【6話目】こんな遠いところまで来てくれたのに好きがわかりません
出張中の滞在期間は快適だった。
最近、面倒なことに巻き込まれつつある予感がしていたから、今回の出張は息抜きになる。
いきなり亜梨花がいなくなったと思って焦ったらしい一樹からは、LINEや電話が届く。
一生懸命なのは嬉しいけど、電話だと時間も体も束縛されてしまう。
あれこれと詮索ばかりされるのも迷惑なのだ。
悪い人ではないんだけれど。
そうして過ごしているうちに、夏休みも残り2週間になった。
1日の仕事が終わり、後片付けをしているとき、同じ事務所から来ている桜井涼に誘われた。
「今夜、飲みに行かない?」
明日は2人とも仕事が休みだから、飲みに行くのはちょうどいい。
「今日は暑かったからな。ビールでも飲んでスッキリしたいね」
「私を誘ったりしていいのかな?」
「何で? 別に変なことするわけじゃないし、いいだろ」
実は過去、彼とは彼の言う「変なこと」をしてしまったことがある。
当時、まだ独身だった涼と少しの期間付き合っていたが、涼のことは好きになれなかった。
友達としてはいいけれど、恋愛感情がまったくわかなかったのだ。
別れを切り出したのがクリスマスイブだったせいか、かなり傷つけてしまったと思う。
悪意があったわけではないけれど、悪いことをしたような罪悪感はあったし、同じ職場で居心地悪く過ごしていた。
でも、亜梨花と別れたおかげで今、涼は幸せな結婚をしたのだから結果的には良かったのだ。
「酔った勢いで変なことしたら悪いから----」
と言って断ろうとしたとき、タイミングよく亜梨花のスマホにLINEが届いた。
「……え、えええっ!!」
画面の文字が亜梨花に大声を出させた。
「どうした?」
涼が近づいてきて画面を覗き見する。
「ああ、亜梨花ちゃんとの飲みは、延期みたいだね」
ふっと笑って肩をすくめた。
LINEは透弥からだった。
今、熊本駅にいるらしい。会えるかどうかの返事を促すLINEだった。
わざわざ会いに来たとなると、会わないわけにもいかない気がした。
涼と別れてひとりになると、亜梨花は透弥に電話をかけた。
駅にいると言うから、列車で来たのかと思ったけれど、透弥は車で来ているらしかった。
一樹に聞いて、亜梨花の居場所はわかったものの、泊まっている場所まではわからない。
とりあえず思いつきで駅を目指して運転してきたのだそうだ。
『何かあったの?』
電話の向こうで透弥は『別に何もないけど』なんて言って笑った。
何もなくてわざわざ車を飛ばしてくる距離ではない。
とにかく会ってから話す。と言う透弥の待つ駅まで、亜梨花は行ってみた。
「久しぶり」
透弥は亜梨花の顔を見るなり、照れたように言った。
「うん、久しぶり。元気だった?」
亜梨花の問いかけには答えず、透弥は車に乗り込んでしまう。
中から助手席側のドアを開けてくれた。
乗れってことらしい。
亜梨花は助手席に座ってから、再び透弥に聞いた。
「何かあった?」
「行きたいところ、あったら言って」
「……ううん、別に」
「じゃあ適当行こう」
透弥が何を考えているのか、さっぱりわからない。
聞いても無視しているのか、言いたくないのかわからないが、話をそらされる。
それ以上話すのが面倒になって、亜梨花は黙って窓の外を眺めた。
透弥もしゃべらない。
ただあてもなく車を走らせているようだ。
窓の外の景色が、街中から暗い海へと変わってきた。
海岸沿いを走っている。
「ねえ、どこ行くの?」
何だか不安になってきた。
「さあ……わかんない」
「わかんないの?」
「うん、迷子になったかも」
なんて言い出した。
冗談じゃないよー、と思い前方の看板を見ると『運動公園』と矢印が出ていた。
いったんそこに車を止めよう、と透弥に言った。
車を止めて透弥は、マップを開いて見ていたが、すぐに閉じて、大きく伸びをしてた。
「疲れた? いったい何時間運転してきたの?」
「…っつーか何日?」
「え、何日も?」
亜梨花はびっくりした。
「んー金なかったし、高速ちょっとしか使えなくて」
「え、じゃあどこに泊まってたの?」
「ん? 車中泊かな、シャワーはサービスエリアにあるし、まあけっこう楽しかったよ」
けど、体はばきばきって透弥は笑ってる。
「そんなハードなことして、ここに来るなんて、なんで? わけあり?」
「ほんとは、実家に帰るはずで、帰省費って親が金振り込んできたんだけど、あ、もしかしてこれで亜梨花んとこ行けるかもって」
話したいこともあったし、来ちゃったって透弥が言うけど
「話したいことって、直接じゃなきゃだめだった? 急ぐ話?」
「大事な……話かな」
そこまで言うと透弥は黙り込んだ。
ハンドルに顔を埋めるようにして、ため息をついている。
「なんの話なの?」
透弥はそのままの格好でいたが、顔だけ亜梨花のほうを向けてきた。
しっかり目が合い、ドキッとした。
やっぱりかっこいいかも、と透弥の顔に見とれてしまう。
「俺さー」
透弥が口を開き、亜梨花はハッと我に返る。
「俺、功至につきあってって言われたんだよね」
「え……つ、つきあって? え?」
いつか妄想したことが、まさか本当にあるの?
「びっくりするよね」
「えと、うん、だって功至くんって男だし」
「そう、俺も男。だけど俺、女の子がいいんだよね、亜梨花と出会ってからは亜梨花が気になってさ、それ、功至に言ったんだけど」
いま、さらりとわたしを気になったっていってる?
「亜梨花を脅したって、勝手に俺のスマホ功至が見てさ、言ってて」
ごめんねと、功至の代わりに透弥が謝った。
「あのさ、ホテル行かない?」
急に透弥が口にした。
「……え……っと」
いきなり、ホテル行かない? って聞かれて「行く」とは答えられない。
まっすぐ亜梨花を見ている透弥の目から逃げるように目をそらした。
「さっき通り道にあったホテル」
「……あったっけ?」
「キレイなホテルだったよ」
「そうだっけ?」
「キレイなの、嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「じゃあ、OKだよね」
「……どうしよう」
「行こう、亜梨花。ね?」
「……うん」
亜梨花はうなずいていた。
え、なにこの展開。
話が飛びすぎなんじゃない?
だけど亜梨花の頭も、なんか吹っ飛んでたかも。
ドキドキする。
翌日から透弥は昼間、ひとりで適当に時間を潰しているらしい。
亜梨花が滞在しているところは、部外者立ち入り禁止なので、透弥を泊めるわけにも入れるわけにもいかない。
透弥は車中泊したり、カプセルホテルに泊まったり、ネカフェも行ってみたとか言ってたな。
初めてホテルで抱かれてしまったあの日以来、仕事の後は透弥と会っていた。
一緒にご飯を食べて、別れて帰る。
それだけだったんだけど、なんだか楽しかった。
そんな生活を一週間ほど続けたあと、透弥は急に「明日、帰る」と言った。
「亜梨花はいつ帰ってくる?」
送ってもらった車から降りようとした亜梨花の背中に、透弥が問いかけた。
亜梨花は両足を地面について、それから透弥を振り返る。
「9月1日帰ってくるよ」
「じゃあ、1日の夜に会いに行くね」
車内は薄暗くて、表情がはっきり見えないけれど笑ってるみたいに見えた。
「うん。待ってる」
手を振って別れたあと、亜梨花は透弥の車を見送りながらあれこれ考えた。
はっきり付き合ってくれって言う告白はされていない。
でも、付き合い始めてるってことかと思えば、そう思えなくもない。
透弥のことは、たぶん好きなんだろうけれど、良くわからない。
透弥は亜梨花のこと気になってると言ったけど、わからない。
ただの暇つぶしとか、夏休みの旅行気分で気紛れに来てみたとか。
だいたい、来たときもいきなりだったけど、帰りもいきなりだ。
そもそも、あまり実感がなかった。
夢を見ているような一週間だった。
透弥の言うままに、流されていただけなように思う。
でも、嫌いなひとに抱かれたいと思わないから、嫌な思いはしてないけれど、幸せを感じたとか、離れたくないとか、そこまでの気持ちもなかった。
いつもそう。
好きだかわからなまま、告白をされて付き合うけれど、身体も心も熱くなれない。
好きになれると思って続けると、どんどん相手の嫌なところが目についてくる。
好きって何?
好きってどんな気持ち?
このまま続けていたら、透弥のことを好きになれるのだろうか。
会いたくてたまらないとか、ひとりの時間が寂しいとか、別れ際に涙が出るとか、
連絡を待って眠れない夜を過ごすとか、そんなことが自分に起こるのだろうか。
「……わかんない」
肩をすくめつつ、部屋に向かった。




