刺殺の夜4
6
解決編である。
「まず、1番不可解な点を挙げるとすれば、それは間違いなくこの床に落ちている『結束バンド』ということになるだろうか」東洲斎イエラは言う。
「私も結束バンドはおかしいとは思いましたが、それは犯人の最後の情けというか、自分の刺した人間が逃げ延びれる様に外したとか」
「現実的じゃないね。生き延びれる方法を与えるならそもそも、最初っから無傷で逃がしてあげれば良かったんだし、もし逆上でもされる可能性を考えていたというのなら、ナイフの一つでも少し先に置いてやって、それを這って掴み取る間にでも逃げれば良かった。逃げる事がギリギリできる体で、炎から這って逃げる姿を見たかったという残虐的な思考があったなら、犯人はその場にもう少し止まっていてカエラと鉢合わせになっていただろうし、蝋燭の時間の減りがあまりにも長すぎるはずだ」
「じゃあ、なんだって言うんですか。蝋燭の時間の減り、切られた結束バンド、ボヤ、刺殺体、これがどう繋がるっていうんです?」
東洲斎イエラは床に置かれた蝋燭をスタンドごと持ち上げる。
「犯人は蝋燭が10cm溶ける時間で、被害者に暴行を働いていたのだろう」
「え、暴行を働くって。いや、まぁ暴行する時間。例えば、何か証言を聞き出す為に拷問をしていたというのなら時間的な制約は無いと思いますよ。何もしないで数時間よりは余程現実的だと思います。けれど、何故それが否定的になったかと言えば、それは彼の体があまりにも綺麗だったからでは無いですか、それを言ったのはイエラさんでしょう?」
それともなんだろうか、この半身に火傷のある刺殺体の火傷の下のみに暴行をしてあって計画的に私が火を消し止めさせられたとでも言うのだろうか。それか、火傷の下のみにマッチで根性焼きの要領で火傷を作って、その後が無いとか。脅しの道具がマッチ数本だったとか。あまりに馬鹿馬鹿しい推理が浮かぶけれど、馬鹿馬鹿しすぎる為、言葉にはしない。
「綺麗な体、あぁ、そうだ。だから被害者は今、身体中が多数の打撲痕に塗れているだろう」
「被害者は綺麗でしょう。半身は火傷ですがその程度です」
「それが間違えているんだ。数時間、少しも抵抗しなかったはずはない。きつく手首と足首に結束バンドをしていた人間が、その手首と足首に一切の痕が残らないなんてそんな事は無いはずなんだ」
言われてみればそうだ。結束バンドは確かに使用されていて、切断されている。その割に被害者の体に使用された痕がない。
「待ってください、どう言う事ですか。これは被害者ではないと言う事ですか。では一体これは誰なんですか」
「被害者ではないと言うのなら、答えは自ずとそれしかないが、彼は『犯人』なんだろうね」
東洲斎イエラは犯人と言った。必然的にカエラの視線は刺殺体へと視線を向ける。少なからずあった、この刺殺体への憐れみの気持ちが揺らぎ、居場所を探し始める。
「犯人である彼は本当の被害者であるAさんを何処からか誘拐してきた、車はもっていたはずだ。けれど、ここにねぐらとして構えていた訳ではない。Aさんから何ならの情報を知る為に長期戦になる事は分かっていた。Aさんを誘拐し、結束バンドを装着して逃げられなくした後、この廃墟を見つけて、彼はここで数時間に渡って暴行を働いた。およそ、Aさんは情報を吐く事は無かった。蝋燭の通り、長期戦になっていたはずだけれど、それがAさんの狙いだった。犯人も人間だから長期戦になれば、目を離さなければいけない瞬間がやってくる。Aさんは武器を隠していた」
「それが凶器となったナイフという事ですね」
「犯人はそれを知らずに結束バンドを切り、戻ってきた犯人の腹部を刺した。そして、そのナイフを引き抜いて車のキーを犯人から奪い去り、車で逃走した」
カエラが車をそもそも見なかったのは、被害者Aがその車を出した後だったからで、車がここらに止められていた時間は長くても6時間ほどだ。発見したのが24時を過ぎたあたりだったから、もう辺りは暗くなっていた。上階層にいたイエラが気づかない理由も自然である。
「では炎はどうして起きたんでしょうか。それこそ、腹部を刺したAさんが態々火事を起こす理由なんて無いですよね。息の根を止める方法はあったし、刺殺以外の方法を探るのは無駄でしかない様な気がします」
「それは単純明快。火を起こす理由があったのはAさんではなかったという事だよ」
「どういう事です、まさかこの刺された犯人が自分の証拠を消し去るメリットがあったとかそういう事ですか。それこそ、私たちが触れる必要のない動機の所に触れると思いますが」
「いやいや、動機ではあれど、犯罪に対する動機ではないのだよ。腹部を刺された男、このシーハイニュータウンに住み慣れていたであろう男はこの状態になったらどうする。この街に警察はない、消防もない、そしてもちろん救急車も走る事はない」
「まさか、マッチの火で彼は焼灼をして傷口を止血しようとしたんですか」
「およそ、そうだろう。犯人であるのに口に当てがわれた猿轡の様な布切れを噛み締めて、彼は何度も何度もマッチの小さな火を傷口に当てて、止血を試みた。けれど、彼はその半ばで死亡した、手に持ったマッチは地面へと落下し、その火が床を焼き、火が広がった」
事件が繋がった。元占い師の目は真実だけを見る。東洲斎イエラ、そして彼女が在するこの部屋の中に文字が再度浮かび上がる。
「カエラ、合っているかな?」
私はもう一度、浮かぶ言葉を確認してから、それを言葉にした。
「はい、『解決』です」
東洲斎イエラは不敵に笑った。




