第99話 未来のかたち
試験掘削の準備は、思ったより早く終わった。ネレウスの関節部の点検、ケートス五機の動作確認、フォルキス三基の設置ポイントの最終調整。アビス号の人たちは本当に手際がよくて、俺はただチェック報告を確認しておけばよかった。
そういうわけで、早い時間帯に村の仕事に入ることが出来て、午前いっぱいで片付けた。温泉道の補修、畑の水やり、牧場の柵の点検。テラ・キャリアも順調に定期便で回ってくれて、物資の運搬に滞りはない。
昼下がり。俺は海中ドームの壁際に座って、ぼんやりと海を眺めていた。透明な壁の向こうで、小さな魚の群れが、光を浴びてくるくる回っている。
「ヨル、ちょっといいか」
「はい、なんでしょう」
「もし、鉱山開発が成功したら、俺たちは何ができるようになるんだ。具体的に、教えてくれ」
イヤリング越しに、ヨルが少しだけ間を置く。
「では、具体的に申し上げます。まず、金属の安定供給です。現在、我々の金属資材はゼウス号由来のものがほぼ百パーセントです。今後の人口増加次第では、不足する可能性は高いです。しかし海底鉱山が稼働すれば、鉄、銅、亜鉛、それに微量の金と銀が、多く手に入ります。
それによって、ウィンドリーフやテラ・キャリアの生産台数を増やせますし、より大型の輸送車両、たとえば本格的なバスやトラックも作れるでしょう」
「なるほど」
「インフラも変わります。水路を合金パイプに置き換えれば、漏水も凍結もなくなります。やはり、今の水路だとマメな改修がかかせませんからね。橋も、鉄橋にできます。より大型の発電設備も建設できるでしょう。ラズルグレナ電池と海洋エネルギーの併用で、電力網を都市全体に張り巡らせる、そういう規模の開発が可能になるのです」
「都市?」
「ええ。今現在は村と呼ぶべき規模ですが、都市計画を立てて、最初から配管と配線を組み込んだ建物を作っていきます。医療棟の拡張、学校、図書館、集会所、大規模な倉庫。それに加えて、海底ドームの増設も、ずっと楽になります」
ヨルは、そこで一度区切った。
「挙げればきりがありません。理論上は数万人が暮らす都市も建設可能です」
俺はヨルの言葉を、しばらく噛みしめていた。壁の向こうで、魚の群れが一斉に向きを変える。銀色の光が、さっと流れた。
「……なあ、ヨル」
「はい」
「俺は、あんまり大都会みたいにしたくないんだ」
「と、申しますと」
「地球にいたとき、俺はああいう街に住んでた。人が何千万人もいて、ビルが並んでて、電車が走ってて。便利だったけど、息が詰まることもあった。空は狭いし、星は見えないし、みんな忙しそうで」
ヨルは黙って、俺の話を聞いている。
「この星は自然が豊かだ。山があって、森があって、海があって、草原があって。夜は星がよく見える。風も気持ちいいし、土の匂いも好きだ。だから、鉱山開発で何でも作れるようになっても、その自然を壊してまで、開発なんてしたくない。てか、そもそもそういうのから離れて、この惑星に移住したんだしな」
「はい」
「便利さはもっと欲しいさ。でも、便利さを追求し過ぎるあまり、この星の良さを失いたくない。もっと、のんびりやりたい。規模より、居心地。速さより、快適さ。そういう村にしたいんだ」
言いながら、少しだけ、恥ずかしくなった。村の代表みたいな立場になって、こんなことを考えるのは、甘いかもしれない。でも、それは俺の本心だった。
「リヒトさん」
「なんだ」
「私は、あなたのその考えを、尊重します」
「・・・・・・そうか」
「ええ。技術は、何のためにあるのか。それは、人が良く生きるためです。数万人を収容する都市を作ることは、いずれ可能になるでしょう。ですが、それがリヒトさんの望む暮らしでなければ、というより住民が息苦しさを覚えるのなら、意味はありません。
私はあなたたちのサポートAIです。あなたが目指すものを、一緒に形にするのが、私の役目ですから」
その声は、いつもの淡々とした調子だった。でも、その言葉は、思ったよりずっと、胸に沁みた。
「ありがとう。心強いよ」
「どういたしまして」
壁の向こうで、魚の群れが、また向きを変えた。光が揺れて、ドームの中に細かな波の模様を落とす。しばらくその光を眺めていた。星が、海の底にも、ちゃんとあるんだな、と思った。
♢
「リヒトくん、どうしたの? ぼんやりして」
陽奈が、隣に座って、顔を覗き込む。
「いや、ちょっと、この先のことを考えてた」
「この先?」
「うん。鉱山ができたら、何ができるかなって」
「いろいろできるでしょ? もっと車も増えるし、家も増えるし、おっきな橋も」
「そうだな。でも、俺は、あんまり都会にはしたくないんだ」
「都会?」
「人が何千万人も住んで、ビルが並んでるようなやつ。地球みたいだろ」
「ああ、そういうの。うん、私も、あんまり想像できないな。だって、ここ、こんなにきれいなのに」
陽奈は、ドームの壁の向こうを見た。夕日が海を赤く染めている。
「星もよく見えるし。海も、山も、草原も。全部、そのままでいてほしいよね」
「ああ。だから、便利さは取るけど、自然は残す。ゆっくり、のんびり。そういう村にしよう」
「うん。それがいい。リヒトくんらしいよ」
「・・・・・・そうか?」
「そうだよ。だって、リヒトくん、昔からそういう人だったもん」
「どういう意味だ、それ」
「教室で、いつも窓の外、見てたでしょ。なんか、遠くを見てるみたいで。今分かった。きっとリヒトくん、あの頃から惑星コンスタンティアを見ていたんだね」
「いや、さすがにそのときは考えていたかは怪しいが・・・・・・」
とはいえ、陽奈の言い分にも一理ある。俺は、地球が合わなかったのかもしれない。
「てか、そう言う陽奈こそどうなんだよ。地球の生活、満喫していただろうが」
「うーん。確かにね。でもそれはそれ、これはこれ」
陽奈はくすっと笑って、それから立ち上がった。
「さ、明日、掘削成功するといいね」
「ああ。成功させる」
ドームの外で、アビス号の乗員たちが、最後の点検をしている。ネレウスが、ドックで静かに待機している。ケートスたちが、整列している。明日、俺たちは、この星の海の底で、最初の一歩を掘る。ゆっくり、慎重に。この自然を、ちゃんと残しながらやっていくのだ。




