【13話目】でも、なんでわたしから連絡するの?
納得してないと、なかなか行動に移せないものらしいことに、今さらながら亜梨花は気づいた。
どうして私から連絡取らなきゃいけないのよ。
考えてみれば、亜梨花も常に受け身だった。
男が好きだと告白してきて、付き合いが始まる。
中には、俺のこと好きじゃなくてもいいから、とりあえず付き合ってみようと言われて始まったこともあった。
好きじゃないのに付き合うのもどうかと思うけれど、相手がどうしてもと言うし、暇つぶしでもいいと言うから応じてただけなのに、だんだん相手の要求が大きくなる。
そうなると束縛や干渉がウザってなって、LINEの返事をするのも面倒になる。
もう俺が嫌いになった? なんて聞かれたらもうダメだ。
最初から好きじゃない、とも言えなくて「ごめんね」と言って終わりにする。
そんなことの繰り返し。
男なんか面倒なのだ。
面倒だから、いらないって思うのに……。
「ああ、イライラする!」
亜梨花は立って冷蔵庫を開けた。
そこには週末に飲む予定の赤ワインが入っている。
今日はまだ週末ではないし、明日もウエディングショーが入ってるけれど、飲まずにはいられない気分。
コルクを空けて、ワイングラスにワインを注ぐ。
キレイな色、おいしそうな香り。
それだけでも心が落ち着いてくるのがわかった。
ワインを飲み始めてすぐ、来なくていいのに一樹が来た。
「なんか用?」
思い切り不機嫌な顔で言ってやったら、一樹はひるんだ様子を見せた。
けれど、それは一瞬のことで、笑顔を作りながら手に持ったいつものスーパーの袋を亜梨花に見せた。
「ヤケ酒飲まねー?」
「ヤケ酒? 誰がヤケになってるって言うのよ!」
確かに不機嫌だけど、何で一樹にバレているんだろう。
「いいからいいから。ワイン好きだろ? あ、もう飲んでるのか?」
部屋の中を覗くようにして、強引に部屋に入ろうとする。
「入っちゃダメ。入っていいなんて言ってないんだからね」
「気にすんな。俺と亜梨花の仲じゃん。いまさら遠慮すんなよ」
「そこまで気を許してるわけじゃないし」
「そんな口尖らせてると、キスするぞ」
「え……」
「あ、ごめん。今のは冗談。引いたよな。悪い悪い」
悪いと言いながら、全く悪びれた素振りも見せず近づいて来る。
「ダメだってば! わたしの唇は高いんだからね」
一樹の身体を手で押しのけながら顔を背けた。
「高いってどれくらい? 身体で払うよ。って、いくら何でも悪乗りし過ぎ?」
笑いながら言う一樹は、どうやら本当に冗談で言ったりやったりしているらしいと思えた。
なので、亜梨花も少し警戒を緩めて、冗談に付き合ってみる。
「ふん、その身体じゃ無理ね」
「あ、言ったな? この身体の良さを知らないくせに。後でおつりあげるわって言われても受け取らねーからな」
「借金してもムリムリ、高級品なのよ、わたしは」
「そうか、じゃあ物は試しにやってみようか」
一樹がいきなりTシャツを脱いだ。
急に目の前に一樹の裸を見てしまい、かなり驚いた。
しばらくの間、その身体を凝視してしまう。
見惚れていたのとは、違う。
文字通り、亜梨花は固まってしまっていた。
「はは、マジに驚いてやがる。冗談だよ、冗談。彼氏のいる女に誰が本気で手を出すかって」
あはは、と笑って一樹は脱いだTシャツを頭から被る。
「そ、そんなのわかってるよ。誰が本気にするもんですか」
言いながら、心の中ではかなりドキドキしていた。
「そっか? 結構本気にしてたっぽかったけどな。顔赤くなってるし」
からかわれたようで、腹が立つ。
「バカにしないでよ。もう、帰ってよー」
勝手に玄関の中にまで入って来ていた一樹を追い出そうと、手を上げた。
けれどそれは、すぐに樹につかまれる。
「放しなさいよ」
「亜梨花さ、マジで隙ありすぎ」
「一樹くん、冗談だって言ったじゃない。手を出さないって言ったでしょ」
「そんな言葉、信じるなよ」
「ウソなの? 手を出すの?」
少しだけ真面目な顔をした一樹を、安易に信じた自分を悔やんだ。
「そりゃあさ、出していいって言うなら俺も男だし、下心ありまくりだし、こんな目の前に好きな亜梨花ちゃんがいたらさ、我慢にも限度はあるよ」
一樹は手を放してくれた。
目はまだまっすぐ亜梨花を見ている。
「わたし、透弥くんと付き合ったんだよ」
「知ってる。だから諦めようと思ってる。けどさ、功至にも聞いたんだけど、おまえら上手くいってねーって言うじゃん?」
また功至の名前が出てうんざり。
「透弥だって、自分から行けねーとか言って、亜梨花からの連絡待ってるばかりだしさ、そんなの本気で好きって言えるのかな、別れちゃえよ、透弥と」
一樹は本気だ、まだ諦めてくれてないのだ。
好きとか、別れろとか、そんなこと押し付けられても困る。
「だからって、透弥くんと別れたからって、一樹くんのこと好きになるか保証できないよ」
「いいよそんなの。わかってるよ。急に好きって言われるほうが信じらんねーよ。俺、待ってるからさ。亜梨花が好きになってくれるまで待つ」
「だから、さっきも言ったでしょ、待たれても困る」
「ああ、待ってても叶うかわかんねーけどさ。でも、先のことなんかわかんねーだろ? 亜梨花が気の迷いで俺を好きになってくれる可能性だって、ゼロじゃねーって思う」
気の迷いとか可能性ゼロとか、何言ってんの?
「でもさ、一番近くにいさせてくれないかな。一番の友達でもいいし、側にいたいんだ」
かなり真面目な告白なんだろうけれど、言葉が頭の中を素通りしてゆく。
申し訳ないけど、まったく心に響かない。
好きじゃないんだ。
と、亜梨花は思った。
「今日は帰るけどさ、また来るね。また来てもいい?」
「……うん。いいけど」
可能性がないなら、この場ではっきり断ったほうがいいのではなかっただろうか。
でも、この状況で「もう来ないで」とも言いにくい。
これって、流されていると言うことだろうか。
「なんか困ったことがあった時はさ、いつでも言えよな。おれはずっと亜梨花の味方でいたいし、遠慮なんかしなくていつでも呼んでいいしな」
「うん、ありがとう」
一樹は、持ってきたワインを置いて帰った。
ひとりで飲んでてって言われたけれど、飲んだらいけないような気が、なんとなくしていた。
スーパーにある1000円もしない安物ワインだけれど……。
これまでにも一樹は、スーパーに寄っては買い物をしてきて、ここでご飯を作ってくれた。
今日のように、ワインを持ってくることもあった。
一樹の好意に甘えていたけれど、かなりの金額を使ってきたのではないだろうか。
自分で貧乏だと言っていたし、壊れそうなアパートに住んでいる。
部屋の電気だって、まだ蛍光灯だったし。
車だって、お父さんのお下がりって言っていた。
わたしの世話を焼いてる余裕は、ないはずなのに。
好きでしてくれてることだろうし、気にしなくてもいいのだろうけれど、
改めて考えると、やっぱり気になる。
それに引き換え、透弥と言えば、何もしてもらってない。
これでは、どっちが彼氏かわからない。
亜梨花は、スマホを手に取り、透弥に電話をした。




