【11話目】つきあいかたがわからず放置してたら彼の友達から怒られました
チャペルの後ろの席に座って、透弥がウエディングショーを見学している。
昨夜、透弥は亜梨花の部屋に泊まった。
そして今朝、ここまで送って来てくれた。
何だか実感が全く湧かないけれど、透弥と付き合うことになった。
見学してもいいよ、と言ったものの、知り合いに見られていると言うのは、照れ臭さ倍増になるものらしい。
透弥の視線が気になって、ショーに集中できないまま、何とか1日の仕事をやり終えた。
私服に着替えて、透弥が待っているはずの教会の入口まで行くと、いつも写真を撮ってくれるカメラマンの木田さんが、透弥と何かしゃべっていた。
「木田さん、何やってるの?」
声をかけるとすぐに木田さんは振り返った。
「亜梨花ちゃん、今日も良かったよー、きれいに撮れた」
「そう? 木田さん、腕がいいからだよ」
いつものように笑い合っていると、透弥が間に割り込むようにして言った。
「亜梨花、早く帰ろう」
「あ、うん」
透弥に手をつかまれた。
それが思いがけず強い力だったのに、ドキンとする。
「あ、君。さっきの話だけど」
木田さんが、後ろから引き止めてきた。
そういえば、二人は何か話していたっけ。
「さっきの話ってなに?」
聞いたけど透弥は答えてくれない。
しょうがなく木田さんに視線を向けると、木田さんが亜梨花に聞いた。
「彼、亜梨花ちゃんの彼氏?」
「……うん、そう」
ちょっと間が空いてしまった。まだ彼氏、と言う響きに慣れない。
「そうかそうか。亜梨花ちゃんの彼氏か」
木田さんは、嬉しそうな表情で透弥を眺めながら続けた。
「実はね、さっきスカウトしたんだけど、断られちゃったんだよ。亜梨花ちゃんからも勧めてくれないかな」
「スカウトって?」
「うん。次回企画の冬物ファッションのモデルにって思って──」
「俺、嫌だからな」
透弥は素っ気なく言うと、亜梨花からも木田さんからも顔を背けた。
「ですって。残念だね、木田さん」
「そうか? ほんとに嫌かな?」
「嫌だね」
怒ったように透弥は言うと、亜梨花を引っ張るようにして教会を後にした。
振り向くと、木田さんが困ったような苦笑いでこっちに手を振っていた。
お疲れ様の挨拶もまともに出来なかった。
「ちょっと失礼な態度だったかも」
透弥の車の助手席に座りながら言った。
独り言だと思われたのか、透弥は何も言わない。
「ねえ、怒ってるの?」
口をぎゅっと結んだまま、亜梨花と目も合わせない透弥は、どう見ても怒っているようにしか見えない。
「後で、木田さんに謝っておこう」
「何で謝るんだよ。やるもやらないも自由だろ?」
あ、反応した。
「それは自由だけど」
「だったらいいじゃん」
「うん、でも……」
もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかなって思ったことは、言えなかった。
透弥の車の発進のさせかたが、心の中を表しているように乱暴だったからだ。
これ以上言ったら、もっと透弥の機嫌を損ねてしまいそうで、言えないまま、言葉を飲み込んだ。
それから10日後。
仕事が終わったあと、亜梨花はぼんやりしていた。
今日は予定がない。
違う、今日もだ。
昨日もその前も、この10日間何もなかった。
10日前、透弥と付き合い始めたけれど、それきりだ。
付き合うって、こんなもの?
亜梨花はスマホを眺めて考えていた。
LINEしてみようか、それとも電話しようか。
だけど、何て書けばいいんだろう。
『何してるの?』
『元気?』
それくらいしか思いつかない。
文字を打っては消し、打っては消し、繰り返していたが、急に嫌になってきた。
こんなくだらない内容なんか、無視されちゃうかもしれない。
うるさいなって思われるかもしれない。
透弥は、LINEなんか面倒臭いって思ってるのかもしれない。
男のひとって、LINEが苦手だって紗夜が言ってた。いかに返信をもらうか、内容を考えるのは大変だって言っていたのだ。
透弥が、連絡をよこさないのがいい証拠。
用がないから連絡がないわけで、用があれば連絡が来るはずで……。
だけど、それじゃあ付き合う意味がないように思える。
ただの知り合いレベルだ。
好きなひとには、何でもなくても声が聞きたいとか、一目でも会いたいって思うものよって、那絵が頬を染めながら話していた表情が印象的だった。
これまで、亜梨花はその感覚が良くわからなかった。
たぶん、これまで付き合ってきた相手が、好きじゃなかったのだと思う。
だからいま、透弥からの連絡がないことが気になっていると言うことは、透弥のことが好きだと言うことになるのではないか。
「でも、単に連絡よこさない透弥くんに、イライラしてるだけかもー」
好きを認めるのが何だか不安で、自分の気持ちを声に出して打ち消した。
恋は盲目だとか、恋に溺れるとか、そんなことになったら、どうすればいいのか。
そうなったときの自分は、自分じゃなくなるような気がして、亜梨花は怖かった。
結局、LINEも電話も出来ないまま、亜梨花は家に帰ってきた。
アパートに着くと、誰かいる。
「え、功至くん? 何してるの? 何か用?」
階段を上り、功至の前に立ってから聞いた。
一樹もだけど、功至もいつもいきなり来る。
「ああ、急に悪いな。ちょっと聞きたいことがある」
悪いな、と言いながら功至は、ちっとも悪いと思ってないような口調で言った。
「おまえ、透弥のことなんだと思ってるわけ?」
「何って……」
「付き合うことになったんだろ? 『彼氏』って答えらんねーのかよ」
「だって……」
「だってじゃねーよ。会ってないんだろ? 全然会ってないって透弥が言ってた。LINEひとつ送ってこないって、どうしたらいいかわからないって悩んでたんだ」
「そ――」
「はっきりじゃべれよ。誤魔化してんじゃねーよ」
答える前に功至がどんどん被せてくるから、答える隙を逃してしまう。
何で会ってくれないのか、亜梨花のほうが聞きたいと思っていたのだ。
上から見下ろされ、怒鳴りつけられ、正直怖かった。
こんなところで大声を出されたら、近所の目だって気になる。
だからと言って、部屋の中に入れるわけにはいかない。
透弥とも約束したのだ。
俺の彼女になったんだから、もう他の男を部屋に入れたらダメだよって。
さっさと話を終わらせて、帰って欲しい。
「おまえさ、素っ気ないって透弥が気にしてた」
それは透弥にだって、言えることだと思う。
「あいつ、今まで常に受け身でさ、特に女に関して受け身。けど、おまえに関してはかなり頑張ってたんだぜ」
何も言わない亜梨花を前に、功至はさらに話を続けた。
「だから俺も応援しようと思ってるわけだ。だから、俺がちょっと間に入ってだな、上手くやってやろうと思った。俺のお節介なんだけど、透弥を頼むよ」
功至の言葉を聞いて、急に亜梨花は心が揺らいだ。
何だか違う。
こういうことって、友達に言ってもらうことなのだろうか。
相談するのはいい。
だけど、それから先は透弥が自分で動くことではないのか。
功至くんに頼まれてもね、と言おう思ったけれど、逆らうと功至に怒られそうなので、素直にうなずいておいた。
とりあえず、この場を終わらせたい。
「わかった。電話してみる」
納得いかないままだったけれど、功至は「じゃあ、悪いな」と言葉を残し、引いてくれた。
階段を下りてゆく功至を見送りもせず、逃げるように部屋のドアを開けた。




