第97話 ネレウス
翌朝、海中ドームにはすでにアビス号の乗員たちが集まっていた。大隅博士を中心に、海底調査の準備が進められている。ドームの壁面モニターには、海底地形のデータが次々と映し出され、早見航海士はそれを見ながら、まだ探査していないところはどこか、吟味している。
「おはようございます、リヒトさん」
「おはようございます。準備は順調ですか」
「ええ。試作とはいえドームできたおかげで、調査の足がかりができました」
大隅博士が、目を輝かせて言う。
「博士。ちょっとお願いがあるのですが」
「何ですか?」
「俺、ネレウスの試運転をしたいんです」
俺は、ドームの一角に置かれた海底用パワードスーツを見た。全長二・五メートルと、タロスより一回り小さいが、その分、繊細な作業に向いている。腕部は関節が多く、手先にはドリルやマニピュレーターを交換できるアタッチメントが付いている。
「リヒトさん。いいですよ。ただ、事前の安全性チェックは、忘れないで。我々が眠っているあいだに、どこか損傷を受けているとも限りませんから」
「もちろんです。ヨル、チェックできるか?」
「すでに終えています。少なくとも、私の調べがつくかぎりでは異常は見受けられません。ですが、念のためにアビス号の整備担当の方にも、お願いしておきましょう」
「わかった。じゃあ、準備しよう」
♢
結局、人型パワードスーツ・ネレウスは、整備士が見ても、なんらおかしい部分はなかった。
ということで、俺は早速ネレウスに乗りこむ。
ネレウスの背部ハッチを開け、コクピットに身を滑り込ませる。タロスとは違い、操縦はマスタースレイブ方式ではなく、より直接的な操作系だ。両腕をスーツの腕部に固定し、脚部も然り。動かしたいように動かせば、スーツが追従する。
「起動します」
ヨルの声とともに、コクピット内のモニターが次々と点灯する。外部カメラの映像が映し出され、水中の様子が手に取るようにわかる。
「深度耐性は五百メートル。現在の深度は十五メートル。余裕ですね」
「よし、行くぞ」
エアロックを通り、海へと出る。水の抵抗が、全身に伝わる。だが、スーツの推進機がそれを補助し、思ったより軽快に動く。タロスより小さい分、機動力は高い。
「まずは、ドームの周辺を一周してみる」
「了解」
ネレウスで、ゆっくりと海底を歩き出す。砂が少しだけ舞いあがる。ドームの外壁に沿って進み、連結チューブの状態を確認する。どこも、問題はない。
「リヒトさん、前方の岩礁を見てください。あの岩盤の下に、何かがあるかもしれません」
ヨルが、モニターに印を付ける。
「わかるのか?」
「はい。トリトンのソナーが、岩盤の下に空洞を検出しています。もしかしたら鉱脈か、あるいは別の何かがあるかもです」
「よし、掘ってみるか。こいつの試運転も兼ねて」
俺は、ネレウスの右腕にドリルを装着した。先端が回転を始め、岩盤に当てる。キィン、という高い音が、水中に響く。ゴゴゴ、という震動と共に、岩が少しずつ削れていく。
「硬いな。でも、いける」
「この岩盤は、ケイ酸塩を多く含んでいます。もしかしたら、海底鉱脈の一部かもしれません」
ドリルを押し込み、さらに掘り進める。十分ほどで、岩盤に穴が開いた。中は、暗い。ネレウスのライトを当てると、キラリと光るものが見えた。
「これは・・・・・・!」
「金属鉱脈みたいですね。銅、鉄、それに微量の金も含まれています」
「金?」
「はい。ただし、含有量は少ないです。それよりも、この鉱脈の規模が重要です。この岩盤全体に、金属が広がっている可能性があります」
俺は、しばらく鉱脈を見つめていた。海底に、資源が眠っていると言う話。その現実の一端が、今垣間見えた。
「リヒトさん、一度、ドームに戻りましょう。詳しい分析が必要です」
「ああ。そうだな」
♢
ドームに戻ると、大隅博士が待ち構えていた。ネレウスから降りた俺は、採取した岩のサンプルを博士に渡す。
「これは、素晴らしい。銅の含有量が、地球の平均的な鉱石より高い。この鉱脈を開発すれば、村の金属資材は、もう心配いりません」
「本当か」
「ええ。それに、この岩盤の下には、さらに大きな鉱床が広がっている可能性もあります」
「やったな、リヒトさん」
早見航海士が、笑顔で言う。
「これで、海底鉱山の夢も、現実になりました」
「そうだな。でもまずは、調査を続けよう。どこに何があるか、ちゃんと把握してからだ」
「慎重ですね」
「性分なんだ」
しかし、まさか海底鉱山の可能性が、こんなに近くから出てくるとはな。もし上手くいけば、建築資材のレパートリーも飛躍的に広がる。
陽奈が、ドームの入り口から顔を出す。
「リヒトくん、おつかれさま。ネレウス、どうだった?」
「思ったより、動きやすかった。ドリルも使える。海底で、いろんなことができる」
「すごいね。私も、一度乗ってみたいな」
「ああ。操縦もすぐにできるから、やってみるといい」
「うん。楽しみにしてるね」
♢
その日の午後、俺は再びネレウスに乗り、今度はケートスを連れて海底を調査した。ケートスはアビス号に搭載されていた小型の多脚ロボットで、狭い場所や危険な場所での作業を担当する。ネレウスでは入れないような亀裂の中にも、ケートスなら入っていける。
「リヒトさん、ケートスが、亀裂の奥で熱水噴出孔を発見しました」
「熱水噴出孔?」
「はい。海底から熱水が噴き出しています。周囲には、独自の生態系が形成されている可能性があります」
モニターに、ケートスが撮影した映像が映る。白い煙のような熱水が噴き出し、その周りに、朱色や緑色のチューブワームのような生物が群生している。
「これは……!」
「地球の熱水噴出孔と似ていますが、生物の種類はまったく違います。私のデータベースにもありませんし、恐らく新種の可能性が高いです」
「大隅博士に見せてやらないと」
「はい。それと、この熱水噴出孔は、地熱発電にも利用できるかもしれません」
「地熱発電」
「はい。熱水の温度は約百五十度。十分な熱量です。ここに発電ユニットを設置すれば、海底ドーム全体の電力を賄えます」
「それは、ありがたい。でも、まずは調査だ。生態系を壊さないように、慎重にな」
「了解しました」
俺は、しばらく熱水噴出孔の周りを観察していた。チューブワームが揺れ、小さな甲殻類が這い回っている。この星の海は、まだまだ知らないことだらけだ。
「そろそろ、戻ろう」
「はい。本日の調査データは、すべて記録しました」
ネレウスをドームに戻し、ハッチを開ける。夕日が海面を通して、ドームの中に差し込んでいる。橙色の光が、水の揺らぎで細かく砕け、床に模様を描いていた。
「リヒトさん、おかえりなさい」
桐生船長が、迎えてくれた。
「どうでしたか」
「収穫がありました。鉱脈と、熱水噴出孔まだまだこれから調査が必要ですが」
「それはよかった。我々も、明日から本格的に調査を始めます」
「頼みます。海のことは、皆さんが頼りです」
「任せてください」
陽奈が、ドームの壁際に座って、海を眺めている。俺もその隣に座った。
「ねえ、リヒトくん」
「ん?」
「海底都市、楽しみだね」
「またそんなことを・・・・・・まだこれからだぞ」
「分かっているって。でもさ、どんどん色々なことが見つかっていくのって、楽しいよね」
「そうだな」
アビス号の乗員たちが、熱水噴出孔のデータを分析している。大隅博士が、興奮した声で何かを叫んでいる。早見航海士は、腕を組んでうなずいている。
この星の海は広く、深い。まだまだ知らないことばかりだ。だがそのすべてを、いつか、この村の力に変えていくのだ。それが、俺たちの仕事だ。そう静かに俺は決意する。




