魔王軍と一輪車
「俺、昨日まで無職だったんだけど」
誰も答えなかった。
「なんでいきなり魔王軍と戦うことになってんの?」
「勇者様」
兵士が俺を見る。
「はい」
「お願いします」
「何を?」
「魔王軍を止めてください」
「嫌です」
「即答!?」
俺は一輪車から降りた。
「だって俺、戦ったことないですよ?」
「先ほど戦っていたではありませんか」
「あれは木の人形でしょ」
「では、魔物が相手なら?」
「もっと嫌だよ!」
そのとき。
王城の外から、巨大な音が響いた。
ドォォォン!!
地面が揺れる。
「うわっ!」
俺はよろめいた。
訓練場にいた兵士たちが一斉に外を見る。
「始まった……」
誰かが呟いた。
城壁の向こう。
黒い煙が上がっている。
遠くから、無数の叫び声が聞こえてきた。
「魔王軍です!」
「敵の数は!?」
「確認できただけでも千以上!」
「千!?」
俺は思わず聞き返した。
「千って……」
「はい」
「一輪車一台で?」
「……はい」
「無理じゃん」
俺は一輪車を見た。
さっきまで、こいつが結構強いんじゃないかと思っていた。
撤回する。
千は無理だ。
どう考えても無理だ。
「勇者様!」
金髪の青年が剣を抜いた。
「俺と共に来い!」
「いやです」
「なぜだ!」
「死にたくないからです」
「勇者だろう!」
「違います」
「ならば何者だ!」
「無職です」
「…………」
金髪の青年が黙った。
「……お前、本当に勇者なのか?」
「俺が聞きたいよ」
すると、城の上から鐘が鳴った。
カン、カン、カン!
兵士たちが慌ただしく走り始める。
「西門が破られました!」
「南門にも魔物が!」
「第二防衛線を展開!」
「騎士団を向かわせろ!」
俺はその様子を見ていた。
怖い。
正直、ものすごく怖い。
俺は昨日まで日本にいた。
仕事もしていなかった。
一輪車に乗ることだけが楽しみだった。
それが。
異世界に来て。
ドラゴンに遭遇して。
勇者と呼ばれて。
そして今。
魔王軍と戦えと言われている。
「……帰りたい」
思わず呟いた。
すると。
「帰る場所があるのですか?」
兵士が聞いた。
「……」
俺は答えられなかった。
日本に戻れるのか。
そもそも。
俺を待っている人なんているのか。
家に帰ったところで。
また無職の生活に戻るだけだ。
そう考えたら。
少しだけ、足が止まった。
「……俺さ」
俺は一輪車を見る。
「サーカスを作りたいんだよ」
「はい」
「この世界にサーカスがないなら、自分で作ってみたい」
兵士は黙って聞いている。
「だから」
俺は一輪車にまたがった。
「死ぬのは嫌だけど」
ペダルに足を乗せる。
「この世界で何かやってみるくらいは、いいかもしれない」
「勇者様……!」
「だから一個だけ聞きたい」
「なんでしょう?」
「魔王軍って」
俺は城壁を見る。
「倒したら、金もらえる?」
「…………」
「…………」
「国王陛下に相談してみます」
「よし」
俺は立ち上がった。
「行こう」
「勇者様!」
「ただし!」
俺は兵士を指差す。
「俺は勇者じゃない」
「はい」
「そして剣も使えない」
「はい」
「魔法も使えない」
「はい」
「一輪車しか乗れない」
「はい」
「だから――」
俺は城門へ向かって走り出した。
「一輪車で戦う!」
「本当にそれでいいのか!?」
「俺にも分からん!」
城門を抜ける。
そこには。
大量の魔物がいた。
ゴブリン。
オーク。
巨大な狼。
そして、その奥には巨大な鎧を着た魔族。
「人間どもめ!」
魔族が叫ぶ。
「この王都は今日、我ら魔王軍によって――」
俺は聞いていなかった。
「うわ」
魔物が多い。
めちゃくちゃ多い。
「やっぱ帰っていい?」
「駄目です!」
後ろから兵士が叫ぶ。
「ですよね!」
俺はペダルを踏んだ。
――ギュンッ!
「速っ!」
昨日まで乗っていた一輪車とは明らかに違う。
まるで車輪そのものが俺の意思を理解しているみたいだった。
「うおおおおおっ!」
魔物の群れへ突っ込む。
「来るぞ!」
「人間だ!」
「殺せ!」
「いやあああああ!」
俺は叫びながら突っ込んだ。
そして。
「うわあああああああ!」
――ジャンプ。
「え?」
一輪車が勝手に跳んだ。
俺の身体が宙に浮く。
「ちょっと待って!」
くるり。
一輪車が回転する。
「待って待って待って!」
さらに回転。
「俺、一輪車のプロじゃないんだけど!」
そして。
ドゴォォォン!!
俺は魔物の頭上を飛び越えた。
「…………」
着地。
無傷。
後ろを見る。
魔物たちが倒れている。
「……え?」
俺が倒したのか?
恐る恐る一輪車を見る。
「お前……」
車輪が小さく回っている。
「もしかして」
俺は笑った。
「俺より強い?」
その瞬間。
「グオオオオオオオオッ!」
巨大な魔族が吠えた。
「貴様か!」
魔族がこちらを指差す。
「我が軍を蹴散らしたのは!」
「いや」
俺は首を振った。
「こいつです」
一輪車を指差す。
「…………」
魔族が固まった。
「……何?」
「一輪車」
「…………」
「俺じゃなくて、一輪車が強い」
魔族の顔が引きつる。
「ふざけるな!」
巨大な斧を振り上げた。
「我は魔王軍四天王が一人!」
「四天王!?」
「そうだ!」
「すごい!」
「恐れおののけ!」
「じゃあ、強いんだ」
「当然だ!」
「どれくらい?」
「貴様など、一撃で――」
「そう」
俺はペダルに足を置いた。
「じゃあ試してみよう」
「来い!」
魔族が斧を振り下ろす。
「うおおおおおおっ!」
俺も突っ込む。
そして。
――ガキィィィン!
「…………」
「…………」
斧と一輪車がぶつかった。
「……あれ?」
俺は止まった。
魔族も止まった。
そして。
魔族の斧が。
真っ二つに折れた。
「…………え?」
魔族が自分の斧を見る。
「…………」
俺も見る。
「…………」
一輪車を見る。
「…………」
「な、なぜだああああああああああっ!」
魔族が叫んだ。
俺も叫んだ。
「俺も知りたいよおおおおおおおお!」
王都の兵士たちは。
その光景を遠くから見ていた。
「……勇者様」
「はい」
「やはり、あの一輪車……」
「はい」
「あれは――」
兵士は震えながら呟いた。
「伝説の武器なのでは?」
「だから一輪車だって!」
俺の叫び声が。
王都中に響き渡った。




