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108の神スキルと2つの制約〜煩悩まれみのクズが聖人と呼ばれるまで〜  作者: よちゃ


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神の宝物庫


「ひぃぃぃぃっ、はやっ、待て、待てっておい――!!」


森の中にこだまする、一太の悲鳴とも絶叫ともつかない断末魔。


次の瞬間、一太の肉体は時速数百キロメートルという常軌を逸した超スピードで大森林を突き進んでいた。


《――残り距離、2キロメートル……1キロメートル……》


あまりの加速と風圧で、一太の顔面は物理法則に従って完全に崩壊していた。


頬は耳まで引っ張られ、鼻の穴は全開。唇はめくれ上がって歯茎が丸見え。涙も唾液も一直線に後方へ吹き飛んでいく。


(速ぇ! 顔が置いてかれてる!!)


AIボイスだけは相変わらず冷静だった。


《――目標地点に接近。ゼロ……到着します》


ゴゴゴゴゴッ!!


爆風と土煙を巻き上げ、一太の体が急停止。


地面を何本も削りながらドリフトし、寸分違わず停止した。


「ぶぇっ……! ぷはっ、ごほっ、ごほっ……!」


四つん這いになった一太は激しく咳き込み、歪みきった顔がゴムのように元へ戻っていく。


「し、死ぬかと思った……!」


涙目のまま立ち上がると、目の前には巨大な集落があった。


美しい森。


だが、そこだけ空気が重い。


痩せ細った住民たち。


長い耳。


誰がどう見てもエルフだった。


「ここが……飢餓のエルフ村……?」


《――現地到着。これより【人助けフェーズ】を開始します》


「は?」


《聖人君子としてご挨拶をどうぞ》


「誰がだよ!」


しかし体は止まらない。


勝手に一歩前へ。


爽やかな笑顔。


「おや、皆さん。そんなに悲しそうなお顔をされて、どうかなさいましたか?」


(うわぁ……絶対関わっちゃダメな村だ。)


「お腹を空かせた皆さんを見過ごすことなど、私にはできません。」


(できる。俺なら全力で見過ごす。)


「旅の途中で立ち寄っただけですが、困っている方を放っておくほど冷たい人間ではありません。」


(俺の心は永久凍土だぞ。)


「さあ、安心してください。」



「私が来た以上、もう飢えに苦しむ必要はありません。」


(期待値だけ爆上がりしてる!!)


エルフたちが顔を上げる。


絶望だった瞳に希望が宿る。


「ささやかながら、お力になりましょう。」


(俺の財布、中身ゼロなんだが!?)


聖人スマイルのまま、一太の体はさらに勝手に動く。


両腕を高く掲げる。


口が開く。


「応えよ、天啓の理――」


(嫌な予感しかしねぇ。)


「顕現せよ――『神の宝物庫』!」



バチバチッ!!


空間が裂けた。


ドゴオオオォォン!!



砂煙がゆっくりと晴れていく。


広場のど真ん中には、場違いなほど真っ白な巨大冷蔵庫が鎮座していた。


ガリガリに痩せたエルフたちは目を見開き、誰一人として動けない。正にあんぐりといった表情である。


と、同時に一太も心はあんぐり顔だ。


(あ、あれは俺の無限冷蔵庫じゃねえか‥‥)


そんな彼らへ向かって、一太の体は満面の笑みを浮かべる。


「さあ、遠慮はいりません。」


(え、ちょ、ま、ぬぇぇ!?)




「この宝物庫に眠る無限の美食と美酒を、飢えるすべての方へ――残らず分け与えましょう。」


(それ全部、俺の飯ぃぃぃ!!)


エルフたちが一斉に歓声を上げる。


「奇跡だ……!」


「神がお救いくださった!」


「食べ物だ!」


誰も彼もが冷蔵庫へ殺到した。


扉を開けば、高級肉。


新鮮な魚。


採れたての果物。


焼きたてのパン。


芳醇な香りの酒。


次から次へと溢れ出す食材へ、飢え切ったエルフたちは涙を流しながら手を伸ばす。


広場は歓喜に包まれた。


だが――


《――美食の提供を確認。続いて【自己紹介フェーズ】へ移行します》


(まだ終わらねぇのかよ!!)


「皆さん。」



冷蔵庫へ群がっていたエルフたちが、一斉に振り返る。


静まり返る広場。


一太は優雅に胸へ手を当てた。


「私の名は、水谷一太。」


エルフたちが息を呑む。


「通りすがりの――」



「――いや。」


(嫌な予感しかしない。)


「世界の愛を一身に背負う、慈愛の旅人です。」


(肩書き盛りすぎだろ!!)


「私はただ――」



「飢えた人を見れば、自らの身を削ってでも救いの手を差し伸べる。」


(削ってるの身じゃなくて冷蔵庫だからな!?)


「それが私の、ささやかな矜持です。」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


「み、水谷一太様……!」


「なんという慈悲のお方……!」


「自らを犠牲にしてまで……!」


「我らの救世主だ!」


「水谷一太様、万歳ッ!!」


「「「水谷一太様、万歳ーーーッ!!」」」


大歓声が森中へ響き渡る。


エルフたちは涙を流しながら一太へ駆け寄り、手を握り、頭を下げ、感謝を叫ぶ。


(違う違う違う!! 俺じゃない! 犯人はあのスキルだ!!)


それでも誰も離れない。


「ありがとうございます!」


「救世主様!」


「我らはあなたを忘れません!」



聖人の笑みを浮かべたまま、一太の脳だけが必死に現実逃避を始める。


(……待てよ。)


(今ならいけるんじゃないか?)


歓喜に沸くエルフたち。


その視線はすべて一太へ向いている。


つまり――


(今なら冷蔵庫を抱えて逃げられる……!)


一太の目がギラリと光る。


広場の中央に鎮座する巨大な白い冷蔵庫。


(絶対取り返す。あれだけは返してもらう!!)


その執念だけを燃やし、一太は必死に”冷蔵庫奪還作戦”を脳内で組み立て始めるのだった。



その時だった。


突如、一太の視界に青白いウィンドウが現れた。


《――固有ユニークスキル【ギフト】より通知。選択肢を提示します》


(今それどころじゃねぇ!!)


一太が眉をひそめる。


ウィンドウには無情な文字が並んでいた。


⸻


【神の宝物庫をエルフ村に譲りますか?】


イエス


はい


⸻


(ノーを消すなァァ!!)


(二択のフリした一択じゃねぇか!!)


冷や汗が頬を伝う。


(選ばねぇ……。)


(絶対に選ばねぇぞ……!)


(このまま無視して、冷蔵庫抱えて逃げる!!)


固く決意した、その瞬間。


《――無応答につき、タイムアウト処理を適用します》


(はぁ!?)


《デフォルト選択【イエス】を採用しました》


(勝手に締め切るなァァ!!)


《『神の宝物庫』の権利を、エルフ村へ正式に譲渡します》


(誰が譲るって言ったァァ!!)


眩い光が冷蔵庫を包み込む。


地面へ神聖な紋様が刻まれ、冷蔵庫の表面にも淡く光る刻印が浮かび上がる。


所有権の譲渡。


完了。


「あ……。」


一太の顔から血の気が引いていく。


「あぁ……。」


冷蔵庫を見つめたまま、膝が震えた。


「俺の高級肉が……。」


「俺の酒が……。」


「俺の引きこもりライフがぁぁぁぁ!!」


その悲痛な叫びとは対照的に。


外から見える一太は、静かに目を閉じ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


まるで――


何の未練もなく、大切な宝を未来へ託した聖人そのもの。


「おぉ……!」


「水谷様……!」


「水谷様ぁぁぁ!!」


エルフたちは感極まり、次々とその場へひざまずく。


「ありがとうございます!」


「この御恩は命ある限り忘れません!」


「あなたは我らの救世主です!」


「「「水谷一太様、万歳ーーーッ!!」」」


森を揺るがす歓声。


涙。


拍手。


熱狂。


そのすべてを浴びながら、一太の脳内だけが絶望に沈んでいた。


(違う……。)


(俺は救世主じゃない……。)


(被害者だ……。)


エルフたちの歓喜は止まらない。


冷蔵庫からは次々と食材が取り出され、村人たちの笑顔が広がっていく。


老人も。


子どもも。


母親も。


誰もが涙を流しながら食事を口に運んでいる。


その光景を見ても、一太の視線だけは冷蔵庫から離れない。


(……返して。)


(今ならまだ返せるよな?)


(返品ってできるよな?)


《――譲渡完了後の返品・返却はできません》


(業者かよ!)


エルフたちの歓声が、いつまでも森へ響き渡る。


その中心で。


聖人の笑顔を浮かべた一太だけが、心の中で静かに泣いていた。


**(……俺のニート生活、終わった。)

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