には全員濡れていた。


奥行きのある岩陰で、天井から水は落ちてこない。


ただし横殴りの風が入る。


火を起こす。


ガロが乾いた樹皮を出し、セラが小枝を折る。


リシェルは濡れた外套を脱いだ。


ユリウスも鞄を下ろす。


中身を確認した瞬間、顔が固まった。


「濡れてる」


「何が」


「材料」


セラが呆れた顔をする。


「お前、自分より先にそっちか」


「紙もです」


「ならまだ分かる」


ユリウスは布包みを開く。


大半は無事。


ただ、木片と縄は少し水を吸っている。


「乾かせるか」


ガロが聞く。


「火で?」


「焦げる」


リシェルが言う。


「温風術式を使えます」


杖を取り出す。


小さな術式が光る。


暖かい風が流れる。


ユリウスは材料を並べた。


その横で、セラが濡れた靴を脱いだ。


「こっちも頼む」


「人の靴まで乾かすために使う術式では」


「ついでだろ」


「用途外です」


「便利に使え」


「定式魔法は用途を守って」


「堅いなあ」


「だから堅物ではありません」


まだ気にしていた。


ユリウスは少し笑った。


温風を受けている材料の中に、一つ見覚えのないものがある。


薄い銀色の葉。


「これ何です?」


ガロの革袋から出たものだった。


「水葉」


「初めて見ます」


「雨の多い森に生える」


掌ほどの大きさで、表面には細かな溝が何本も走っている。


葉へ落ちた水滴は、溝に沿って中央へ集まり、根元側から落ちる仕組みらしい。


雨を受け流すだけではない。


集めている。


「これ、毎回こうなるんですか」


「そうだ」


「何年くらい」


「株による」


ユリウスが黙る。


ガロが嫌そうな顔をする。


「その顔やめろ」


「どの顔です」


「拾う顔」


セラが横から言う。


「それ私も分かる」


ユリウスは葉へ指を触れた。


「一枚だけ」


「抜くな」


「落ちてるやつなら?」


ガロが少し考える。


「いい」


岩棚の外へ出る。


雨が顔へ当たる。


地面には水葉が何枚か落ちていた。


その中から、まだ形の残っている古い葉を拾う。


何度も雨を受けたはずだ。


何度も水を中央へ集めた。


「これで何がしたい」


リシェルが後ろから聞いた。


「雨を集める」


「そのままですね」


「でも水は作らない」


「そこは重要です」


岩陰へ戻る。


古い樋の木片。


水葉。


細い溝のある石。


ユリウスは順番を考える。


どれも水を通してきた。


ただし役割が違う。


受ける。


集める。


流す。


「三つ」


ユリウスが言った。


「何が」


セラが覗く。


「たぶん、三つの役目がある」


一つ目。


雨を受ける。


二つ目。


寄せる。


三つ目。


流す。


リシェルの目つきが変わる。


「順番がありますね」


「あると思う」


「では、逆にしたら?」


「やってみます」


失敗した。


水葉から水が散っただけ。


セラの顔にかかった。


「おい」


「すみません」


「次やったら有料だぞ」


順番を戻す。


受ける。


集める。


流す。


魔力を通す。


最初は何も起きない。


外から入ってくる雨粒が、岩陰の手前で少しだけ曲がった。


一滴。


二滴。


次の瞬間、空中を漂っていた細かな雨粒がゆっくりと一か所へ寄り始めた。


水葉の上。


目に見えるほど大きな滴になる。


溝へ集まり、木片を伝い、置いてあった空の鍋へ落ちる。


ぽつ。


ぽつ。


やがて一定の速さになる。


セラが鍋を覗いた。


「飲めるか?」


「雨水です」


「知ってる」


「煮沸してください」


「お前ら二人とも堅いな」


ガロは黙って見ている。


鍋に少しずつ水が溜まる。


火を使わない。


水を生み出さない。


ただ、そこにある雨を寄せている。


「名前」


セラが言う。


「早いです」


リシェルが止める。


「いや、これは分かるだろ」


ユリウスも鍋を見る。


「《雨継》」


セラが言った。


「雨を継いで集める。どうだ」


リシェルが少し考える。


「悪くありません」


「また勝った」


「勝敗ではありません」


《雨継(レインギャザー)》。


仮称が決まった。


ユリウスは水葉を持ち上げる。


表面の色が少し抜けている。


使った分だけ、何かが減っている。


まだ白くはない。


「これ、便利ですね」


セラが言う。


「そうですね」


「旅で毎日使える」


「そうかもしれない」


「戦えなくても魔法って役に立つんだな」


何気ない言葉だった。


ユリウスは少しだけ手を止めた。


魔法と言えば戦闘。


火。


風。


雷。


盾。


ずっとそう思っていた。


けれど今、鍋の中へ水が溜まっている。


ただそれだけで、今夜の水汲みは楽になる。


火で乾かすより、濡れる前に水を寄せられるかもしれない。


他にも。


考え始める。


リシェルが横で見ている。


「また始まりましたね」


「何が」


「次の使い方を考える顔です」


セラが笑う。


ガロは火へ枝を足した。


「明日から森が深くなる」


「もっと?」


「今はまだ入口だ」


雨音の向こう。


木々の隙間に、暗い森が続いている。


ユリウスは鍋へ落ちる水滴を見た。


森へ入れば、今まで知らなかったものがいくらでもある。


その考えだけで、冷えた指先が少しだけ動きやすくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。