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4-19 意味

陛下を目覚めさせた後。

私は使っていいと言われた雛の間でうんうん頭を悩ませながら、スレイド陛下へ処方する薬について考えていた。

時はお昼すぎ。

午前中のうちにカルタスさんに頼んだ薬の素材は全て手元に届いていて、検品が済んでいる。

さすが王宮、なんでもあるしどれもいい状態のものばかりだ。


『姉ちゃんまだ考えてんの?』


「だってベストなもの処方したいじゃない」


『真面目だね〜』


ラナトはそうコメントしたあと、ぽんっとキューの姿になってクリーム色のソファーでのんびりお昼寝を始めた。

のんびりした雰囲気に私もなんだか落ち着いた気持ちになる。


「よしっ決めた!次は調薬!」


出張薬師セットのカバンからすり鉢やら何やらを取り出していると、突然目の前に金の文字がスルスルと現れた。


「えっ何……兄さんを宜しく???」


よく分からないけど…『兄さん』っていう言い方の感じだときっとマティアスさんからのメッセージなんだろう。

意図はちょっと分からないけど、リューに会ったら…なにか宜しくすればいいよね…?

どちらにしろこの場所からは勝手に動けないから、待つしかない。


首を傾げながら、まずは調薬だとゴリゴリと薬の素材をすり潰す。

そうやって暫くして処方薬が数日分調薬できた頃、トントンと部屋がノックされた。

やってきたのはアリーニャ様だった。


「お待たせしてごめんなさい。ちょっと陛下の様子診て貰えるかしら?」


診察を依頼されるような言葉にドキッとする。


「何か体調の変化がありましたか?」


「いえ、ちょっと疲れてるだけだと思うわ。かなり色んな話を聞いたから……さっき少し休んで目が覚めたところなの。念の為様子を見て欲しいのと、良かったら、ルディアとも少しお話したいと思って。」


そうやって再び連れて行かれた寝室では、クッションにもたれ掛かったスレイド陛下がにこやかに迎えてくれた。

アリーニャ様がクスクス笑う。


「この人ね、リューカスが恋人にする子がどんな子なのか気になって仕方ないって煩いのよ。面倒だったら適当にあしらっていいのよ。」


「なんだよ、お話するぐらいいいだろう?」


「あんまりちょっかい出すとリューカスに怒られるわよ」


アリーニャ様は随分楽しそうだ。

誘導されて枕元の椅子に座る。


「えぇと……お加減はいかがですか?」


「あぁ、身体はうまく動かないし、だるいが……痛いとか苦しいとかは無いかな。」


「良かったです。まずはお身体の状態を見させてもらいますね。」


そうしてまた一つ一つ、身体の状態を見ていった。アリーニャ様は何か陛下が食べれそうなものを頼んでくると言って、そっと部屋を出ていった。


手の様子を見る。

魔力を放出しやすい場所だけど。

スレイド陛下の状態は、リュドリスの精霊術をもってしても、大した改善は見られなかった。


「……あまり気を遣わなくていい。意識を保てるのも、長くて後2週間ほどなんだろう?」


むしろこちらを気遣うような声にはっと顔を上げる。

スレイド陛下は、少し困ったように優しく笑っていた。

その顔が妙にリューの顔と重なって、余計に心を揺さぶる。


「はい。すみません……できる事は全て、したのですが……」


「謝る必要はない。私は目覚めさせてもらって感謝してるんだよ。本当はあのまま、死ぬところだったんだろう?」


「……はい」


「であれば、本当に感謝しかないだろう?胸を張っていい。君こそ大丈夫か?……育ての親を、同じ病で失ってるんだろう?」


少し掠れた声は、死の淵にあってもなお、他者を気遣う言葉だった。

その包み込むような優しげな雰囲気に、思わず本音が溢れる。


「………はじめは、冷静に向き合うことも出来なかったんです。」


少し前の事を思い出す。

魔力反発疾患。この言葉さえ、聞きたくなかった。


「おばあちゃんの死とも向き合えなかったし……リューが同じ病だと聞いた時も、到底受け入れられないと、そう思いました。」


ルビーの指輪に触れる。

碧の泉でのことを思い出す。


「でも、リューが、これは魔力量の多い人の宿命だって、産んでくれた身体そのままがいい、このまま普通に幸せに生きていくって言ったんです。」


「……あいつ、そんな事言ったのか…」


少し目を丸くして驚いた陛下は、ほぅと息を吐いて天井を見つめた。

それは子供の成長を感じる親の顔に見えた。


「私の患者さんにも色んな人がいました。病を消したいと望む人も、病とともに生きる人も。どちらが正解だとかは、無いと思います。だから……」


顔を上げて陛下を見る。

私がリューのお父さんにしてあげられること。


「今は患者さんの生に寄り添って、最後まで幸せに生きる手助けができたらいいなって思ってます。」


「……そうか。君にこうして診てもらえてよかったよ。」


陛下はまた顔をこちらに向けると、穏やかな顔で少し頷いた。


「私はね、生きているというより、生かされているという感覚なんだ。」


「生かされている?」


「人も、他の生き物も、死ぬ時はあっけないだろう?特にその死や、死を迎える時期に意味なんてない。前触れもなく突然死ぬときだってある。」


そう、死は時には突然訪れる。

薬師の仕事の中で、何度も目にしてきた。

若者も、子供だって、突然命が消えるときがある。


「……だからね、生かされている間に、このチャンスに、何ができるだろうと。」


スレイド陛下はニコリと笑った。


「君と精霊は、私と家族に、この国にチャンスをくれた。ありがとう。」


なんだか分からないけど、泣きたくなった。

この人はずっと、人より早めに訪れる自分の死期と、向かい合ってきたんだろう。


「こちらこそ……ありがとうございます。」


何を言ったらいいかわからなくて、やっとそれだけ返答した。

なんとなくしんみりした空気になったが、スレイド陛下はクックと笑ってその空気をあっという間に何処かへやってしまった。


「そんなことより、リューのことだけど。あいつ大丈夫かい?やたら壁高いくせに懐に入れると面倒なぐらいしつこいから。嫌になったら早めに逃げたほういいよ。」


「えぇと……大丈夫です」


「ふふ、君がいいならいいんだ。」


少し意地悪そうに笑った顔はリューにそっくりだった。


「……リューも私と同じように苦労するだろうけど、乗り越えられると信じてる。もし君の気が向いたら、リューの人生に付き合ってやってくれ。」


そう言うとスレイド陛下は、少し疲れたなぁといって目を閉じた。




「あら、寝ちゃったの?」


少しして切ったオレンジを持ってきたアリーニャ様が残念そうに枕元にやって来た。


「すみません、沢山お話ししてもらったので…」


「ふふ、いいのよ。この人、おじさんになってから話長くなったのよねぇ。煩くなかった?」


「いえ、凄くいいお話沢山聞かせてくれましたよ。生かされている間に、何ができるだろうって。」


「そう……あの人らしいわねぇ」


サイドテーブルにオレンジがのったお皿を置くと、アリーニャ様はそっと陛下の顔にかかった髪の毛を整え、枕元の椅子に座った。


「スレイドはね、私が求婚したときに、自分は早死するけどいいかって、そりゃもう捨てられた子犬みたいな顔で言ってきたのよ。」


「えっアリーニャ様が求婚したんですか?」


「そうなの。別に私からの求婚でもなんの問題もないわと気づいて、すぐにプロポーズしたわ。スレイドにしては妙にグズグズしてるなと思ってたんだけど、人よりちょっと早死に予定の自分でいいのかって、すごく悩んでたらしいわ。」


クスクス笑うアリーニャ様は、年齢を感じさせないしなやかな美しさをたたえて、横に佇む私を見上げた。


「今でも自信を持って言えるわ。少し人より短命な夫だったけど、この人とここまで歩んでこれてよかったなって。」


そして私の手を取って優しく微笑んだ。


「ルディア、悩んだらいつでもいらっしゃい。お話しましょう。」


夫婦揃って優しすぎるんじゃないかな。

私は少し潤んでしまった目をごまかすように、アリーニャさまの細くてしなやかな手を、キュッと握り返した。



それから処方薬の説明をして少し世間話をしてから部屋を出た。

窓から見える外はもう真っ暗だ。

晩ごはんはなんだろなーと廊下を曲がったら、リューが雛の間の前で佇んでいた。


「あれ、リュー?」


リューは、はっと私を振り返ったが、なんだか様子がおかしい。

気まずそうに目線が外された。


そう言えば。

マティアスさんの伝言は、兄さんを宜しく、だったか。

よし。何があったか分からないけど、逃がすべからず。

ぱっとリューの手を掴んで雛の間の中に引きずり込む。


「さてさて、溜め込んだもの吐き出してもらおうか」


「……尋問?」


「ルディアちゃんの尋問を受けられるなんて最高でしょ?ちょっとまってね、明かりつけるから。」


そう言って手を離そうとしたら、そのままグッと引き止められた。


「……リュー?」


すっかり暗い部屋の中、月明かりがぼんやり部屋を照らす。

リューの表情はよく見えなかった。


「どうしたの……?」


「…………」


リューは答えず、そのまま無言で私の肩に頭を乗せた。

握った手が冷たい。

なんだろう。

珍しいリューの態度に首を傾げる。

そんなにショックなことがあったんだろうか。


私は繋いでない方の手を、リューの背中に回して抱き寄せた。

優しくトントンと背中を叩く。


「大丈夫、言ってごらんよ」


サラサラした髪に自分の頬を寄せる。

リューはまだ無言のままだ。


「それとも、ただこうしてたいとか?」


「…………魔力が」


「ん?魔力?」


冷たい手が、少し震えながらぎゅっと私の手を握った。


「……俺の魔力が……父上より、多かった。」


「……え?」


すぐに言葉が頭に入らなくて混乱する。

魔力が、父上……スレイド陛下より多かった?

それって、つまり。


魔力反発疾患が父王よりも強く、早く出る可能性が高いということだ。


「………どのくらい?」


「……1.2倍ぐらい多いって。」


正確なデータはない。

でも。

スレイド陛下は今55歳ぐらいだったはず。


リューは無事に、40代を過ごせるだろうか。


リューは手を離して、混乱する私を抱き寄せた。


「…………ごめん」


「………え?」


私はもぞりと動いて、リューの顔を覗き込んだ。


「なんで謝るの?」


「……俺は父上みたいに早死しないって嘘ついた」


「嘘って。リューだって知らなかったんでしょ?」


「………ルディは知ってたら、こんな短命な男を恋人にしなかっただろ?」


「へ?」


暗闇に目が慣れてきて、リューの顔がぼんやりと見えるようになってきた。


リューは捨てられた子犬のような顔をしていた。


「……ふふっ」


「…………?」


さっきアリーニャ様から似たような話を聞いた気がする。

なんだ、そうか。

そんなことで怖がってたのか。


私はいつもリューが私にするみたいに、リューのほっぺたに手を添えた。


「私はリューが長生きするからリューを選んだんじゃないんだけど?」


「……でも、早死するよ」


「わからないじゃない」


私はニヤッと笑ってみせた。


「可能性は高いわ。でも、あくまで可能性でしょ?」


そう、可能性は高いけど、100%じゃない。


「今のところ私は長生き予定だけど、もしかしたら明日いきなり事故とか急病とかで死ぬかもしれないし。」


「……可能性は低いだろ」


「そうね、でも、0じゃないわ。現にそうやって突然亡くなる人も多いじゃない。」


リューの藍色の瞳を覗き込む。

負けたらだめだ。

私が今すべきことは、ショックを受けてメソメソ泣くことじゃない。

ぐっとお腹に力を入れて思考を巡らせる。


「……昔はね、魔力反発疾患の治療法なんて何もなかったの。ただ発症を待って、発症したらそのまま死ぬのをただ受け入れて待つ、それしか無かったのよ。でも今は、少しだけど進行を遅らせる治療薬もあるわ。……おばあちゃんが発明したのもあるんだよ。自分の身体を使って見つけた、進行を遅らせる薬。」


精霊術の治療よりは効果は薄かった。それでも、世界に散らばる同じ病を持つ人にとっては、小さな希望になったのではないか。


「リューの身体と頭と権力と私の知恵があれば、もっと色んなことできると思わない?」


少し、リューの瞳に光が戻ってきただろうか。

死ぬのは怖い。

目の前に来て実感してはじめて、その命の尊さに怖くなる。

でも、リューなら大丈夫だ。

きっと自分の生を、最後まで輝かせることができる。


「貴方はこの国の第二王子でしょう?大きな魔力と、知恵と、あなたの権力で果たすべき使命は沢山あるわ。一緒に戦いましょ?私は共に並んで歩ける人なんでしょ?」


いつか訪れる死期がどんなに残酷で理不尽だったとしても。

私達が生きる今この時に意味を見出すのは、私達の自由だ。


リューは、自分の生にどんな意味を与えるんだろう。


「……私は、どんなに短くても、リューがリューらしく生きる姿がみたいな。でも、それは私の希望。リューはどうしたい?」


乗り越えるのはリューだ。

私にできるのは、ここまでだ。

私の言葉が正解なのか分からない。

でも、少しでも乗り越える力になりたい。


祈りを込めて、暗がり中、月明かりでほんのり光るリューの瞳を見つめる。


「……ほんと、ルディはさ。」


「うん?」


リューはふふっと笑って呟いた。


「ルディには敵わないよ。」


「……んん?どういうこと?」


「なんでもない」


解決したのだろうか。

首を傾げる。


「えぇと……元気出た?」


「うん」


そう一言呟いて、リューは優しく触れるだけのキスをした。


「ルディこそ、いつの間にそんなに強くなったの。ちょっと前まで死んだら嫌だ〜って泣いてなかった?」


「そう言われてみれば……?」


私はいつの間にこんなに強くなったのか。

これまでのことを振り返る。

そうか。


「リューが色んなもの私に見せてくれたからじゃない?」


「色んなもの?」


「リューに会ってから、色んな人に会ったし、色んなこと学んだし、色んなこと悩んで考えたから。」


「……そっか」


「リューは遊び人なんだろうかとか」


「もうその話やめて……」


目を見合わせて二人でクスクス笑う。


「何だかんだ、色んなこと乗り越えてきたね」


「そうだよ。自信持って。この可愛いルディアちゃんまでゲットできたんだから。」


「間違いない」


リューはまた私のほっぺに手を載せた。


「俺のルディは、強くて茶色くてふわふわで面白くて、優しくて知的で面白い、鶏肉が大好きな可愛いルディだ。」


「待って面白いって2回言ったよね!?」


「気のせいじゃない?」


リューがちょっと意地悪そうな顔で笑った。


「ふふ、良かった。戻ってきた。」


「何が?」


「いつもどおりのちょっと意地悪なリュー」


嬉しくなってふふっと笑った。

その私の様子をじっと見ていたリューの目が、なんとなく、暗がりで怪しく光った気がした。


「………もしかしてさ」


「……あの?リューさん…?」


怪しい様子におもわず後ずさる。

が、やっぱりじりっと距離を詰められる。


「……ルディって、俺に意地悪されるの好きなの?」


「は!?!」


一体何を言ってるのか。

あわあわしながら手をブンブン振って否定する。


「そ、そんなわけ無いじゃん!!」


「そう?」


怪しげに笑って、リューはがしりと私を捕まえた。


「ちょっと確認してみようかな」


「え!?!いや、ちょっと!待って!!」


「待たない」


一体どうしてこんな事になってしまったんだろう。

いつもの調子に戻ったリューに捉えられてジタバタする。


でも、ずっとこんな日々が続けばいいのになって、私を捉えるリューの温もりを感じながら、心のなかでそっと、祈りを捧げた。


読んで頂いてありがとうございます。


いいねいつもありがとうございます!!

とても嬉しいです!


ルディ強くなりました……!

「面白い!」と思ってくれた方、

「リューに意地悪されてみたい……」とこっそり思ってる方も、

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