第十七章 消された名前
第十七章 消された名前
その店は、駅前の賑やかな通りから少し離れた場所にあった。
古い建物の一階。磨き込まれた木枠のショーウィンドウには、指輪やネックレスが控えめに並んでいる。
ガラス戸を開けると、小さな鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から、白髪交じりの男性が顔を出した。
「あの……少し、お伺いしたいことがありまして」
三浦は名刺を差し出した。
「弁護士の三浦と申します。以前、こちらで購入された結婚指輪について、お尋ねしたいんです」
「どちらのお客様ですか?」
「柏木佑助さんと、奥様の美沙さんです」
男性は少し考え込んだ。
「ずいぶん前のお客様ですね」
「はい。注文の記録などは残っているでしょうか」
「古いものも保管していますよ。ただ、ご本人の了承がないとお見せできませんが」
「もちろんです。確認をお願いできますか」
男性は頷いた。
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柏木に連絡すると、しばらく沈黙があった。
『……妻の指輪を、そこまで調べる必要があるんですか』
「申し訳ありません。詳しいことは、お話しできないんです」
『そうですか』
三浦は返事を待った。
『分かりました。店には私から連絡しておきます』
「ありがとうございます」
『ただ、三浦さん』
「はい」
『私は、妻と息子の事件を、きちんと調べていただきたいだけなんです』
「……はい」
『そのために必要なことなら、協力します』
三浦は深く頭を下げた。
\*\*\*
翌日、店を訪ねると、男性は古いファイルを用意して待っていた。
「柏木さんから連絡がありましたよ」
「ありがとうございます」
「こちらが、ご注文いただいたときの記録です」
少し黄ばんだ注文票には、二人の名前が記されていた。
柏木佑助。
柏木美沙。
材質、サイズ、デザイン。
そして、指輪の内側に刻む文字。
三浦はその部分に目を留めた。
YからMへ。
その後ろに、結婚記念日。
「……完成したときの写真は、ありますか」
「ええ。こちらです」
男性は別のファイルから、写真を二枚取り出した。
一枚には、並べられた二つの金色の指輪。
もう一枚には、内側の刻印が写っていた。
三浦は息を止めた。
細身の形状。
縁の丸み。
刻印の位置。
小宮が首から下げていた指輪と、同じだった。
あの指輪には、Yの文字だけが残されていた。
その先には、何かを削り取ったような深い傷があった。
今、目の前にある写真には、その場所にMの文字が刻まれている。
「……どうかなさいましたか」
男性に声をかけられ、三浦は顔を上げた。
「いえ……」
もう一度、写真を見た。
小宮が誰にも触れさせようとしなかった指輪。
三か月ぶりに目にして、嬉しそうに微笑んだ指輪。
あれは、柏木が小宮に贈ったものではない。
柏木が、美沙に贈った結婚指輪だった。
現物を照合したわけではない。
だが、三浦には、もう疑いようがなかった。
「……ありがとうございました」
三浦は深く頭を下げた。
\*\*\*
事務所に戻った三浦は、椅子に腰を下ろした。
鞄を机の上に置く。
それだけで、ひどく疲れた気がした。
小宮の証言を裏づけるものが、何か一つでも欲しかった。
あの指輪が、最後の希望だった。
けれど。
その小さな光も、消えてしまった。
三浦は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
しばらく、何も考えられなかった。
それでも、小宮の弁護は続く。
どうすれば、彼女を救えるのだろう。
何をすれば、彼女のためになるのだろう。
考えても、答えは出なかった。
三浦は机の上の鞄に目を向けた。
中には、これまでの調査を記した手帳が入っている。
取り出す気力もなかった。
ただ、椅子に深く沈み込んだまま、長い息を吐いた。




