【4話目】透弥くんが私の手を引っ張るから……
結局2人を部屋に入れた。
お酒が入ったら、理性なんて当てにならないと思ったけれど、それでも中に入れたのは、少しは一樹のことを信用していたからかもしれない。
会うのは二回目だし、一樹の何を知っているわけでも、大丈夫だって思う何の根拠もないんだけれど、不思議と一樹は大丈夫だってそんな気がした。
「おれさー、料理得意なんだ。キッチン貸してね」
一樹は言うと、キッチンに立って、袋の中から、ベーコンとかコーンとか買ってきたものを取り出している。
たぶん、作ろうと思ってるメニューは考えてあるんだろう。
「フライパンどこ?」
「あ、私も何か手伝うね」
フライパンを取り出しながら申し出てみた。
「サンキュー。それにしてもキレイなキッチンだね。片付け上手は料理上手って言うじゃん。あ、言わないか?」
あはは、と一樹が陽気に笑う。
「あはは」
亜梨花もつられて笑ったが、内心複雑な心境だ。
なぜなら亜梨花は、料理が苦手だからだ。
まともに家で料理をしないから、キッチンがきれいなままなだけ。
フライパンなんか滅多に使わない。
「バターある? マーガリンでもOKだけど」
「確かあったと思う」
亜梨花は冷蔵庫を開けた。
たまにバタートーストを食べるから、あるはず。
賞味期限が切れていなければ、だけど。
「おー、冷蔵庫の中もキレイだね」
開けた冷蔵庫の中を一樹がのぞいた。
「まあね」
料理をしないから、単に何も入ってないだけなんだけれど、一樹がじっくり中を観察しないうちにさっさとバターを取り出してドアを閉めた。
一樹が熱したフライパンにバターを落とす。
「何を作るの?」
「コーンベーコン」
見ていると、コーンとカットしたベーコンをフライパンにいれて塩コショウで炒めてるだけ。
ささっと炒めて、お皿に盛り付ける。
単なるコーンとベーコンの炒め物みたいだけれど、お皿からはふんわり香ばしい、いい匂いが漂う。
きっと、わたしが作っても同じように出来ないんだろうなって感じた。
結局、亜梨花はほとんど見ているだけで、一樹が手際よく次々に料理を作っていった。
料理と言っても、そう凝ったものではない。
魚肉ソーセージを、キャベツと炒めただけのものとか、レタスにツナとトマトを盛り付けてドレッシングをかけただけのものとか、亜梨花にも作れそうなメニューだった。
いかにもお酒が進みそうなメニューだ。
早く食べたい。早く飲みたい。
「ほんと、料理上手なのね」
テーブルに並べられていく料理を見ながら、亜梨花は感心したように言った。
「うちさ、両親が離婚してて父子家庭なんだ」
「え……」
思わぬ一樹の身の上話。
「親父も弟たちも料理なんかしないしさ、毎日外食や総菜ばっかでさ。栄養偏るし、カラダに悪いじゃん?」
「うん、まあそうだね」
亜梨花も毎日外食やお惣菜、とは言えない雰囲気。
「男ばっかり良く食うし、食費もバカになんねーし。で、おれ、ネットとか料理本なんか買い込んで作り始めてみたんだけどさ、これが案外楽しくて」
そう言った一樹の顔は、本当に楽しいって感情が見える。
「みんな喜んで食ってくれるしさ、いつの間にか料理は趣味のひとつになってたってわけ」
「ふうん、すごいね」
「まあね。まあ、苦労もいっぱいしたけどさ」
明るく笑っている一樹を見ていると、今までしてきた苦労なんか微塵も見えない。
実は亜梨花の家庭も複雑だ。
「うちも、両親、離婚したんだ」
何となく、亜梨花もつい告白してしまった。
「マジで?」
「うん。母と住んでたんだけどね、高校のときに母が再婚したの、それでいまは家を出てひとり暮らし」
「へー、そっか。実は透弥んちもいろいろあってさ」
一樹がチラッと透弥を振り返る。
今になって、やっと透弥の存在を思い出した。
透弥はここへ来てから、ひとこともしゃべってない。
お邪魔します、とは言ったような気がしていたが、それだけだ。
いつも亜梨花が座ってテレビを見る場所。
ベッドとテーブルの間、テレビの真正面の特等席に、透弥は座ってぼーっとテレビを見ている。
しかも、亜梨花のお気に入りのクッションをぎゅっと抱きしめている。
不思議空間に見えた。
まるでいつもそうしてそこにいるかのように、しっくり部屋に馴染んでいる。
置物みたい。
と思った。
キレイな等身大の人形を置いているみたいな錯覚。
「亜梨花、これあっちに運んでって」
一樹に言われ、ハッと我に返る。
皿を手に持つ一樹を見た。
「うん、OK」
一樹は次々と料理を作っては、皿に盛り付けてゆく。それを亜梨花が運んだ。
「よし!さあ飲もうぜ!!」
全ての料理とグラス、酒類を運び、テーブルにセットすると、飲みに行くより豪華な食卓になった。
「ワイン飲む?」
今日、初めて透弥が話しかけてくれた。
「うん、飲む」
亜梨花がうなずくと、透弥がコルクを開けてワイングラスに注いでくれた。
「クラッカー食うか?」
一樹がチーズを乗せたクラッカーを取ってくれる。
2人から優しくされて、ちょっといい気分だ。
ワイン1本。ビール、冷酒と飲んでいくうちに一樹が倒れた。
「大丈夫~?」
亜梨花もかなり酔いが回っていい気分になっている。
倒れた一樹の頭をぐしゃぐしゃとした。
「やめろ~」
一応抵抗しているけれど、起き上がる気力はないらしい。
それからすぐに寝息が聞こえてきた。
「眠っちゃった」
亜梨花はつぶやき、特等席の透弥を見た。
透弥はグラスに残った冷酒を飲んでいる。
酔っているのか、まだ飲めるのか、表情を見てもわからない。
ただついているだけの、面白くもなさそうなテレビをじっとみている。
亜梨花は透弥の横顔を見つめた。
本当にキレイな顔だ。
男のくせに肌もきれいだし、グラスを持っている手、そして指先からも目が放せない。
「あんまり見るなよ」
気づかれていたらしく、透弥がチラリとこっちに目だけを向けて言った。
亜梨花は慌てて目をそらす。
「横に来る?」
透弥の言葉にどきんとした。見ると、透弥と目が合って……。
「おいでよ、一緒に飲もうよ」
横に行ったらどうなるんだろう。
急に心臓がドキドキ鳴った。
今まで何の素振りも見せなかったくせに、急に誘いをかけてくる。
「亜梨花……」
目を見ていると、吸い込まれそうになる。
引力?
磁石?
亜梨花はゆっくりと立ち上がると、透弥に引き寄せられるようにして傍に行った。
立ったままの亜梨花の手を、透弥が引っ張って座らせた。
次の瞬間には、透弥に抱きしめられていた。
「っ……ん」
と思った次の瞬間には、透弥に唇を奪われていた。
思っても見ない展開に、亜梨花は息をするのも忘れていた。
唇を塞がれて、だんだんぼーっとなってくる。
何度も角度を変えて、透弥はキスを繰り返す。
ふわふわした気持ちになってきた。
『きもちいい』
亜梨花は透弥の背中に腕を回し、透弥のキスをしっかり受け止めていた。




