【9話目】簡単に男の子を部屋に入れたわたしが甘かったのです
「さっきはごめん、ついカッとなって」
何でも怒って階段をおりていたら、踏み外して落ちたそうだ。
「顔も痛いけど、腕も痛い…」
横で一樹も、透弥の様子に呆れているみたいで
「なにやってんだよ、落ち着いたか?」
苦笑いで言っている。
すり傷があったから、とりあえず持ってた消毒薬をシュッして、絆創膏をペタリと貼ってあげた。
それからようやく透弥は、亜梨花との関係と、自分の気持ちを一樹に話した。
「はー? おまえすっげーな、良くそんな遠くまで行けたもんだ」
一樹は、俺なんかLINEと電話でつながって喜んでたよ、なんて言ってる。
「けどさー、亜梨花はどうなんだよ。俺とのこと考えてくれるってさっき言ったわけだしさ、まだ透弥に傾いてるってわけじゃねーってことだろ?」
透弥に先を越されたと知った一樹が、諦めきれない様子で亜梨花に確認するように聞いている。
「私は――」
「もういいだろ。亜梨花が混乱する」
口を開きかけた亜梨花を遮るように透弥が一樹に言った。
「透弥は黙ってろ。俺は亜梨花に聞いてるんだ。な、亜梨花。まだ気持ちに迷いがあるんだよな?」
一樹が亜梨花の顔を覗き込むようにした瞬間。
「そんなに近づくなよ!」
透弥が一樹の腕をつかんで引き戻す。
「指図すんなよ。まだ透弥のもんじゃねーだろ」
「一樹のでもないだろ!」
「そうだけど、透弥みたいな乱暴なヤツに亜梨花は渡せない」
「俺のどこが乱暴なんだよ」
「付き合ってもないのに、亜梨花とやったんだろ。十分乱暴じゃんかよ! 一歩間違えば強姦だぞ、強姦!」
「嫌がってたらそうだけど、亜梨花はちゃんと受け入れてくれたと思って――」
そこまで言いかけて、透弥がふと言葉を途切らせた。
そして視線を亜梨花に向ける。
「もしかして、亜梨花……。嫌だったの?」
透弥の表情は固い。
嫌じゃなかった。
少なくとも、無理矢理ではなかった。
でも、その場の雰囲気に流されたとも言える。
「亜梨花、困ってるじゃんかよ。嫌だったんだよ」
そうだよな? と、一樹が亜梨花に肯定を促す。
「嫌──」
じゃなかった。と続けようとしたのに、一樹が途中で遮った。
「ほら見ろ透弥。嫌だって言ったぞ」
「ちょ……」
「そうだったのか、嫌なのに無理に俺……」
「そうだよ透弥。ひでー男。無理矢理押しかけて、無理矢理ホテル連れてって、嫌だって言えないように亜梨花のこと脅してやったんだろ! 反省しやがれ」
「反省はするけど、俺、亜梨花のこと脅してなんかないし」
「反論するのかよ。反省してねーじゃんかよ。亜梨花にキスしたとか、やったとかで自分の女にしたつもりになってんじゃねーよ。亜梨花は嫌だって言えずに我慢したんだ。亜梨花の気持ちを勝手に誤解して勝手に怒りやがって」
「わかったよ。悪かったな。でも、脅しては──」
「そうよ。脅されたんじゃないもん!」
やっと亜梨花は口を挟めた。
一樹と透弥が同時に亜梨花を見た。
「わたしは、透弥くんに脅されてやったわけじゃないよ。無理矢理でもなかったし、一樹くんが思ってるみたいな我慢とか、そういうのも違う」
そこまで言ってから、亜梨花は透弥を見た。
「透弥くんのことは、嫌いじゃないよ。でも、好きかどうかは、わからない。曖昧なの。雰囲気に流されたかもしれない」
亜梨花は正直に今の気持ちを言ったけれど、透弥も一樹も不可解な顔をしている。
「だって、透弥くんだってあのとき、好きって言ってくれなかったし、付き合ってとも言わなかったじゃない?」
亜梨花は自分の曖昧な気持ちを誤魔化すように、透弥に責任転嫁してしまった。
「でも、好きじゃなくて、わざわざ遠くまで行かない」
透弥が言うと
「やりたいためだけに、行ったとも考えられるじゃんかよ」
一樹が茶化すように話に割り込む。
透弥が睨んだ。
「一樹は関係ないから黙ってろ」
「関係ないとは何だ。俺は亜梨花が好き。ちゃんと告白したんだし、亜梨花の返事待ちなんだし、ここで引き下がるわけにはいかねーんだよ。亜梨花の彼氏になれるかどうかの瀬戸際なんだ。邪魔だって言われたって、黙っていられるかよ!」
一樹も必死らしいが、透弥も負けてなかった。
「俺だって、はっきり嫌いだって拒否されたわけじゃないんだ。絶対、引かないからね」
熱くなっている2人を見ながら、亜梨花は思った。
2人の男の子に取り合いされて、何も感じない自分が一番の問題だろう。
嬉しいと思う気持ちより、面倒だな、と思っていた。
早く2人とも、帰って欲しいと思っていた。
嫌いだとか、嫌いじゃないって気持ちはわかる。
だけど、好きだと思う気持ちだけが曖昧で分かりにくい。
こんなにふたりが、好きだと言ってくれているのに、心が揺れもしないわたしが。
あれ以来、一樹は毎日のようにやって来る。
透弥はLINEは時々くれるものの、一樹みたいに押しかけて来たことはなかった。
比べてはいけないけれど、行動力では一樹のほうが、勝っていると思う。
一生懸命さは、一樹のほうに感じる。
とはいえ、熊本まで来てくれた透弥だって、行動力がないわけじゃない。
「良くわかんない」
というのが亜梨花の本音だった。
ふたりのことは見えるのに、自分の心だけが見えなかった。
亜梨花は今日、紗夜と那絵に呼ばれてちょっと飲んできた。
一樹と透弥の2人に追いかけられていると知り、紗夜から聞きたくもないお説教をされてきた。
亜梨花の態度に問題があるとか、返事をすぐにしないで待たせて、いい気になっているとか。
そんなんじゃないのに、そうだと決め付ける紗夜は、やっぱり友達なんかじゃないと思う。
そばで困った顔をするだけの那絵にしても、友達のフリをしているだけじゃないだろうかとさえ思えた。
単なる高校からの腐れ縁みたいなものであり、暇つぶしに八つ当たりされてる気さえしていた。
被害妄想なんだろうけど……。と、亜梨花は自分の気持ちにも嫌気がさしている。
そんなムカついた気分のまま帰宅し、ドアの前にいる一樹を見たら、ますます気が重くなった。
座り込んで待っていた一樹は、亜梨花に気がつくと立ち上がって笑顔で言った。
「お疲れ様。今日は残業だったのか? 遅くまで大変だな」
「ううん。今日は紗夜たちと飲んでた」
残業のほうがずっとマシだけどね、と思ったがそこは口にしない。
「じゃあ、腹減ってねーか。コレ、明日に回すかなー」
一樹が持ち上げた袋の中身は、作ってくれる予定の食材のようだ。
いつもご飯を作ってくれるのは有り難い。でも、付き合っているわけでもないのに、食後も遅くまで部屋にいられるのは、正直すごく迷惑なのである。
どちらかと言うと、誰かと一緒にいるより、ひとりで好きなことをするほうが、亜梨花は落ち着くのだ。
時々ならいいけど、こう毎日のように続くとうんざりしてしまう。
「今日はもうご飯も食べたし……」
だから帰って、と言いかけて口をつぐんだ。
一樹にすれば、何時に帰ってくるかわからない亜梨花を、ずっと待っていたのだ。
来るなら連絡してくれたらいいのに、いつも勝手に突然来てるんだけどね。
でもあまりはっきり迷惑だとも、言いにくい雰囲気で……。
「じゃあさ、ちょっとコーヒーでも入れてやるよ」
飲んだら帰るからさ。と一樹に強引に決定され、亜梨花もうなずいてしまう。
我ながら、本当に優柔不断だと思う。
嫌なら嫌だっていえばいいのに、言えないで後悔する。
そして、その不満はいつも一気に爆発して、もっと相手を傷つけることもある。
わかっているのに、繰り返してしまう嫌な性格だ。
部屋に入るとすぐ、一樹はすでに慣れた様子でキッチンへ向かう。
そして慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれた。
亜梨花の座っている場所までカップを運んでくると、亜梨花の目の前に置く。
一樹は自分用のカップを手に持ったまま、亜梨花に聞いた。
「あのさ、あの、隣りに座ってもいいか?」
亜梨花の傍らに立って、一樹は亜梨花を見下ろしている。
「もう、こうして何日もここに来てるしさ、亜梨花も部屋に入れてくれる。そろそろ、もうちょっと仲良くしたいかなーなんちゃって」
一樹は持っていたカップをテーブルに置きながら、亜梨花の返事も待たずに隣に座った。
「亜梨花」
すぐそこに一樹がいて、テーブルとベッドの間の狭い空間では、すぐに逃げることも出来なくて……。
「あの、まだ私、返事してないよ。まだ、付き合うって言ってない……」
やや身を引きながら、亜梨花は一樹に言った。
「透弥とは、やったくせに」
「あれは、だから、流れって言うか」
「流れでやれるんだったらさ、俺ともやれる?」
一樹が迫ってきた。
毎日部屋に来て、ご飯を作ってくれて、ご飯を一緒に食べていた。
ただ、それだけだった。
一樹は、亜梨花の返事を待っててくれる。
返事をちゃんとするまでは大丈夫、何もないはずだと、どういうわけかそんな風に信じていたけれど、今日になって裏切られた気分だった。
「嫌……」
「……嫌?」
すぐに引いてくれるかと思ったのに、引かないどころか、一樹は亜梨花の肩に手を触れた。
「い……嫌っ! やめて!」
亜梨花は一樹の体を思い切り突き飛ばした。
「うわあっ!」
亜梨花は自分でも驚くほどの力が出ていたらしい。
突き飛ばされた一樹は、大袈裟に床に仰向けに倒れた。
「あ……ごめん。大丈夫?」
つい、手を伸ばしてしまった亜梨花。
その瞬間、手首をつかまれて引っ張られる。




