【第19話】わたしはなぜここに来たのでしょう
休日、亜梨花はひとりで一日中を部屋で過ごした。
傾いてゆく太陽を窓から眺めながら、亜梨花は深いため息をついた。
四時半ごろ、なんの用か知らないけど功至が来た。
「透弥と別れたって、ほんと?」
いつもえらそうな態度の功至が、今日はえらく謙虚だ。
「良くそんな平気な顔出せたよね?」
自分がなにしてきたか、わかってんの?
「ごめん、すみませんでした! もうしないし、反省してる」
反省してようが、どうでもいい。
「だったら…」
功至が何か言いかけたとき、それをさえぎるように、亜梨花のスマホが鳴った。
見ると、涼からのLINEで、近くにいるからそっちに寄るって書いてある。
「ごめん、いまから会社の人が来るから帰って」
功至に言うと、誰って聞かれる。
「誰って、あんたが殴ってケガさせた人、彼が来るの」
功至の顔色が変わった。
「殴られたせいで、肩にひびはいったんだよね、そのせいで仕事に支障でちゃったんだからね!」
「……なのか?」
「え、聞こえない」
「好きなのか? あいつのこと。だから透弥のこと裏切ったのか!」
いつもの功至に戻った。
上から見下ろすように、詰め寄ってくる。
「好き、だったらどうするっていうのよ」
「クソっ!!」
功至が急に肩をガシっとつかんできた。
「おまえなんかっ!」
うわ、殴られるかも!!!
そう思ったとき
「なにやってんだよ!」
涼の声がした。
功至は振り向き、涼にいきなりつかみかかる。
「やめて! ケガしてんのよ!」
亜梨花が功至と涼の間に割って入った。
「どけよ! 邪魔だ」
功至は興奮状態だ。肩で息をしている。
「邪魔なのはどっちよ、あんたがどきなさいよね!」
「亜梨花、もうやめろ」
もう帰るから、と涼が言った。そして功至にも
「きみも帰りなさい」
びっくりするくらい静かな調子で、涼が言った。
興奮状態だった功至も、その様子に我に返った風で
「あ、俺……」
おとなしくなってた。
結局、涼はなにをしにうちに寄ったのか、わからないまま、翌日。
「高浜、ちょっと」
事務所で中原に呼ばれた。
「今月から1ヶ月、土日はシーモールの屋上行ってくれ」
「なにするんですか?」
「ああ、キャラクターショーの司会」
あの子ども相手にハイテンションでやる、あれか。
嫌だな…。
「嫌か?」
見透かされている。
「別のもあるけど、幸せの種配りに、お見合いパーティのコンパニオン」
「ああ…」
「…やる気、あるのか?」
「まあ…」
「仕事、選べる立場か?」
説教されるのかな、やだな。
「教会では桜井とトラブルになるし、いくらモデルだからって…」
うるさいなぁ…。
「聞いてるのか?」
「聞きたくありませんから」
「は? なに考えてるんだ?」
中原が立ち上がって、いまにもブチ切れそうな顔してる。
「やる気のないやつを雇ってるほど、うちも楽じゃないんだがな」
「だったら、やめます」
涙が出てきた。
「え、高浜、なに言って…」
「だって中原さん今…うう」
やばいし、涙が止まらなくなってきた。
上司の前で泣くなんて、
「なんだ、なにかあったのか?」
中原が少しおろおろして亜梨花のそばに来ると、ソファーに座るように言った。
「ほら、こっちで少し休みなさい」
とにかく落ち着いて、とコーヒーを淹れてくれる。
上司にコーヒーを淹れてもらうなんて。
こんなに立て続けに迷惑をかけても悪いかなって気持ちになってくる。
「桜井が言ってたけど、彼氏となんかあったのか?」
「すみません、私的なことを仕事に持ち込んでしまって」
亜梨花が謝ったとき、新しい仕事の案件が来たと中原がパソコンを見ている。
「収穫祭の仕事、どうだ? 行くか?」
ワインの試飲サービス。
「はい、行きます」
「OK、頼んだ」
亜梨花は中原に、失礼しますと言って部屋を出た。
ふとスマホを見ると、透弥からの着信履歴があった。
「え、透弥くん?」
あんなふうに別れたというのに、なんか用なのかな?
亜梨花は折り返してみた。
でも、電話はつながらなかった。
帰ってからも、何となく気になってしまって、何度もスマホを手に取ったり置いたりして迷ってた。
透弥とはもう無理って思いこもうとする反面、少しの可能性を捨てきれずにいる。
亜梨花はふらふらと立ち上がり、透弥のいる大学の寮まで行ってしまった。
何やってるんだろ、わたし。
こんなバカな行動。
だけど、気持ちが止められない。
「え、亜梨花?」
透弥は亜梨花を目の前に、一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに怒ったような表情になった。
「あのさ、俺いまからシャワーしようと思ってたんだよね」
「あ、ごめん」
タイミング悪すぎ。
「一緒にする?」
「え?」
「シャワー、一緒にしよっか」
透弥に手を引っ張られた。
「嫌、だ、ヤダ」
「ちゃんと拒めるんだ?」
透弥は笑うと、亜梨花を残してバスルームへ入ってしまった。
どうしよう、こんな玄関先で立ちっぱなしで。
シャワーを終わるの待ってていいのかな?
いや、待ってろとは言われてない。
帰るに帰れない状態で、立ったまま亜梨花は待ってた。




