【10話目】よくわからないまま流されてつきあってしまいました
一樹は、亜梨花を少し引っ張ったものの、すぐに手を離してくれた。
「ごめんね、今日は帰る」
気まずい雰囲気にこそなったけど、あとからLINEで『ほんとにごめん』と書いてきたから亜梨花も『うん、大丈夫』と返しておいた。
以前、嫌いな人からキスされそうになったことがあった。
とっさによけたものの、唇に少しかすめてしまって、嫌悪感でいっぱいになった記憶があった。
一樹のことは、嫌いではない。
嫌悪感も特にないけど、恋愛感情はないのだと思う。
嫌いだったらもちろんキスしたくないんだけど、キスしてもいいと思った透弥のことは……。
「好きってことかなぁ?」
声に出して自分に問いかけてみた。
「……微妙?」
どうしてか、好きって言葉を使った途端、好きじゃないと言う気持ちに陥る。
だって、好きってもっと熱い気持ちではないのか。
会いたいとか、どうしているか気になるとか。
そういう気持ちとはまったくかけ離れているのだ。
好きじゃないのに、キスやエッチはいいって、紗夜の言葉を借りるなら、まるで淫乱女みたいだ。
でも、淫乱って、誰かれ構わずに関係を持つような女のイメージがある。亜梨花はそれとは違うはず。
「淫乱じゃないもん」
スキはあるかもしれないけど。
と、心の中で突っ込んだ。
ふと鏡を見ると、眉間にシワが寄っていた。
あんまり考えすぎるのはやめよう。
亜梨花はバスルームに行き、シャワーを浴びた。
部屋に戻り、顔にパックをしていると、着信音が鳴った。
「あ、寝てた?」
電話は透弥からだ。
「ううん、まだ。パックしてるところ」
パックしたままだと、上手くしゃべれない。
はがす予定時間まで、あと2分くらいあったけれど、亜梨花はパックを顔からはがした。
「パックって、顔が白くなるやつ?」
「ううん、ごめんね素肌」
「え、ごめんね?」
「あ、えとね、貼るやつ、シートマスクっていう…」
伝わらないかな?
「まあ、良くわからないけど、いつもパックしてるの?」
「いつもじゃないよ。明日からウエディングショーの仕事があるの。お化粧されるからね」
いつもやってないから、集中リペアなんだよね。
「ウエディングショーって、何?」
いつもLINEばかりで、滅多に電話をしてこない透弥からの電話は、なんだか新鮮だ。
ちょっとだけ、心臓がドキドキしている。
「シーサイドチャペルってあるでしょ。あそこで一ヶ月間。週末だけなんだけど、結婚式の見本みたいなことをやるの」
「見てみたいかも」
透弥が興味を示してくれる。
「見に来ていいよ。見せるためにやるんだもん」
「亜梨花のドレス姿、キレイそう」
「どうかな~、見て確かめてみて」
「今から見に行く」
「え。今は仕事してないよ。明日だよ」
「違うんだ。今、下にいる」
「下? 下って」
「亜梨花のアパート」
「え、来てるの?」
亜梨花はスマホを耳に当てたまま、玄関のドアを開けた。
階段の下に透弥がいた。
亜梨花に気がつくと、持っていたスマホをおろして、手を振る仕草で微笑んでいる。
「急にどうしたの? ビックリしたよ」
階段をおりていく。
「なんか、急に顔が見たくなった」
「うん……」
いつ会ったきりだっただろう。ちょっと久しぶりだからまっすぐ顔を見るのが照れ臭い。
「夜遅くにごめん。すぐ帰るし」
「帰るの?」
思わず聞き返してしまった。
「帰らなくていいなら、帰りたくない」
帰らなくていい、というつもりで言ったのではなかったけれど、透弥の顔を目の前にしていたら、「やっぱり帰って」とも言えず、
「じゃあ、ちょっとあがってく?」
誘ってしまった。
何でこんなことになってるんだろう。
コーヒーでもいれようとしていたとき、背後に透弥が立っていて、そして……。
アッと思ったときには透弥に抱きしめられていた。
じっと亜梨花を見つめる目。
あれがいけない。
きっとそう。
あの目に、吸い込まれるように、惑わされるように、心が惹かれるのだ。
なんだかわからないけれど、体が吸い寄せられるのだ。
目を閉じた瞬間、透弥にキスされた。
決して強引ではない、どちらかと言えば遠慮がちに触れる唇の感触と、背中に感じる、軽く抱き寄せられている腕の感触。
どちらもふわふわと心地よくて、だんだんうっとり陶酔してくる。
いつの間にかキャミソールの紐が引っ張られていて、透弥の手のひらが胸元を探る。
触れたままの唇の隙間から、耐え切れず声が漏れる。
透弥の唇が胸までおりてきた時、亜梨花の理性は本能に負けた。
体に力が入らない。
ふらふらの亜梨花を、透弥がベッドに運んだ。
どうしてこんな展開になってるの?
どうしよう。
すごく気持ち良くて、頭が真っ白だ。
「亜梨花、ねえ亜梨花?」
頬を軽く叩かれて、亜梨花は目を開けた。
「良かった。気がついた」
「……私、どうしちゃったの? あ、寝てた?」
「ごめん。俺、夢中になってて。気づいたら亜梨花の意識がなくなって、反応なくなってて」
そうだ。
途中で頭の中が真っ白になって、何がなんだかわからなくなってた。
「ごめん」
透弥の目は、今にも泣き出しそうに潤んでいる。
「大丈夫だよ」
「俺、暴走して、亜梨花のこと殺しちゃったかもって思って……」
殺しただなんて、そんな大袈裟な。と思ったけれど、透弥はどうやら本気で怖かったらしい。
その青ざめた表情が、不安だったことを物語っている。
「わたしこそ、びっくりさせちゃってごめんね。何だか、すごく気持ち良くなって……」
「それって、俺が好きだから?」
「……好き?」
「うん。好きなひととすると、気持ちいいって言うし」
俺も気持ち良かった。と透弥は照れたように笑った。
「俺は好き。亜梨花が好き」
だから、そんな顔でそんな風に、そんなセリフを言われると――。
そうなのかもって思ってしまうじゃない。
「亜梨花は?」
「わたしも好きなのかも」
ほら。
流されちゃった。
「え……、それ本当?」
透弥の目が、パチパチと大きく瞬きした。
驚いたような表情までもが、引き寄せられてしまう。
「確認しないで。わからなくなるから」
そうよ。
顔に惑わされてるだけとも考えられる。
「亜梨花、深く考えすぎ」
「そうかな」
「そうだよ。認めてよ。亜梨花は俺が好きなんだよ」
「そっか」
良くわからないけれど、これが好きって気持ちなのだろう。
透弥のじっと亜梨花を見つめる目。
何故だか知らないけれど、キラキラ輝いて見える。
この目を、この顔を、ずっと見ていたいと思った。
わたしだけ、見て欲しいと思った。
「わたし、透弥くんが……好き」
「じゃあ、今から亜梨花は俺の彼女。だね?」
透弥の「だね?」って笑った瞬間の笑顔にクラッときて、亜梨花は促されるように、うなずいていた。




