第95話 オケアノス
午前中の畑仕事が終わり、昼食を食べているとき、ヨルからのその報告は届いた。
「リヒトさん、海中ドローン・トリトンが海底で大規模な人工構造物を発見しました」
「場所は?」
「大陸北東の少し離れた場所、水深およそ十五メートルのところです。ゼウス号のモジュールでしょう」
「おう、また発見できたな」
もう何度目かは分からないが、新しいモジュールが見つかったときは、ちょっとワクワクする自分がいる。
俺は、食事のスピードを少し上げる。
「すぐに行こう。小松さん、すみません。午後の作業は俺、参加できません」
「ええ、村長。いってらっしゃい。何かあれば連絡を」
小松さんは、和やかにそう言ってくれる。さて、昼食を食べたら、早速準備だ。
♢
俺がネプチューンに乗り込むと、陽奈、葉月、楓、雫が続いた。それに加えて、アビス号の桐生船長と、地質学者の大隅博士も同乗する。桐生船長は、どこか落ち着かない様子で、海面を見つめていた。
「まさか、ゼウス号のモジュール・・・・・・もしかして、あの形状は・・・・・・」
トリトンから送られてきた映像を見ながら、桐生さんはつぶやく。
「心当たりがあるんですか?」
「ああ。ゼウス号には、我々アビス号と合流してから、この星の海洋開発を行うためのモジュールがあった」
ネプチューンが潜航を始めると、透明度の高い海の中を、ゆっくりと降りていく。十五メートルは、浅い。すぐに海底が見えてくる。白い砂地の上に、横たわる影があった。
銀灰色の巨体が、海底に静かに着底していた。全長は二十五メートルほどで、幅は十メートルくらい。他のモジュールより、幾分か横に広い気がする。側面には、判読不能なかすかな文字と、波と三叉槍をかたどったエンブレムが刻まれている。下部の安定脚が、砂にめり込み、船体を支えていた。
「オケアノス・・・・・・無事だったのか」
桐生船長が、声を詰まらせる。
「このモジュール、オケアノスって言うんですか」
「ええ。あくまで、通称ですがね。私たちアビス号が使うはずだったモジュールです。海底ドームの建設資材、深海作業用の装備、資源探査装置、海洋エネルギーシステムなどなど、海洋関係の作業をするために必要なものが、入っています」
大隈博士が、解説してくる。
「了解です。とりあえず、引き上げましょう。このサイズだと、ネプチューンのアームでは無理でしょうし・・・・・・デミを使います。ヨル、頼めるな」
「はいです」
♢
「引き上げます」
ヨルの声に、俺はデミを構えた。
「モジュールの重量は、およそ六十トン。デミの重力制御で、モジュール全体を浮かせます。ネプチューンは、モジュールの上部に固定してください」
「わかった」
ネプチューンをモジュールの上部に着け、固定する。デミの重力制御フィールドを、モジュール全体に広げる。青白い光が、海中に満ちていく。モジュールが、ゆっくりと砂から離れる。砂が舞い、小さな魚たちが一斉に逃げ出すのが見えた。
「浮上、開始」
モジュールは、ネプチューンに曳かれるような形で、ゆっくりと海面へと向かう。十五メートルの距離を、慎重に、少しずつ。海面が近づき、陽光がモジュールの表面を照らし始める。
「浮上」
海面を割り、モジュールが姿を現す。波が、その周りで白く砕ける。俺は、そのまま浜辺へとモジュールを誘導していく。そして、ネプチューンを分離して、モジュールだけを砂の上に着地させた。ずしりとした重みが、大地に伝わる。デミの重力制御を解除すると、モジュールは静かに砂浜に鎮座した。
「着地、完了です」
ヨルの声が、そう告げる。安堵の念が、一同に広がる。
海洋モジュール・オケアノスのハッチを開けると、中はひんやりとしていた。空気は、乾いている。アビス号の乗員二名――桐生船長と大隈博士が、まず中に入り、装備を確認していく。
「これが、海底ドームのパネルか。話には聞いていたが、我々が持っていたのより、更に改良されているな・・・・・・」
大隅博士が、壁に設置されていた透明なパネルを撫でる。
「こっちには、深海用のパワードスーツがあるな」
桐生船長が、部屋の中央に吊り下げられていたパワードスーツを確認する。
「ネレウス、といったかな。人間が着用して、深度五百メートルまで作業できる。これがあれば、海底の調査も格段に進む。我々も欲しかったんだ、これは」
「それに、これを見てください」
博士が、別の区画から声を上げる。
「波力発電、潮力発電、温度差発電のユニットです。これがあれば、海から電力を取れます。海底ドームの電源は、これで賄える」
「ヨル、モジュールの全容をまとめれるか」
「了解です」
ヨルが、モジュール内の全設備をスキャンし、リストアップする。
「海洋開発区画オケアノス。主要設備は、海底ドーム建設キット、深海作業用装備、海底資源探査装置、海洋エネルギーシステムです。海底に恒久的な居住区を建設することが可能な資材はすべて揃っていますね。水深二十メートルから五十メートル程度の浅海域であれば、ドームを設置し、連結チューブで複数のドームを繋ぎ、理論上は海底都市を構築できます」
「おお、まじか!」
「はい。ですが、あくまで理論上です。現実問題として、海底の地形など様々な要素を考慮しなければなりませんからね。といっても、少しくらいなら建てることはできるでしょう」
すごいな・・・・・・ついこの間、海底都市なんて夢みたいな話だとか思っていたのに、まさかこんなものが発見されるとは・・・・・・
「リヒトくん。海底都市の夢は、結構早く来そうだね」
「みたいだな」
陽奈の言葉に、静かにうなずく俺。
「でしょ。私、けっこう本気だったんだよ」
「わかってるさ。俺も、本気でやるよ」
ふと頭に思い浮かぶ。海中に並び立つ、大小無数のドーム。そのひとつひとつに、人が住んでいる。そんな海底都市の夢は、そう遠からず実現するかもしれない。
ちょっと良い気分だった。




