第十九章 差し出された手
第十九章 差し出された手
三浦の事務所を訪ねてきたのは、二人の刑事だった。
「突然すみません。岡崎と申します。こちらは野上です」
岡崎が警察手帳を示した。
三浦は少し驚いた顔をしたが、すぐに二人を応接用の椅子へ案内した。
「あ、あの……どういったご用件でしょうか」
「少し、お伺いしたいことがありましてね」
岡崎は穏やかに切り出した。
「先日、柏木さんご夫妻が結婚指輪を購入されたお店へ行かれましたね」
三浦の表情がわずかに強張った。
「……はい」
「実は、我々もそのお店に伺ったんですよ」
「そう、ですか」
「ずいぶん熱心に、指輪の刻印を調べていらしたそうですね」
三浦は膝の上で両手を組んだ。
「……それが、何か」
「なぜ、あの指輪について調べていたのか、お聞きしたいんです」
「申し訳ありませんが……」
三浦は一度、言葉を切った。
「依頼人に関わることですので、守秘義務があります。調査の目的については、お話しできません」
「なるほど」
岡崎は頷いた。
野上が手帳に何かを書き留める。
「もちろん、弁護士さんのお立場は理解していますよ」
「……ありがとうございます」
「ただ、気になるんです」
岡崎は三浦を見た。
「八年前に殺害された柏木美沙さんの結婚指輪は、まだ見つかっていません。それを、息子さんの殺人未遂事件を担当している弁護人が調べている」
三浦は黙っていた。
「何か、理由があるんでしょうね」
「……お答えできません」
「そうですか」
岡崎は少し考えるように視線を落とした。
そして、何でもないことのように尋ねた。
「小宮奈緒が、持ってるんじゃないですか?」
三浦の動きが止まった。
ほんの一瞬。
予想していなかった質問に、言葉が出てこなかった。
岡崎は、その沈黙を見逃さなかった。
三浦はすぐに顔を上げた。
「……これは、取り調べではなく、ただの捜査の一環ですよね?」
「ええ。お話を伺いに来ただけですよ」
「でしたら、僕には何もお話しすることはありません」
先ほどまでとは違い、はっきりとした声だった。
「これ以上の質問には、お答えできません。お引き取りいただけますか」
岡崎は三浦をしばらく見つめた。
「分かりました」
あっさりと立ち上がる。
野上も手帳を閉じた。
「お忙しいところ、ありがとうございました」
三浦は二人を出口まで見送った。
岡崎は、何も聞き出せなかったことを残念がる様子もなかった。
小宮の自宅から押収された品々の中に、該当する指輪はなかった。
だが、それは小宮が指輪を持っていないことを意味しない。
三浦が、わざわざ美沙の結婚指輪を調べた理由。
そして、先ほどの一瞬の沈黙。
岡崎の中では、すでに答えが出ていた。
小宮奈緒は、あの指輪を持っている。
あとは、それを裏づけるだけだった。
岡崎が扉に手をかけた。
そのとき、ふと思い出したように振り返った。
「三浦さん」
「……はい」
「商売柄、いろんな人間を見てきたんですけどね」
三浦は黙って岡崎を見た。
「いまだに分かりません。どんなにこちらが手を伸ばしても、その手を掴もうとしない」
岡崎は静かに続けた。
「人は、人を救えるのでしょうか」
そう言い残して、岡崎は事務所を出ていった。




