【3話目】男の子3人の中で酔いつぶれてしまいました
「ん……?」
亜梨花が気がついたのは、どこかのベッドの上だった。
見慣れない天井だしやけに汚いし、ついたままの蛍光灯?は、何だか薄汚れている。
自分の部屋じゃないことだけは、確かだと思った。
起き上がって見回すと、ベッドの下に一樹が寝ていた。
そして少し離れた場所に功至と透弥が寝ている。布団もかけずに雑魚寝状態だ。
亜梨花は記憶を辿った。
確か一樹と合流したあと、ワインバーに行って割と楽しくて笑って、そして調子に乗った功至が高いワインを注文した。
それがすごく美味しくて、一樹がどんどん勧めてくれて透弥もそばで微笑んで見てて……。
それから……。どうしたんだっけ。
「憶えてない……」
飲みすぎて意識がなくなっちゃったらしい。
亜梨花は自分の体を確かめてホッとする。
大丈夫。ちゃんと服を着ている。
誰の家なのかわからないけど、酔い潰れた亜梨花をここまで運んでくれたらしい。
亜梨花をベッドに寝かせてくれて、自分達は畳に寝てる。
初対面のひとたちと飲んで酔いつぶれるなんて、警戒心なさすぎだ。
こんな男3人の中で、ぐっすり眠ってしまうなんて……。
今は酔っ払って寝ているけど、目が覚めて変な気をおこされないとも限らないから。
最悪の状況を想像して、亜梨花は少し不安になってきた。
今のうちに帰ろう。
そう思ってベッドからそっとおりたつもりだったのに。
「痛っ!」
「あ、ごめんなさ……」
すぐ下に寝ていた一樹の手を踏んでしまった。
目を覚ました一樹は、亜梨花に気づくとすぐに笑顔で心配の言葉をくれた。
「大丈夫? 相当飲んでたみたいだったけど? 頭痛くね?」
「うん。平気。それよりここ誰の家?」
「おれんち」
この古そうで汚い部屋は、一樹の部屋だったのだ。何となく一樹のイメージにぴったりかも。
などと少々失礼なことを考えてしまった。
「亜梨花ちゃんのうち、聞いてもわかんな~いって言ったじゃん? だからしょうがなくタクシーでここまで乗せてきた」
ごめんね、勝手に連れ込んじゃった、と一樹が謝ってる。
連れ込んだって言葉にどきんとした。
「ううん、酔っぱらった私も悪いし」
「帰るなら送っていこうか? もう酔い冷めたし運転できると思うし」
「うん、ありがとう」
一樹の後について玄関の外に出ると、すぐ階段があった。
部屋は2階だったらしい。
下の駐車場に止めてある車は、今時の大学生が乗るにしては古臭い。
「これさ、親父のお下がりの車なんだ。カッコ良くねーけど、ちゃんと走るから気にすんな」
何も言ってないのに、言い訳するところを見ると、たぶん女の子たちからいつもアレコレ不満でも言われているんだろうなって思った。
紗夜なんかいつも車で男の価値を判断するもんね。
「掃除してないし、ちょっと汚いんだけどさ」
ごめんな、と笑いながら一樹が助手席を勧める。
夜だからわからないが、明るいところで見たら、埃が舞ってそうな車内。
助手席の足元に置いてあった、一樹のものと思われるこれまた汚れたスニーカー。
一樹はそのスニーカーをつかんで、後ろの座席にほおり投げる。
チラッと後部座席を見ると、到底誰も座れそうにないくらい、ものが積まれていた。
まるで物置みたいな車……。
履いているスカートが汚れたら嫌だな、と思いながら『やっぱり送らなくていい』とも言えずに勇気を出してシートに座った。
「あ!」
ちょっとごめん、と言った瞬間、亜梨花の目の前で一樹が両手を叩いたのでびっくりして身を引いた。
「な……何っ!!??」
「いや、蚊が飛んでたからさ。刺される前にやっつけた」
開いて見せた一樹の手のひらには、確かに蚊が潰れてた。
「ああ……」
ありがとうと言うのも変な気がして、言葉を濁す。
一樹はそのまま何事もなかったように、蚊を下に落とすとハンドルを握る。
送ってもらう車内は、沈黙にならないように気を遣ってくれているのか、
ずっと一樹はしゃべり続けていた。
亜梨花も適当に相槌をうってうなずいて返す。
なんでもない世間話だったけれど、それは不思議と心地よかった。
そして亜梨花を家まで送り届けたとき、「じゃあまた」と言って握手を求められたが、さっきの『蚊』を潰したままの手のひらに触れる気持ちになれなくて、曖昧に微笑んで辞退した。
「また、連絡するね~」
一樹は満面の笑みを浮かべつつ、手を振りながら帰っていった。
ひとり暮らしだと知ると、あがりこもうとする男は多い。
だけど一樹はそんなこと言わなかった。
それだけでいいひとだとか、信用できるとかは思わないけれど、悪いひとではないのかなぁ、と漠然と感じていた。
那絵が好きになった一樹くんは、ものすごく庶民的な男の子だと思った。
もうちょっと身の回りとか自分自身を小ぎれいにしていたら、もうちょっと何とかなりそうな……。
「余計なお世話よね」
あれはあれで、きっと一樹の個性なんだ。
「……個性、だよね」
ちょっとだけ首をかしげつつ、亜梨花はアパートの階段をあがった。
それから2日後の夜、那絵から連絡があった。
「一樹くんにふられちゃった~」
電話の向こうで那絵は泣いていた。
「好きなひとがいるって言うの」
やっと一樹に告白する決心をして、勇気を出して告白したらしいけれど、あっけなく断られてしまったと、泣きながら那絵は言った。
「それって、亜梨花のことだって」
「ええっ!! わたし? まさか、1回会ったきりじゃん?」
驚いた。
「亜梨花に……ひと目ぼれって言うの。好きになったって。亜梨花のこと、飲み会に誘うんじゃなかったな」
確かに一樹からは、LINEも聞かれたし、また連絡するとも言われた。
だけど、だからって、好きになったなんて、ひと目ぼれだなんて。
それで、那絵をフルなんて。
「いいのよ亜梨花。一樹くんが亜梨花を好きでもいいの。一樹くんが幸せならそれでいい。好きなひとが幸せになるなら、その相手が私じゃなくても……」
那絵が電話の向こうで、言葉を詰まらせてる。
涙声になってる?
「一樹くんが幸せなら……いいのよ」
「ちょっと那絵……」
那絵は、一樹くんとお幸せに。と言って電話を切ってしまった。
お幸せにって言われても、わたしは一樹と「お幸せに」なれない。
好きでもないのに、幸せになんて出来るわけないのだ。
「もう、なんなのよー」
ため息と同時に通話を切ると、それとほぼ同時に玄関のチャイムが鳴った。
ドアスコープから外を見てみると、どこかで見た顔がのぞいていた。
「……うそ」
どう見ても、一樹だった。
亜梨花はそっとドアを開ける。
「元気?」
満面の笑みを浮かべながら、一樹が言った。
ふと見ると、一樹の背後にもうひとり。
「透弥と飲もうと思ってたんだけどさ、男2人で飲むより花があったほうが楽しいなって思って誘いに来たんだけど、どう?」
一樹の手にも、背後の透弥の手にも、コンビニの袋らしきものがぶらさげてある。
どうやらお酒とおつまみを買いこんできているようだ。
「うちで飲もうと思ってんの?」
「あ、それいいね!」
しまった。誘ってしまったように思われたかもしれない。
「おじゃましまーす」
「え、ちょっと……」
どうぞって言ってもいないのに、一樹が部屋に入ってこようとしたので驚いた。
「あ、ダメ?」
亜梨花の驚きを察したのか、一樹は玄関先で足を止める。
「ダメ……でもないけど」
一樹が持ってる袋の中の赤ワインが気になった。
夕食もまだだし、赤ワイン好きだし、それに那絵が言っていたことも気になる。
一樹が亜梨花のことを好きになったって言っていたこと。
その辺りの事情とか経緯とか、聞きたい気もしていた。




