【8話目】透弥くんと一樹くんがきて、ケンカしてしまいました
そろそろ行っていい? と、透弥からLINEが来たのが午後5時だった。
透弥は大学の寮に住んでいるらしく、ここからは車で20分くらいの距離だそうだ。
たぶん5時半くらいにはここに着くだろうと予想した亜梨花は、ふいに鳴った玄関のチャイムに少々戸惑った。
透弥がLINEをくれたとき、すでに近くまで来ていたのだろうか。
考えながら、玄関のドアを開けた。
「あ……」
そこにいたのは、透弥じゃなかった。
「今日帰って来るって言ってたじゃん。やっぱ、すぐ会いたいなーって思ってさ」
一樹がスーパーの袋らしきものをぶら下げて立っていた。
「あがって、って言いたいところだけど……」
「2人きりになるのは、まずいか?」
うかがうように聞く一樹に、亜梨花は曖昧な微笑で返す。
しばらくやりとりをしていたんだけど、ふと一樹の背後に透弥の姿が見えた。
「透弥くん」
亜梨花が言うと、一樹も後ろを振り向いた。
「おーーー、透弥。ちょうどいいところに来たな。今、亜梨花んちに入れてもらおうと思ってたらさ、2人きりはまずいって言って入れてもらえなかったんだよ」
透弥も亜梨花が今日帰って来るって聞いて来たのか?
なんて透弥に話しかけながら一樹が誘ってる。
「良かったら一緒にどうだ? 俺、オムライス作ろうと思って、材料買ってきたしさ。みんなで食べようぜ」
「……うん」
透弥はうなずいてから亜梨花を見た。
その目はかなり不服そうで、気まずくなって咄嗟に目をそらす。
「じゃあ、どうぞ。2人とも入って」
成り行き上、2人を部屋に入れてしまった。
中に入るとすぐ、一樹はキッチンに向かった。
透弥はベッドとテーブルの間の隙間に座って、テレビのリモコンでスイッチを入れる。
だからなんで、このひとうちに馴染んでんの?
勝手にテレビつけるし……。
また、クッション抱きしめてる。
この前と同じ光景である。
亜梨花は透弥を気にしながら、一樹の手伝いをした。
「透弥は実家だし、亜梨花も出張だし、俺はバイトで忙しかったし、つまんねー夏休みだったさ」
玉ねぎを切りながら、一樹がぼやいている。
その隣りで、亜梨花は米を研ぎながら話を聞いた。
「でさ、相変わらず那絵ちゃんに付きまとわれてさ、まいったぜ」
「那絵は一樹くんが好きだからね」
「俺、1回断ったんだぜ。なのに、まだ諦めきれないとか言うんだ」
「そっか。でも、何で那絵じゃダメなの?」
「亜梨花が好きだからに決まってんだろ」
すごくサラリと一樹は言った。
「ふうんそっか」
だから亜梨花もサラリと言い流したんだけど。
「そっかって、その程度?」
「だって、言い方が軽すぎるんだもん」
「マジに言ったら照れるじゃんかよー」
言いながら、顔を真っ赤にしている。
「この一ヶ月半、会えない間にさ、結構いろいろ考えてたんだ。だんだん深くなってるんだ、俺の亜梨花に対する想い」
かなりマジメな顔で告白された。
「付き合ってるヤツ、いないんだよな?」
「うん……たぶん」
「だったらお試しでもいいから、俺と付き合ってみないか?」
本気の告白をされてしまったようだ。
亜梨花は研ぎ終えた米を炊飯器にセットした。
「透弥が気になる?」
亜梨花がチラッと透弥の様子を見たのを、一樹に気づかれたようだ。
「え……う、ううん。別に」
本当はものすごく気になっていたけれど、咄嗟に首を振って否定してしまった。
「あの、一樹くんの気持ちは良くわかったよ」
「じゃあ、考えといてよ。返事はすぐじゃなくてもいいし」
「わかった」
「でも、いい返事待ってるね」
笑顔で言ってから、一樹は何事もなかったように料理に戻った。
再び透弥のほうをチラッと見ると、今度はばっちり目が合ってしまう。
その不機嫌そうな目は、亜梨花に無言でこっちに来るよう、言ってるように見えた。
キッチンを離れ、透弥のそばに行く。
「告白されたみたいだね」
透弥はテレビをじっと見たまま、言った。
「聞いてたの?」
「聞こえた」
透弥がゆっくり視線を亜梨花に移す。
立ったままでいる亜梨花を、下から見上げているような格好だ。
「で、どうすんの? 一樹と付き合う?」
問われて亜梨花はキッチンにいる一樹の後姿を見る。
「どうしようかなって思ってる」
「ふうん、そっか」
「あのさ、透弥くんは……あの、どう? 私が一樹くんと付き合ってもいいって思ってる?」
出張先で、あんな関係になってしまったものの、はっきり告白されたわけじゃない。
それが亜梨花の心に引っかかっていた。
お付き合いが始まったように思えたけれど、もしかしたらあの場だけの遊びだったのかもしれない。
過度に期待して、違うよって言われたらショックが大きい。
一樹とは付き合うなって言葉を、透弥から聞きたかっただけだった。
「俺が、一樹と亜梨花が付き合ってもいいって思ってるかって?」
顔が、怒ってるように見えた。
睨むように亜梨花を見る目は、とっても冷たくて怖かった。
「それってさ、付き合っていいよって言えってこと?」
「じゃなくて、透弥くんの気持ちが知りたくて……」
「俺の気持ちを試してる?」
「試してなんかな──」
「俺に嫉妬して欲しい? それとも、熊本でのことは、亜梨花にとって全く何でもなかったわけ? 誘われれば誰とでもやってんの?」
だんだん、透弥の声が大きくなる。
「一樹に告白されて、俺にどうすればいいか決めさせようとしてるの? そういうことが言えるってことは、俺のこと真面目に考えてなかったってことだろ? 俺、亜梨花に遊ばれたの?」
「遊びって…」
「俺とのことはなんでもないことだったわけだよなっ!」
今まで、多くをしゃべらなかっただけに、今の透弥に亜梨花は驚いている。
違うって言い返さなきゃいけないのに、その隙さえ与えられない。
「キスしたときとか、抱きしめたとき、亜梨花の気持ちも俺と同じだって思ったんだよ。なのに、一樹と付き合っていいの? とか言って俺の気持ち試したりして、バカにしてんのかよ。バカにすんなっ!」
透弥は立ち上がって、亜梨花と対峙する。
「おい、おまえら何ケンカしてんだよ」
一樹がキッチンから飛んできた。
「透弥。どうしたんだよ。そんなに取り乱して。おまえらしくねーじゃん」
「俺らしくって何だよ!」
「おい、透弥……」
「亜梨花がいいと思うようにすればいい。俺には何も言う権利ねーんだろっ!」
「透弥、落ち着けって」
すっかり落ち着きを失くした透弥を、一樹が必死でなだめている。
亜梨花は何も言えず、何も出来ず、ただふたりを見ているしか出来なかった。
「あーマジ、バカみてーだな、俺」
透弥は大きく息を吐くと、乱暴に玄関のドアを開けて出て行った。
「なんだ、あれ」
一樹が茫然としている。
亜梨花は透弥を怒らせてしまい、自分が透弥の気持ちを軽くみていたかもしれないことを反省していた。
だけどわりとすぐに透弥は戻ってきた。
「え、どうしたの?」
透弥がなぜか、傷だらけで立ってた。




