第98話 海底開発計画
海中ドームの中央区画に、アビス号の船員を中心にして、集まる。テーブルの上に、ヨルがホログラムで海底の三次元地図を投影する。白い砂地、岩礁、亀裂、そして熱水噴出孔。トリトンとグラウコスが収集したデータが、克明に描き出されていた。
「これが、現在までに判明している、この近辺の海底の全容です」
ヨルの声が、ドーム内に静かに響く。
「水深二十メートルから五十メートルの範囲で、三箇所の金属鉱脈を確認しました。いずれも、銅、鉄、亜鉛を主成分とし、微量の金と銀を含みます」
俺は、ホログラムを手で操作し、鉱脈の位置を拡大した。三箇所のうち、最も浅い場所は、ドームから北へ約三百メートル。水深は二十五メートルほどで、海底が比較的平らだ。
「ここが、一番掘りやすそうだな」
「はい。この地点を試験掘削の対象とするのが妥当でしょう」
ヨルは、続いて別のホログラムを展開した。海底作業用マシンの設計図が、次々と浮かび上がる。
「アビス号のデータと、オケアノスの資材を照合しました。いくつか新しいマシンの設計図が出てきましたので、情報を共有しておきますね」
三次元映像が、海底作業用のマシンのものに切り替わる。
「たとえばこのヘカトンケイルというのは、多腕型掘削機です。鉱脈の本格的な掘削には適しています」
六本の腕が伸びている、蜘蛛を思わせるマシンの姿が映し出されている。
「それからこちらがフォルキスですね。定置型観測ステーションで、熱水噴出孔と鉱脈の継続観測を行います」
以下、いくつかのマシンの紹介をしていくヨル。
「まずは現在すでに存在しているネレウスとケートスをフル活用するのが基本的に良いでしょぅ。ですが、観測のためには定置型観測ステーション・フォルキスは早めに作っておいた方がいいかもしれません。本格的な掘削は、調査が完了し、環境評価が済んでからです。」
「待ってくれ」
大隅博士が、静かに手を挙げた。
「ヨルさんの提案は、よくわかる。だが、一つだけ言わせてほしい。海底の環境は、非情に繊細だ。一度壊れた珊瑚礁は、回復するのに何十年もかかる。熱水噴出孔の生態系は、かなり脆かったりする」
博士は、ホログラムの熱水噴出孔を指さした。
「ここには、地球のどの海にもいない生物がいる可能性もある。彼らは、この星の海で、何万年もかけて進化してきた。我々が、その営みを、たった数年で壊していいわけがない」
「もちろんです」
俺は、うなずいた。
「俺たちは、この星に住まわせてもらっている。勝手に壊す権利はない。だから、まずは調べる。どこに何があって、どこを掘れば影響が少ないか。それを、ちゃんと把握してからです」
「そうだな」
桐生船長も、口を開いた。
「我々アビス号の乗員は、この星の海を調べるために来た。開発のためじゃない。まずは、海を知ること。そして、この惑星で我々人類が、住み続けることだ」
「ヨル。ということだ」
「もちろんです。そもそも、この惑星コンスタンティアは、そういう資源開発のために選ばれたのではありませんからね」
俺はホログラムを操作し、試験掘削の範囲を最小限に絞る。
「まずは、この地点。ドームから北へ三百メートル。鉱脈の端っこを、少しだけ掘る。ネレウスで表面を削り、ケートスで亀裂の中を調べる。フォルキスを設置して、周囲の生態系を観測する。それだけだ」
「これだけで、たくさんのことがわかる。鉱脈の広がり、岩盤の硬さ、周囲の生物、水の流れ。次の段階に進むための、全部のデータが手に入る」
「なるほど。安全第一、ということですね」
「そうだ。安全と、環境と、それから、俺たちの生活。全部を天秤にかけて、一番いい方法を選ぶ。それが、俺たちのやり方だ」
大隅博士は、しばらく俺を見つめていたが、やがて、小さく笑った。
「君は、本当に、高校生か?」
「元、ですけど」
「そうか・・・・・・いや、失礼。君の判断は、正しい。我々は、君たちに学ぶべきことが、たくさんあるようだ」
♢
会議は、午後まで続いた。マシンの配備計画、試験掘削の手順、環境モニタリングの方法、緊急時の対応。アビス号の乗員たちが、それぞれの専門知識を出し合い、ヨルがそれを統合する。陽奈と葉月は、食料と水の補給計画を担当し、楓がすべての議事を記録した。
「リヒトさん、試験掘削の開始は、明後日にしましょう」
ヨルが、最終的なスケジュールを提示する。
「明日は、ネレウスとケートスの最終調整、それにフォルキスの設置準備に充てます。それに、村の方の業務もありますしね。明後日の朝、満潮時に合わせて、最初の掘削を行います」
「わかった。じゃあ、今日は解散だ。みんな、ありがとう」
「お疲れさまでした」
ドームの外では、夕日が海面を赤く染めている。アビス号の乗員たちは、それぞれの持ち場に戻り、準備を始めた。俺はドームの壁際に立って、海を眺めていた。陽奈が、隣に来る。
「リヒトくん、お疲れさま」
「ああ。長い会議だった」
「でも、いい会議だったよ。みんな、ちゃんと考えてるじやん。海のこと、村のこと、未来のこと」
「そうだな。だから、俺も、ちゃんとしなきゃいけない」
「うん。でもさ、一人で背負わないでね」
「もちろんだ」
陽奈は、ドームの透明な壁に手を触れた。壁の向こうで、小さな魚が、光の中を泳いでいる。
「ねえ、リヒトくん。この海、ずっとこのままでいてほしいね」
「ああ。そのために俺たちは、全力を尽くそう」
「うん。私も、頑張る」
ドームの中に、静かな夕日が差し込む。海の底に、新しい一歩が、確かに刻まれた。




