勇者の武器
駆けつけた兵士たちによって
ドラゴンは追い払われた。
「――というわけで、王都まで来てもらいます」
「嫌です」
「即答!?」
俺は馬車の中にいた。
正確には、兵士たちに無理やり乗せられた。
隣には一輪車。
俺の唯一の財産だ。
「別に取って食おうってわけじゃありません」
向かいに座る兵士が言った。
「王都で国王陛下にお会いいただくだけです」
「それが怖いんですよ」
「なぜです?」
「国王ですよ?」
「国王です」
「俺、昨日まで無職だったんですよ?」
「知っています」
「なんで知ってるんだよ!」
「先ほどご自身で仰っていたでしょう」
「そうだった」
俺はため息をついた。
異世界に来てから、まだ半日も経っていない。
なのに。
ドラゴン。
兵士。
勇者。
国王。
展開が早すぎる。
俺はもっとこう――
最初はスライムとか。
薬草採取とか。
そういうところから始めたかった。
「……ところで」
兵士が俺の一輪車を見る。
「それは本当に武器ではないのですか?」
「違います」
「魔道具でも?」
「違います」
「では、何なのです?」
「一輪車です」
「だから、その一輪車とは何なのです?」
「一輪車です」
「…………」
「…………」
「会話が成立しないな」
「俺もそう思います」
馬車が揺れる。
窓の外を見ると、広い草原が続いていた。
遠くに巨大な城壁が見える。
「あれが王都です」
「へえ……」
俺は少しだけ胸が高鳴った。
異世界。
王都。
巨大な城。
これだけなら、テンションが上がる。
「……サーカスはあるのかな」
「サーカス?」
「そう。サーカス」
「なんです、それ?」
「え?」
俺は兵士を見た。
兵士も俺を見る。
「……やっぱりないの?」
「聞いたことがありません」
「マジか」
俺は窓の外を見た。
どうやら。
本当にサーカスがないらしい。
「……じゃあ」
俺は一輪車を見る。
「作るしかないな」
こうして俺の異世界生活の目標が決まった。
サーカスを作る。
そのためにも――
「まず仕事を探さないとな」
「勇者様が仕事を?」
「俺、無職なんで」
「勇者様なのですから、国から生活費が――」
「それは嫌です」
「なぜ?」
「働いて稼いだ金でサーカスを作りたい」
兵士が黙った。
少しして。
「……変わった勇者様ですね」
「だから勇者じゃないって」
やがて馬車は王都へ到着した。
巨大な門。
大勢の人。
石造りの建物。
市場。
露店。
剣を腰に下げた冒険者。
俺は目を輝かせた。
「すげえ……」
完全に異世界だった。
そして。
俺たちが城へ向かう途中。
突然、人だかりができている場所を見つけた。
「なんだ?」
俺が覗き込む。
そこには、一人の青年がいた。
金色の髪。
立派な鎧。
腰には剣。
周囲には女性たち。
「勇者様!」
「素敵!」
「かっこいい!」
「…………」
俺はその青年を見た。
そして自分を見る。
ボロボロの服。
寝癖。
一輪車。
「……俺と正反対だな」
「はい」
兵士が即答した。
「そこはフォローしろよ」
その青年がこちらを見る。
そして俺の一輪車を見た。
「なんだ、それは?」
「一輪車です」
「イチリンシャ?」
「はい」
「武器か?」
「違います」
青年は鼻で笑った。
「そんな玩具で戦うつもりか?」
「戦いません」
「なら何のために持っている?」
「趣味です」
「趣味?」
青年は笑った。
「勇者たるもの、常に己を鍛えるべきだ。そんな遊び道具を持っている暇があるなら、剣の一本でも振ったらどうだ?」
「…………」
なんだこいつ。
めちゃくちゃ感じ悪い。
俺が黙っていると、兵士が慌てて口を挟んだ。
「そ、その……こちらは――」
「何者だ?」
「勇者様です」
「え?」
俺が兵士を見る。
「ちょっと待て」
兵士は真顔だった。
「勇者様です」
「違うって!」
周囲がざわつく。
「勇者?」
「あの人が?」
「一輪車を持ってるぞ」
「変な武器……」
「勇者様なら、どんな武器を使うのかしら」
「だから違う!」
俺は頭を抱えた。
すると。
金髪の青年が剣を抜いた。
「ならば証明してみろ」
「何を?」
「勇者なら、聖剣を抜いてみろ」
「…………」
聖剣。
異世界のお約束。
俺は剣を見る。
「抜けるわけないだろ」
「やってみなければ分からん」
「いや、絶対無理だって」
俺は聖剣の前に立った。
巨大な台座。
そこに一本の剣が刺さっている。
周囲には人だかり。
「抜け!」
「勇者様!」
「見せてくれ!」
「…………」
なんで俺がこんなことを。
俺は剣の柄を握った。
「よいしょ」
引く。
動かない。
「ほら」
俺は手を離した。
「無理じゃん」
青年が笑う。
「やはりな」
「だから言っただろ」
ところが。
兵士の一人が叫んだ。
「お待ちください!」
「?」
「勇者の証は、聖剣だけではありません!」
兵士が俺の足元を見る。
「召喚された異世界人には、それぞれ固有の能力が与えられると伝承されています!」
「…………」
俺は一輪車を見た。
「まさか」
兵士が一輪車を指差す。
「それこそが、勇者様の武器なのでは?」
「いやいやいや」
俺は笑った。
「一輪車ですよ?」
「では、試してみましょう」
「何を?」
「訓練場へ」
「嫌な予感しかしない」
俺は王城の訓練場へ連れていかれた。
目の前には木製の人形。
剣士。
盾兵。
魔物を模した巨大な人形まで並んでいる。
「まずは剣です」
木剣を渡された。
振る。
「…………」
空振り。
「次、槍」
持つ。
重い。
「次、弓」
弦を引けない。
「次、魔法」
「魔力がありません」
「でしょうね!」
俺は叫んだ。
「ほら! 俺、勇者じゃないじゃん!」
兵士たちは困った顔をしている。
そして最後。
一輪車が運ばれてきた。
「では、これを」
「いや、これ『では』じゃないだろ」
俺は一輪車にまたがった。
ペダルを踏む。
――瞬間。
世界が変わった。
身体が軽い。
視界が澄む。
音が遠くなる。
「…………」
目の前にある木製の魔物。
距離、二十メートル。
俺は思った。
――行ける。
「……まさか」
俺はペダルを踏んだ。
ドンッ!
一輪車が加速する。
「速っ!?」
俺自身が驚いた。
十メートル。
五メートル。
そして――
「うおおおおおおっ!」
俺は一輪車ごと跳んだ。
「ええええええええええ!?」
空中で身体をひねる。
一輪車が回転する。
そのまま。
ドゴォン!!
木製の魔物に車輪が直撃した。
魔物の人形が吹き飛んだ。
訓練場が静まり返る。
「…………」
「…………」
「…………」
俺は一輪車の上に立っていた。
「……今の」
兵士が呟く。
「何だ?」
別の兵士が答える。
「分からない」
金髪の青年も、口を開けたまま固まっている。
俺は一輪車を見る。
「……これ」
少しだけ笑った。
「結構、強いんじゃないか?」
その瞬間。
王城中に鐘が鳴り響いた。
カン。
カン。
カン。
兵士たちの顔色が変わる。
「何だ?」
俺が尋ねる。
兵士は震えながら答えた。
「魔王軍が――」
「…………」
「王都へ向かっています」
俺は一輪車のハンドルを握った。
「…………」
そして。
「俺、昨日まで無職だったんだけど」
誰も答えなかった。
「なんでいきなり魔王軍と戦うことになってんの?」




