本当の気持ち
村長宅を後にした水谷一太は、重いため息を吐きながら夜道を歩いていた。
「……成果ゼロ。」
夫婦喧嘩の原因は結局わからず、話もほとんど聞けないまま追い返された。
空を見上げると、すでに日は沈み、村は夜の帳に包まれていた。
「さすがに今から帰るのは無理か。」
「今日はこの村で泊まろう。」
そう決めて、一太は酒場へ戻ることにした。
◆
「泊まりたい?」
酒場の店主は、一太の顔を見るなり眉をひそめた。
「ええ。一泊お願いできますか?」
「まあ、二階が宿になってるから部屋は空いてるが……。」
店主は腕を組み、一太をじっと見つめる。
「その前に言うことがあるよな?」
「……?」
「お前だ。」
店主の額に青筋が浮かぶ。
「うちのドアぁぁぁぁぁっ!!」
「すみませんでしたぁぁぁ!!」
酒場中に一太の土下座が響き渡った。
「あれ新品だったんだぞ!」
「いや、俺も止めようとしたんですよ! でも体が勝手に!」
「意味がわからん!」
「俺もわかりません!」
結局、事情を説明しても誰一人理解してくれず、一太は延々と説教を受けることになった。
「まったく……。」
店主は深いため息を吐く。
「宿代は銀貨一枚。それとドア代は出世払いでいい。」
「出世する予定ないんですが。」
「じゃあ一生借金だな。」
「そんなぁ……。」
肩を落としながら、一太は二階の一室へ案内された。
◆
「はぁ……。」
質素な部屋だった。
木製のベッドと机、小さな窓が一つ。
だが今の一太には十分だった。
「今日は疲れた……。」
ベッドへ倒れ込む。
柔らかい。
「最高だ……。」
そのまま眠りへ落ちようとした――
コンコン。
扉が叩かれた。
「はい?」
こんな時間に誰だ。
一太は首をかしげながら扉を開ける。
そこには、小柄な少女が立っていた。
「師匠!」
「ピュティ!?」
満面の笑みを浮かべたピュティだった。
「どうしてここに?」
「追いかけてきました!」
「いや、どうやって?」
ピュティは胸を張る。
「師匠の通った道を、そのまま真っ直ぐ進んできました!」
「……。」
「途中で木が何本も折れていましたし、お店の壁には人型の跡もありました!」
「やめろぉぉぉ!!」
一太は頭を抱えた。
「俺の黒歴史を追跡するな!」
「あんな一直線の道、迷うほうが難しかったです!」
「そりゃそうだろうな!」
超高速で吹き飛ばされた結果、街道には無数の被害が残っていたらしい。
「でも遅かったな。」
「はい。」
ピュティは真面目な顔になる。
「途中で村の人たちに聞き込みをしていました。」
「聞き込み?」
「村長さん夫婦のことです。」
一太も姿勢を正す。
「何かわかったのか?」
ピュティは頷いた。
「原因が――」
その瞬間だった。
「うるせぇ!」
「女どもは黙ってろ!」
「何ですって!?」
「男のくせに!」
外から怒鳴り声が響いた。
「なんだ?」
窓の外を見ると、村の広場に大勢の村人が集まっている。
「騒ぎになってます!」
ピュティが窓へ駆け寄る。
男たちと女たちが向かい合い、今にも殴り合いになりそうな空気だった。
そして、その中心には――
「村長!」
「奥さんまで……!」
二人は互いを睨みつけ、あと一歩で掴みかかりそうになっている。
「まずい!」
ピュティは部屋を飛び出した。
「ちょ、おい!」
一太も慌てて後を追う。
◆
広場は騒然としていた。
「村長を支持するぞ!」
「奥さんが正しい!」
「男の味方だ!」
「女の味方よ!」
完全に男対女の対立へ発展している。
「もうやめてください!!」
ピュティの澄んだ声が夜空へ響いた。
その声に、村人たちの視線が一斉に集まる。
「お願いです!」
彼女は両手を広げ、村長夫妻の間へ立った。
「もう争わないでください!」
一方、一太はその後ろで頭をかきながらぼやく。
「……めんどくせぇ。」
誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
(俺、もう帰りたい……。)
しかし、超高速移動を思い出して口を閉じた。
(いや、帰れねぇんだった……。)
ピュティは顔を真っ赤にしながら、意を決したように口を開く。
「あ、あの……!」
村中が静まり返る。
ピュティは耳まで真っ赤にしながらも、意を決したように口を開いた。
「も、もしかして……夫婦喧嘩の本当の原因って……夜の夫婦生活……ですよね!」
広場が、水を打ったように静まり返る。
村長夫妻は目を見開き、村人たちも言葉を失った。
一太だけが頭を抱える。
「おいおい……真正面から行ったな……。」
しかしピュティは、逃げることなく続けた。
「だ、だって村の皆さんから聞きました!」
「結婚した頃のお二人は、とても仲が良くて……お二人とも今の半分くらいの体型だったそうです!」
「なっ……!」
「それが年月を重ねるうちに、お二人とも少しずつ、少しずつ大きくなられて……。」
「少しずつじゃないだろ……。」
一太が思わず小声でツッコむ。
ピュティは咳払いを一つすると、さらに続けた。
「そして、ある日……。」
「二人で寝ていたベッドが、壊れてしまったそうです。」
ざわっ、と村人たちがどよめく。
「今のお二人の体重に耐えられるベッドが、この村にはなくて……。」
「それ以来、お二人は別々に眠るようになった。」
「夜にゆっくり話す時間もなくなって……。」
「気持ちを伝え合う機会も減って……。」
「それが少しずつ積み重なって、今のような関係になってしまった……。」
村長と奥さんは、何も言い返せなかった。
図星だったからだ。
村人たちはざわめいていた。
「そうだったのか……。」
「だから最近は別々に寝ていたのか。」
「なるほど、それで夫婦仲まで……。」
誰もがピュティの話に聞き入る中、一人だけ顔色を変えている男がいた。
一太である。
「……いや。」
額を一筋の汗が伝う。
「待て。」
嫌な予感がした。
ものすごく、嫌な予感がした。
(この流れ……。)
《救済対象の深層問題を確認しました。》
《救済方法を確定しました。》
「来たぁぁぁぁっ!!」
一太が絶叫した瞬間、冷たい機械音声が脳内へ響き渡る。
《【偽善】発動。》
《【偽善】・強制聖人モードを起動します。》




