第十五章 小さな光
第十五章 小さな光
三浦は、机の上に並べた写真をもう一度見比べていた。
一枚は、学校の体育祭で撮影された写真。
もう一枚は、柏木への聞き取りの際に撮影した写真だった。
体育祭の写真には、両手にポンポンを持って笑う小宮が写っている。
両腕を高く上げた拍子に、服の中からネックレスが飛び出していた。
細いチェーンの先には、小さな金色の指輪が通されている。
柏木の左手薬指にはまっていた結婚指輪と、よく似ていた。
これまで調べた学校の写真にも、小宮の首元から細いチェーンが覗いているものはあった。
しかし、指輪まで写っていたのは、この一枚だけだった。
もちろん、似ているだけかもしれない。
ありふれた形の指輪だった。
だが、三浦にはどうしても気になっていた。
小宮は、柏木との間に深い関係があったと主張している。
しかし、学校での二人の様子を調べても、親密な関係を裏づけるものは見つからなかった。
柏木自身も、それを否定している。
小宮の言葉だけが、ほかのすべてから浮いていた。
もし、あの指輪が二人の関係を示すものなら。
三浦は写真を机に置いた。
確かめなければならない。
*
「ネックレス、ですか?」
接見室の向こうで、小宮が眉をひそめた。
「はい。以前、学校で撮影された写真を拝見したのですが……」
三浦は膝の上の手帳に視線を落とした。
「指輪を通したネックレスを、身につけていらっしゃいましたよね」
「それが何か?」
「柏木さんが身につけている指輪と、よく似ているように見えたものですから」
小宮の表情が止まった。
三浦は慎重に言葉を続けた。
「お二人の、ペアリングでしょうか」
「……」
「小宮さんが柏木さんに贈られたのか、それとも柏木さんから贈られたのか。あるいは、ご自分で購入されたものなのか……」
小宮は答えなかった。
あの指輪。
自分が身につけるべき指輪。
柏木の隣に立つ女に、ふさわしい指輪。
美沙が持っていたこと自体が、間違いだったのだ。
自分で買ったわけではない。
けれど、柏木から贈られたわけでもない。
小宮は唇を結んだ。
「……ネックレスなんて、関係ないでしょう?」
三浦はすぐには答えなかった。
「関係があるかもしれません」
「どうして?」
「もし柏木さんとお揃いの指輪でしたら、お二人の関係を示す資料になる可能性があります」
小宮は目を細めた。
「……私の話を、疑っているんですか」
「い、いえ。そういうことでは……」
三浦は一度言葉を詰まらせた。
小宮の視線が冷たくなる。
三浦は息を整えた。
「私は、あなたのお話を裏づけるものを探しています」
「だったら、私の話を信じればいいじゃないですか」
「……」
「弁護士なんでしょう?」
三浦は膝の上で指を組み直した。
「はい。私は、あなたの弁護人です」
それから、小さく頭を下げた。
「ですが、お話しになりたくないのであれば、今日はこれ以上お聞きしません」
小宮は何も言わなかった。
三浦も、質問を重ねなかった。
*
事務所に戻った三浦は、机の前に座ったまま、しばらく動かなかった。
小宮は、指輪について何も答えなかった。
柏木から贈られたとも、自分で買ったとも言わなかった。
ただ、関係ないと言った。
三浦は手帳を開いた。
小宮が逮捕されたのは、三か月前。
そのときも、あのネックレスを身につけていたのだろうか。
学校の写真では、首元から覗くチェーンを何度か確認できた。
だが、指輪が写っていたのは体育祭の一枚だけだ。
あの日以外も、同じ指輪を通していたのか。
もし逮捕された日にも着けていたのなら、今はどこにあるのだろう。
拘置所では、ネックレスを自由に身につけることはできない。
捜査機関が押収したのでなければ、施設に保管されている可能性がある。
三浦は手帳に書き込んだ。
『ネックレスの所在』
その下に、もう一行。
『本人の意向を確認』
ペンを置いた。
指輪を見たい。
できることなら、実物を確かめたい。
けれど、それは小宮の持ち物だった。
弁護人だからといって、勝手に調べてよいものではない。
三浦は体育祭の写真を見つめた。
小宮は笑っていた。
両腕を高く上げ、胸元から飛び出した指輪が、光を受けて小さく輝いている。
あの指輪が、柏木との関係を示すものであってほしい。
その思いは、昨日よりも強くなっていた。
*
翌日。
三浦は再び小宮と向かい合っていた。
「昨日は、少し立ち入ったことをお聞きしました」
小宮は黙っていた。
「ネックレスのことです」
「……また、その話ですか」
「申し訳ありません。ただ、昨日のお話で、とても大切なものなのだと思いまして」
小宮の視線がわずかに動いた。
「……大切ですよ」
「そうですか」
三浦は頷いた。
「いつも身につけていらっしゃったんですよね」
「ええ」
「今は、身につけられないのでしょうね」
「当たり前でしょう。ここの決まりなんだから」
「そうですね」
三浦は少し間を置いた。
「大切なものでしたら、きちんと保管されているか、気になるのではありませんか」
小宮は三浦を見た。
「……何が言いたいんですか」
「いえ。その……」
三浦は言葉を探した。
「長く身につけていたものを、急に手元から離されるのは、不安なことだと思いまして」
小宮は視線を落とした。
あの指輪に触れなくなって、三か月が過ぎていた。
指先でチェーンをたぐり、胸元の指輪を確かめる。
それは、いつの間にか癖になっていた。
今でも時折、無意識に胸元へ手を伸ばしてしまう。
そこには何もない。
「……仕方ないじゃないですか」
小宮が呟いた。
「はい」
「ここにいる間は、着けられないんだから」
「そうですね。ただ……」
三浦は顔を上げた。
「身につけることはできなくても、保管されているものの状態を確認する方法があるかもしれません」
小宮が顔を上げた。
「状態?」
「はい。実際に見せてもらえるかどうかは、施設の判断になりますが……希望を伝えることはできると思います」
「……見られるんですか?」
「まだ、分かりません」
三浦は正直に答えた。
「ですが、確認してみますか」
小宮は黙った。
三浦は待った。
やがて、小宮が小さく口を開いた。
「……聞いてみてください」
「わかりました」
三浦はそれだけ答え、手帳を閉じた。
あの指輪が、柏木から贈られたものであってほしい。
あるいは、小宮が柏木に贈った指輪と対になっていてほしい。
何でもいい。
小宮の言葉を裏づけるものが、一つでもあってほしかった。
柏木は小宮との関係を否定している。
学校での写真にも、二人の親密さを示すものは見つからなかった。
小宮が佑を襲った理由についても、彼女の説明と、三浦が調べた事実との間には大きな隔たりがあった。
殺すつもりはなかった。
ただ、自分の気持ちを分かってほしかっただけ。
小宮はそう主張している。
その言葉を裏づけるものがあれば、弁護の方針を組み立てられるかもしれない。
けれど、今の三浦には何もなかった。
自分が法廷でうまく立ち回れる人間ではないことを、三浦はよく知っている。
想定外の質問をされれば、言葉に詰まる。
相手の主張に即座に反論することも苦手だった。
だからこそ、準備するしかない。
一つずつ、確かめるしかない。
三浦は小宮を見た。
「施設の方に、確認してみます」
小宮は小さく頷いた。
その表情から、何を考えているのかは読み取れなかった。
三浦は立ち上がった。
指輪が何を示すのかは、まだ分からない。
それでも、確かめる方法があるのなら。
今は、その小さな可能性を追うしかなかった。




