第十三章 写真の中の秘密
第十三章 写真の中の秘密
三浦が再び柏木の勤務する高校を訪れたのは、小宮との接見から二日後のことだった。
応接室には、以前も対応してくれた教員が待っていた。
「またアルバムですか」
「は、はい。何度も申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。ただ、前回もかなり熱心に調べていらっしゃいましたよね」
「今回は、少し確認したいことがありまして」
三浦は鞄から手帳を取り出した。
「小宮さんが写っている写真を、もう一度見せていただきたいんです」
「分かりました。では、赴任した年からのものを用意しますね」
教員は棚からアルバムを取り出し、机に並べた。
小宮がこの学校へ赴任したのは、柏木美沙が失踪したあとのことだった。
それ以前、小宮は佑の通っていた塾で講師をしていた。
三浦はこれまでの調査で、その経歴を確認している。
塾を辞め、高校の教員になった。
そして、柏木と同じ職場で働き始めた。
小宮はそれを、運命だったと語っていた。
三浦は最初のアルバムを開いた。
*
赴任した年の入学式。
教職員の集合写真の中に、小宮がいた。
まだ若い。
少し緊張したような笑顔で、ほかの教員たちと並んでいる。
三浦はその写真を見つめた。
小宮の右手が、胸元に添えられていた。
「……これだ」
接見室で見た仕草と同じだった。
三浦は写真の中から柏木を探した。
いた。
小宮から数人離れた場所に立っている。
次のページ。
文化祭の写真。
小宮は生徒たちと一緒に笑っていた。
左手が胸元に触れている。
その奥には、柏木の姿。
さらに次の年。
卒業式の集合写真。
小宮は胸元を押さえ、カメラを見ていた。
柏木は画面の端に立っていた。
三浦はページをめくり続けた。
写真を見るたび、頭の中に残っていた光景が重なっていく。
小宮が胸元に手を添えている写真。
そこには必ず柏木がいた。
隣にいるわけではない。
二人きりでもない。
生徒たちを挟んで遠く離れていることもあれば、画面の端と端に立っていることもあった。
それでも、同じ写真の中にいた。
逆に、柏木の写っていない写真では、小宮は胸元に手を添えていなかった。
少なくとも、三浦が確認した範囲では。
三浦は手帳に書き込んだ。
――胸元に触れる仕草。柏木が写っている写真に集中。
なぜだろう。
柏木が近くにいると、無意識に胸元を押さえる。
緊張だろうか。
それとも、何か別の理由があるのだろうか。
三浦は接見室での小宮の言葉を思い出した。
『物とか、そういうのを贈る人じゃないんです!』
そう言ったとき、小宮は胸元を握りしめていた。
まるで、そこにある何かを守るように。
三浦は次のアルバムを開いた。
*
昼を過ぎた頃だった。
三浦は体育祭の写真が並ぶページで手を止めた。
生徒たちが応援合戦をしている。
赤組と白組に分かれ、色とりどりのポンポンを振っていた。
その中に、小宮がいた。
生徒たちに混じり、両手を高く掲げている。
いつものように胸元を押さえてはいない。
両手にはポンポンが握られていた。
腕を上げた拍子に、ジャージの襟元が少し開いている。
三浦は写真へ顔を近づけた。
「……ん?」
襟元から細い鎖がのぞいていた。
その先に、小さな金属の輪が下がっている。
三浦は目を凝らした。
「指輪……?」
写真の解像度は高くない。
細かな模様や刻印までは分からなかった。
ただ、金色に見える輪には大きな石などの装飾はなく、ひどくシンプルなものに見えた。
三浦は写真を見つめたまま、動かなくなった。
どこかで見たことがある。
この色。
この形。
飾り気のない、細い輪。
不意に、ある光景が頭に浮かんだ。
柏木と面会したときのことだった。
穏やかな口調で話す柏木。
机の上に置かれた手。
その左手の薬指に、指輪があった。
金色の、石のない、シンプルな指輪。
「……似ている」
三浦は呟いた。
写真の中の指輪と、柏木が身につけていた指輪。
同じものだと断定できるほど、写真は鮮明ではない。
だが、よく似ていた。
もし、これが同じデザインの指輪だったとしたら。
ペアリング。
その言葉が浮かんだ。
柏木が小宮に贈ったものなのか。
それとも、小宮が柏木に贈ったものなのか。
いずれにせよ、二人が同じ指輪を持っていたとすれば、小宮の主張を裏づける証拠になるかもしれない。
三浦は胸が高鳴るのを感じた。
これまで小宮が語ってきたのは、柏木の言葉や態度についての話ばかりだった。
だが、指輪は違う。
実物を確認できれば、客観的な証拠になり得る。
しかし、すぐに疑問が生じた。
なぜ小宮は、指輪のことを話さなかったのか。
贈り物はないと、あれほど強く言い切ったのはなぜなのか。
三浦は写真を見つめた。
もし二人の関係を隠す必要があったのなら、小宮が指輪をネックレスにしていた理由は説明できる。
指にはめていれば、周囲に気づかれてしまう。
だから、服の下に隠していた。
そう考えれば、胸元に手を添える仕草にも意味が生まれる。
柏木が近くにいるとき、指輪に触れる。
二人だけの秘密を確かめるように。
「……いや、待てよ」
三浦は眉を寄せた。
それならば、柏木はどうなのだ。
柏木は左手の薬指に、堂々と指輪をはめていた。
隠そうとする様子など、まったくなかった。
小宮は関係を知られないように指輪を隠し、柏木は人目につく場所に身につけている。
なぜ、そんな違いがあるのだろう。
そもそも、柏木は妻の失踪後も指輪を外していないのではないか。
あの指輪が美沙との結婚指輪だったとしたら。
では、小宮の指輪は何なのか。
同じように見えるだけの、まったく別の指輪なのか。
それとも。
三浦は考えを止めた。
いくつもの可能性が浮かんでは、互いに矛盾して消えていく。
ようやく手がかりを見つけたと思ったのに、かえって分からないことが増えてしまった。
*
「何か見つかりましたか」
声をかけられ、三浦は顔を上げた。
先ほどの教員が、応接室の入り口に立っていた。
「あ、はい。少し気になるものがありまして」
「何でしょう」
三浦は体育祭の写真を指した。
「この、小宮さんの胸元なんですが」
教員が写真をのぞき込む。
「ネックレスですか?」
「指輪のように見えるんです」
「ああ、本当ですね」
「小宮さんは、普段からこういうものを身につけていましたか」
「どうでしょう。服の中に入れていたなら、分かりませんね」
「そう、ですよね」
教員は少し考えた。
「ただ、そういえば小宮先生、胸元に手をやることはよくありましたよ」
三浦は顔を上げた。
「よく、ですか」
「ええ。話しているときなんかに、こう……」
教員は自分の胸元へ手を添えた。
「癖なんだろうと思っていましたけど」
「柏木さんと話しているときにも?」
「さあ、そこまでは覚えていませんね」
「……そうですか」
三浦はうなずいた。
「この写真を、記録用に撮影させていただくことは可能でしょうか」
「確認してきますので、少しお待ちください」
教員が部屋を出ていった。
三浦はもう一度、写真を見た。
小宮の笑顔。
高く掲げられた両腕。
その胸元に下がる、小さな指輪。
そして、写真の後方に写る柏木。
何気ない学校行事の一場面。
それが、今まで見つからなかった何かにつながるような気がした。
やがて教員が戻り、写真の記録について了承が得られたことを告げた。
三浦は必要な写真を撮影し、アルバムを丁寧に閉じた。
「ありがとうございました」
「いえ。お役に立てたなら」
三浦は深く頭を下げた。
*
帰りの電車の中で、三浦は撮影した写真を見返していた。
画面を拡大する。
小宮の胸元。
細い鎖。
その先に下がる指輪。
そして、記憶の中の柏木の左手。
何度比べても、よく似ているように思えた。
だが、同じ指輪なのかどうかは分からない。
もしペアリングなら、二人の関係を裏づけるものになる。
しかし、それならなぜ、小宮だけが隠していたのか。
柏木が身につけているのは、妻との結婚指輪ではないのか。
そうだとすれば、小宮の指輪は何なのか。
三浦は小さく息を吐いた。
考えれば考えるほど、答えが遠ざかっていく。
小宮に尋ねるべきだろうか。
それとも、先に柏木へ確認するべきだろうか。
どちらにしても、写真だけで判断することはできなかった。
三浦は鞄から手帳を取り出した。
新しいページを開き、短く書き込んだ。
――小宮奈緒。首から下げた指輪。
――柏木の左手薬指の指輪と類似。
その下に、もう一行。
――二つの指輪の関係は?
三浦はペンを止めた。
見つけたはずの手がかりが、新しい疑問を連れてきた。
答えに近づいているのか。
それとも、まったく違う方向へ進んでいるのか。
今の三浦には、まだ分からなかった。




