一輪車で戦う
俺は空を飛んでいた。
「うおおおおおおおおおおっ!」
正確には、一輪車に乗ったまま崖から落ちていた。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
眼下には森。
遥か下に地面。
俺の人生は三十五年で終わるらしい。
しかも最期の瞬間まで一輪車に乗っている。
「こんな死に方、嫌だあああああ!」
俺は必死にペダルを漕いだ。
意味はない。
空中でペダルを漕いだところで、落下速度が遅くなるわけでもない。
「くそっ!」
そのときだった。
俺の身体が、勝手に一輪車を傾けた。
「え?」
一輪車が空中で回転する。
「うわっ!」
身体をひねる。
足を伸ばす。
そして――
ドンッ!
「ぐえっ!」
地面に着地した。
……いや。
正確には。
一輪車の車輪だけが地面に接触し、俺はそのまま一輪車の上に立っていた。
「…………」
俺は動かなかった。
周囲も静かだった。
「……生きてる?」
恐る恐る身体を触る。
腕。
足。
頭。
全部ある。
「俺……生きてる」
奇跡だった。
いや。
奇跡というより――
「一輪車、すげえ……」
俺は一輪車を見た。
普通の一輪車だ。
どこにでも売っているような、一輪車。
なのに。
さっきの動き。
あれは俺の意思ではなかった。
身体が勝手に動いた。
「もしかして……」
俺は一輪車を軽く蹴った。
車輪が回る。
すると。
俺の頭の中に、文字が浮かんだ。
『スキル:一輪車操作』
「…………」
俺は目をこすった。
消えない。
『スキル:一輪車操作』
「……なんだこれ」
さらに文字が浮かぶ。
『一輪車に乗っている間、身体能力が向上します』
「…………」
俺は黙った。
そして。
「普通に便利じゃん」
異世界転生といえば。
剣術。
魔法。
鑑定。
アイテムボックス。
そういうものだと思っていた。
まさか俺に与えられた能力が。
「一輪車……」
笑えてくる。
「神様、俺のこと馬鹿にしてるだろ」
その瞬間だった。
「グオオオオオオオオッ!」
「うわっ!」
森の向こうから、咆哮が響いた。
さっきのドラゴンだ。
「なんで追ってくるんだよ!」
木々が次々と倒れていく。
巨大な身体が森を突き破る。
ドラゴンは俺を見るなり、口を大きく開いた。
「また炎吐く気か!?」
俺は一輪車に飛び乗った。
「来い!」
なぜか、少しだけ強気になっていた。
さっきまで死ぬほど怖かった。
だが今は違う。
一輪車に乗った瞬間――
身体が軽い。
視界が広い。
世界がゆっくりに見える。
「……これなら」
ドラゴンが炎を吐いた。
「避けられる!」
俺はペダルを踏み込んだ。
炎が地面を焼く。
俺は右へ。
炎が追ってくる。
左へ。
炎が木を焼き尽くす。
「危ねえ!」
俺はさらに加速した。
森の中を一輪車で疾走する。
木。
岩。
倒木。
すべてを避けていく。
「すげえ……!」
俺は笑っていた。
楽しい。
めちゃくちゃ楽しい。
今まで何度練習しても乗れなかった一輪車を――
俺は今、ドラゴンから逃げるために乗りこなしている。
「これだよ!」
俺は叫んだ。
「俺がやりたかったのはこれだ!」
ドラゴンが吠える。
俺は振り返る。
「お前も来いよ!」
そして気づいた。
俺はいつの間にか、ドラゴンの顔を見ながら走っていた。
「……あれ?」
普通なら。
こんな化け物を見たら怖くて前なんて見られない。
なのに。
今の俺には。
妙な自信があった。
「一輪車なら……」
俺はペダルを踏み込んだ。
「俺のほうが上だ!」
ドラゴンが突進してくる。
巨大な前脚が迫る。
俺は一輪車を傾けた。
ギリギリでかわす。
そのままドラゴンの身体の下へ潜り込む。
「うおおおおおおっ!」
抜けた。
そして振り返る。
「どうだ!」
ドラゴンがこちらを向く。
俺も向く。
「…………」
ドラゴン。
「…………」
俺。
数秒間、見つめ合う。
すると。
ドラゴンが――
首を傾げた。
「…………」
俺も首を傾げた。
ドラゴンも首を傾げる。
俺も首を傾げる。
「お前……」
俺は言った。
「一輪車、気になるのか?」
ドラゴンが鼻を鳴らした。
「グルル……」
そして。
俺の一輪車をじっと見た。
「……乗りたい?」
「グオ?」
「いや、無理か」
ドラゴンには車輪が小さすぎる。
というか足が三本も余る。
「…………」
ドラゴンが再び俺を見る。
そして。
突然。
「グオオオオオオオオオオッ!」
「うわあああああ!」
やっぱり襲ってきた。
「話が通じねえ!」
俺は逃げた。
だが。
その瞬間。
森の入り口から声が響いた。
「いたぞ!」
「勇者様!」
「勇者様がドラゴンと戦っている!」
「…………」
俺は振り返った。
そこには、さっきの兵士たちがいた。
「え?」
兵士の一人が叫ぶ。
「伝説の勇者様だ!」
「違います」
俺は即答した。
「一輪車に乗ってるだけです」
「謙遜なさるな!」
「いや、本当に違います」
「その神々しい乗り物!」
「ただの一輪車です」
「そして、あの卓越した体術!」
「一輪車のおかげです」
「ドラゴンの攻撃をすべてかわした!」
「逃げてただけです」
「なんという謙虚さ!」
「話を聞いてくれ!」
兵士たちは完全に勘違いしていた。
その中でも、一番偉そうな男が俺の前に歩いてきた。
「勇者様」
「だから違いますって」
「我々と共に王都へ来ていただきたい」
「嫌です」
「なぜ!?」
「怖いからです」
「……?」
俺はドラゴンを見る。
そして兵士を見る。
「俺、さっきまで普通に日本で暮らしてたんですよ」
「ニホン……?」
「はい」
「それが突然ここに来て」
「はい」
「ドラゴンと遭遇し」
「はい」
「一輪車で戦い」
「戦ってません」
「そして勇者として王都に――」
「行きたくないです」
兵士は困った顔をした。
「……では、何を望まれるのです?」
「俺は……」
俺は一輪車を見る。
そして遠くに見える巨大な城を見る。
「サーカス」
「……は?」
「俺、サーカスが好きなんです」
兵士たちは黙った。
「この世界にもサーカスってあります?」
誰も答えなかった。
代わりに。
ドラゴンが吠えた。
「グオオオオオオオオオオッ!」
「ひっ!」
兵士たちが一斉に剣を構える。
俺は一輪車にまたがった。
「……まあ」
俺は笑った。
「サーカスがないなら――」
ペダルに足を乗せる。
「俺が作ればいいか」
こうして。
三十五歳無職童貞、一輪車しか取り柄のない俺の――
異世界サーカス人生が始まった。
……はずだった。
「グオオオオオオッ!」
「いや、まずこのドラゴンどうすんだよ!?」
サーカスどころじゃなかった。




