第100話 試験採掘してみた
海中ドームは、いつもの朝より早く動き始めた。アビス号の乗員たちは、すでに準備を終えている。人型マシン・ネレウスはドックで最終チェックを受け、多脚型無人機・ケートスが五体、整列して待機している。
さらには強力な吸引器を備えた海中用収集マシン・カリュブディスが、ドームの外に繋留されている。
「リヒトさん、準備完了です」
そう告げるヨルの声は、心なしかいつもより少しだけ緊張しているように聞こえた。
「よし、行こう」
俺はネレウスの背部ハッチを開け、コクピットに身を滑り込ませる。両腕をスーツの腕部に固定し、脚部も然り。起動スイッチを入れると、モニターが次々と点灯する。
「深度耐性、五百メートル。現在の深度、十五メートル。全システム、正常です」
「ネレウス、発進」
エアロックを通り、海へ出る。朝の光が、水面を通して、細かな揺らぎとなって降り注ぐ。ドームの周りには、すでにケートスたちが展開し、周囲の安全を確認している。トリトン三機も、俺たちの上側から、状況を見守っている。
「目的地は、北へ三百メートル。水深二十五メートル地点です」
「了解」
ネレウスの推進機を静かに回し、海底を進む。白い砂の上を、ゆっくりと。ケートスたちが、周囲を囲むように追随する。十分ほどで、目的の岩礁に到着した。
「ここだな」
「はい。この岩礁の下部に、鉱脈が広がっています」
ネレウスのライトを岩礁に向ける。表面は、うっすらと海藻に覆われている。だが、その下に、確かに金属鉱物があるのだ。
「まずは、表面の堆積物を除去します。ケートス一号から三号、周囲の砂と海藻をどけてください」
ケートスたちが、六本の脚で岩礁に取り付き、器用に砂を掻き出す。海藻を切り払い、表面を清掃していく。十分ほどで、岩礁の表面が露出した。灰色の岩肌に、青緑色の鉱物が、脈のように走っている。
「これが、鉱脈か」
「はい。銅を主成分とする鉱石です。表面の品位は、なかなか良好です」
「よし、掘るぞ。まずは、ネレウスのドリルで、表面を少し削る」
「了解。ドリル、起動します」
右腕の先端に、超硬合金のドリルを取り付ける。先端が回転を始め、岩盤に当てる。キィン、という高い音が、水中に響く。岩が、少しずつ削れていく。白い粉が舞い、水の流れに溶けていく。
「硬いな。でも、いける」
ドリルを押し込み、さらに掘り進める。十分ほどで、拳ほどの穴が開いた。中をライトで照らすと、空洞上になっているようで、鉱脈はさらに奥へと続いているのが見える。
「リヒトさん、ケートスを投入しましょう。狭い場所は、彼らの方が得意です」
「頼む」
ケートス二機が、穴の中に入っていく。六本の脚で岩肌に掴まり、小型ドリルとグリッパーで、少しずつ鉱石を削り出す。削り出した鉱石を、口の部分で咥え、外へ運び出す。
「鉱石、回収は成功。品位、銅含有量約八パーセント。良好です」
「よし。カリュブディスを呼んでくれ」
「了解」
カリュブディスが、静かに近づいてくる。大型の吸引口を穴の前に置き、削り出された鉱石をごぽり、と吸い上げる。選別フィルターを通り、砂と鉱石が分離される。鉱石だけが、内部のコンテナに溜まっていく。
「カリュブディス、回収量、約五キロ。まだまだ、いけます」
「ペースは、このままでいい。焦るな。少しずつ、確実に」
「了解」
♢
作業は、静かに、慎重に進んだ。ネレウスで表面を削り、ケートスが奥を掘り、カリュブディスが回収する。時折、俺たちを見守ってくれているアビス号の乗員たちが、ネレウスの通信にアドバイスをくれる。
「リヒトさん、右の壁面、少し硬いです。ドリルの角度を、五度ほど変えてください」
「分かった」
「ケートス二号のいるその場所は、亀裂があります。掘る前に、周囲を確認してください」
「了解」
的確な早見航海士の指示が飛ぶ。さすがは深海のプロだ。俺一人では、こんなにうまくはいかなかっただろう。
昼前には、カリュブディスのコンテナが満杯になった。鉱石運搬潜水艇のケトが、静かにドームへと運んでいく。
「リヒトくん、頑張ってー!」
「応援しているわよー!」
陽奈たちの声が、通信越しに聞こえる。
「ありがとう、みんな」俺は礼を述べておく。「すごいね。もう、あんなに掘ったんだ」
「ケートスたちが、働き者なんだよ」
そして午後も、作業を続ける。少しずつ、鉱脈の全体像が見えてくる。岩礁の下に、東西に伸びる鉱脈。幅は、三メートルから五メートル。厚さは、一メートルほど。思ったより、しっかりとした鉱脈だ。
「リヒトさん、この鉱脈、まだ続いています。おそらく、あと数百メートルは」
「そうか。でも、今日は試験採掘だ。ここまでにしよう。日も傾いてきたしな」
「了解です。それでは、本日の作業を終了します」
ネレウスをドームに戻し、ハッチを開ける。体中が、少しだけ疲れている。だがその疲れは、心地良いものだった。
ドームの中では、大隅博士が、回収した鉱石を分析していた。
「素晴らしいですね。銅の品位は、平均で八パーセント。鉄も、十五パーセント。亜鉛は、五パーセント。これなら、十分に製錬に回せます」
「本当ですか」
「ええ。しかも、この鉱石は、硫化物系です。加熱すれば、比較的容易に金属が取り出せます。製錬所を作れば、数日で、最初のインゴットができるでしょう」
「製錬所で・・・・・・それを作るのは、ちょっと大変そうですね」
「はい。ただし、環境への影響を考えて、小規模な製錬から始めましょう。廃液や排ガスの処理も、きちんと設計する必要があります」
「分かりました。考えておきましょう」
桐生船長が、近づいてくる。
「リヒト君、お疲れさま。どうだった」
「順調、といって良いでしょうかね」
「そうか。・・・・・・あのな、リヒト君。一つ、提案がある」
「なんでしょう」
「この掘削作業、我々アビス号の乗員に、もっと任せてくれないか。君たちは、村のこともあるだろう。海のことは我々の専門だし、もっと頼ってくれ」
「ありがとうございます。基本はそういう方針でいきましょう。でも、俺も、やりたいんですけれどね」
「もちろんだ」
桐生船長は、少し笑った。
「君と我々とで、協力していけばいいさ」
「いいですね。そうしましょう」
陽奈が、ドームの入り口から、俺を呼んだ。
「リヒトくーん、ごはんだよ! 今日は、みんなで食べよう!」
「ああ、今行く」
ドームの中央に、簡易のテーブルが置かれ、料理が並んでいる。アビス号の乗員たちも、陽奈たちも、みんな一緒だ。俺はその輪に加わる。
「お疲れさま、リヒトくん」
陽奈が、スープを差し出してくれる。
「どうだった? 初めての掘削」
「緊張したけど、面白かったな。少しずつだけど、確かに、鉱石が出てくるんだ。鉱物の採掘なんて、初めてだしな。なんか、すごいことをしてる気がした」
「うんうん。すごいことなんだよ。だって私たち、一から文明を作ってるんだもん」
陽奈の言葉に、葉月が続ける。
「そうだよ。畑を作って、家を建てて、船を作って、海の底から金属を掘ってる文明の始まりだね」
「かもしれないな」
俺は、スープを一口飲んだ。温かくて、美味しい。ドームの外に映るのは、夕焼けの赤に満ちた、幻想的な海中の眺めだ。ドックでは、ネレウスとケートスたちが、静かに休んでいる。まずは製錬所を作らないとな。でないと、せっかく採掘した鉱物も利用すらできない。することはまだまだ増えていくばかりだ。だけれど、その状況が今はすごく居心地が良かった。




