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108の神スキルと2つの制約〜煩悩まれみのクズが聖人と呼ばれるまで〜  作者: よちゃ


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仲裁ミッション

「村長さんのお宅は、どちらですか?」


酒場の喧騒がようやく収まり、聖人のような穏やかな微笑みを浮かべた水谷一太は、近くにいた村人へ静かに尋ねた。


「え、ええと……広場を真っすぐ行って、大きな樫の木を右です。屋根に風車が付いている家ですよ」


「ありがとうございます。助かりました」


一太は柔らかく一礼する。


(よし、場所は聞いた。あとは帰るだけだ。)


――そう思ったのも束の間。


《目的地を確認しました》


(げっ。)


《直ちに向かいます》


「ちょっ――」


バァァァン!!


酒場の入口が爆発したような轟音を立てて吹き飛んだ。


「うおおおおっ!?」



「ドアぁぁぁっ!!」


一太の肉体は【偽善】によって強制的に弾丸のような勢いで酒場を飛び出した。


砂煙だけを残し、姿は一瞬で消える。


「……今の、本当に人間か?」


村人たちは呆然と壊れた扉を見つめるしかなかった。


◆


「ぶべっ!」


村長宅の前へ急停止した一太は、勢い余って地面を何度も転がった。


「いってぇ……。」


ようやく立ち上がり、服についた土を払う。


《目的地へ到着しました》


「だから毎回この移動やめろって……。」


すると脳内へ、例の冷たいAI音声が響く。


《今回の救済目標を説明します》


「今さらかよ。」


《対象はタカミ村村長夫妻。》


《夫婦関係悪化の原因を究明し、問題を解決してください。》


「……へ?」


《以上です。》


「以上じゃねぇよ!」


一太は思わず空へ向かって叫んだ。


「勝手に体を操って解決してくれるんじゃないのか!?」


《今回は保有者自身が対応してください。》


「はぁ!?」


《現在、【偽善】による強制聖人モードは解除されています。》


「…………。」


数秒の沈黙。


「つまり?」


《クズ状態のまま、人助けをしてください。》


「無茶言うなぁぁぁぁっ!!」


一太は頭を抱えた。


「俺は人助けが嫌いだからクズなんだぞ!? そのクズに夫婦仲を修復させろって!?」


《健闘を祈ります。》


「祈るだけかよ!」


返事はない。


AIは完全に黙り込んでしまった。


「……帰るか。」


一太は踵を返した。


だが、一歩踏み出したところで足が止まる。


(いや待て。)


(ここで帰ったら……。)


脳裏によみがえる。


時速数百キロ。


風圧でめくれ上がる唇。


耳まで伸びる頬。


白目。


涙。


鼻水。


そして、


「おぇぇぇぇぇっ!!」


さっき吐いたばかりの記憶。


「……またあれをやらされるのか。」


ぶるり、と全身が震えた。


「あれだけは嫌だ……。」


一太は深いため息を吐き、観念したように村長宅へ向き直る。


「……しゃあねぇ。」


渋々、玄関へ歩み寄る。


「とりあえず話だけ聞いてやるか。」


拳を上げ、ノックしようとした――その瞬間。


「あなたなんか大っ嫌いです!!」


家の中から女性の怒鳴り声が響いた。


「だったら好きにしろ!!」


今度は男の怒号。


ガシャァァァン!!


皿が割れる音。


ドゴォン!!


家具が倒れる音。


「ふざけるな!」


「そっちこそ!」


「だからお前は!」


「あなたが悪いんでしょう!」


一太は目を丸くした。


「うわぁ……。」


喧嘩というより戦争だった。


「これはヤバい!」


慌ててドアノブを掴み、勢いよく扉を開ける。


「ちょっと待っ――」


ブォン!!


何かが高速で飛んできた。


「え?」


ガァァン!!


鋳鉄製のフライパンが一太の顔面へ見事に直撃した。


「ぶへっ!!」


鼻血を噴き上げながら、一太は豪快に後方へ吹き飛ぶ。


ドサッ。


「あべし……。」


白目を剥いて床へ倒れた。


その光景を見た村長夫妻は、一瞬で青ざめる。


「ひ、人が!」


「えぇぇぇぇ!?」


「フライパンが当たった!」


「あなた何やってるの!」


「お、お前が投げたんだろ!」


「い、いや今はそんなことより!」


二人は同時に一太へ駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」


「すまん! 本当にすまん!」


一太は鼻を押さえながらゆっくり起き上がる。


「いてて……。」


鼻血がぽたぽたと床へ落ちる。


「いや……。」


ティッシュ代わりに袖で鼻を押さえながら苦笑した。


「いきなり他人の家へ入った俺も悪かったですから。」


その言葉に、夫妻は顔を見合わせた。


「……なんという人格者だ。」


「普通なら怒鳴られても仕方ないのに……。」


「いや、普通に痛いですよ。」


「本当に申し訳ない。」


村長は深々と頭を下げた。


「せめて、お茶でも飲んでいってください。」


「そうですね……。」


一太も断る理由がなかった。


◆


数分後。


湯気の立つお茶を前に、一太は向かい合う夫婦を眺めていた。


よくよく見ると夫婦は2人ともとても大柄で一太の2倍はあろうかという体型をしていた。


そして先ほどまで殺し合い寸前だったとは思えないほど静かだ。


「それで……。」


一太が口を開く。


「さっきは何が原因だったんです?」


夫婦は同時に顔をしかめた。


「朝食です。」


「朝食?」


「私はパン派なんです。」


奥さんが腕を組む。


すると村長が鼻を鳴らした。


「朝は米だろ。」


「パンです。」


「米だ。」


「パン。」


二人は再び睨み合う。


一太は苦笑した。


「ちなみに俺は米派ですね。」


ピキッ。


空気が凍った。


奥さんがゆっくりと一太を睨む。


「……そうですか。」


「いや、別にパンも嫌いじゃ――」


「そうですか。」


「すみません。」


なぜか謝る一太。


村長だけが満足そうに腕を組んでいた。


「ですが……。」


一太は咳払いを一つした。


「正直、朝は米かパンかなんて、そこまで大喧嘩になる話じゃないでしょう?」


二人とも黙る。


「さっきの様子を見る限り、もっと根本的な原因があるんじゃないですか?」


静寂。


村長は目を伏せる。


奥さんも湯飲みを見つめたまま動かない。


やがて村長が重々しく口を開いた。


「……これは。」


「夫婦の問題だ。」


奥さんも小さく頷く。


「他人が踏み込むことではありません。」


「いやでも――」


「申し訳ありません。」


村長は立ち上がった。


「今日はもう、お引き取りください。」


「えぇ……。」


一太は思わず天井を見上げた。


「最後にひとつだけ。」


「村のリーダーたるあなた方の喧嘩で村全体に良くない影響が出ています。その事を2人でよく考えてください。」


(成果ゼロ。)


(これ絶対また面倒になるやつじゃねぇか……。)


重い足取りで玄関へ向かう一太の背後では、再び張り詰めた沈黙が流れていた。彼はまだ知らない。


この夫婦喧嘩の原因が、「朝食」などでは到底済まされない、長年積み重なった深いわだかまりにあることを。

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