第94話 肥料を作りましょう
アビス号の乗員を迎え入れてから、煌星村の人口は百八十人近くになった。そろそろ人口二百人が見えてきた。
「リヒトさん、ちょっとお話があります」
ヨルが会話を始める。
「現在の畑の面積と、ラズルグレナの培養量を計算すると、食糧生産量はいささか心許ないというのが、正直なところです。いえ、今現在の人数だけなら、ある程度の余裕をもって、養えるのですが・・・・・・今後いつ、村人が一気に増えるか分かりませんからね」
「そうか。やっぱり、もっと収穫を増やさないといけないかな」
「はい。そこで提案なのですが、肥料を開発してはどうでしょう」
「ほう。話を続けてくれ、ヨル」
「はい。現在、畑には堆肥とラズルグレナを直接混ぜています。しかし、より効率的な肥料を作れば、同じ面積でも収穫量を大幅に増やせるかと思います」
「なるほどな・・・・・・で、肥料を開発するって言っても、具体的にはどんな感じだ?」
「現状、私たちが取れる方法は、大きく分けて三つあります。一つは、ラズルグレナを発酵させて、より高濃度の窒素肥料を作ること。二つ目は、海底のミネラルを利用した肥料。三つ目は、家畜の糞尿を完全発酵させた有機肥料です。これらを組み合わせていき、より肥沃な土壌を目指しましょう」
「よし、とりあえずやってみよう。まずやれそうなのは、ラズルグレナの発酵からかな」
「それでは、スタートです」
♢
格納庫の外に、肥料開発用の作業スペースを作る。デミで発酵槽を三個作り、それぞれに異なる条件でラズルグレナを仕込む。ヨルの設計によれば、温度と攪拌の頻度を変えることで、異なる性質の肥料ができるらしい。
「まず、第一槽は、ラズルグレナの濃縮ペーストをそのまま発酵させます。窒素を多く含む速効性の肥料になります」
「第二槽は?」
「ラズルグレナと、家畜の糞尿を混ぜて発酵させます。窒素とリンのバランスが良く、効果が長持ちする肥料です」
「第三槽は?」
「ラズルグレナと海底から採取したミネラル泥を混ぜます。カリウムと微量元素が豊富で、作物の味と保存性を高める肥料になります」
ヨルの説明を聞きながら、まずは第一と第二の発酵槽にそれぞれの材料を仕込んでいく。陽奈と葉月も手伝いに来てくれて、作業は順調に進んだ。
「これ、どのくらいでできるの?」
陽奈が、発酵槽を覗き込みながら聞く。
「それぞれ約一週間ほどです。発酵が進むにつれて、匂いと色が変わります。それが完成の目安です」
「へえ。なんか、ワインみたいだね」
「発酵という意味では、似ていますね。でも、ちょっと違います」
♢
俺は海底ミネラル泥の採取にも取りかかった。ネプチューンに小型の採取アームを取り付け、浅瀬の底に堆積した泥を掬い上げる。
アビス号の大隅博士が、その泥の成分を分析してくれた。
「これは、素晴らしいですね。深海の堆積物には、カリウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、それに微量のレアアースが含まれています。特に、この泥に含まれるある種のケイ酸塩は、作物の細胞壁を強化し、病害虫への耐性を高める効果があります」
博士も太鼓判を押してくれる。
「つまり、いい肥料になるってことですか」
「はい。そして、効果はこれだけではありません。この泥を畑に混ぜれば、土壌の保水性と通気性が改善されます。乾燥にも強くなります」
「それは、ありがたいですね」
俺は、ネプチューンで何度も海底に潜り、泥を採取する。採取した泥は、天日で乾燥させ、粉砕してから発酵槽へと運び込んだ。
♢
そんなこんなで一週間後、第一槽内の肥料が完成した。蓋を開けると、濃厚なにおいが漂う。色は、濃い茶褐色。粘度は高い。
「これが、窒素肥料か」
「はい。薄めて、畑に散布します。即効性がありますので、成長の早い野菜に最適です」
さっそく、リーフレタスの畝に散布してみた。薄めた肥料を、じょうろで静かにまく。数日後、明らかにレタスが活き活きとし始めた。
「すごい、元気になってる!」
美玖が、畑を見て驚く。
「葉の厚みも増しているみたい」
「これなら、ちょっとやそっと、人数が増えても、冬を越せそうだな」
これからの収穫量を考えて、俺はほっと息を吐いた。
「はい。ですがリヒトさん、油断は禁物ですよ。より安定した供給を目指して、畑の面積をもっと拡大することを考えましょう」
「ヨル、ありがとう。お前の提案がなければ、そもそもこんなこと、考えつかなかった」
「いえいえ。私はただ、データを提示しただけです。実際に手を動かしたのは、リヒトさんたちです」
「そうかもしれないけど、ヨルがいてこそだろう」
ヨルは、少しだけ間を置いてから、静かに言った。
「ありがとうございます。リヒトさん」
夕方、俺は肥料の発酵槽のそばに座って、畑を眺めていた。陽奈が、隣に来て、腰を下ろす。
「肥料、すごいみたいね。こんなに変わるものなんだ」
「ああ。効果はまだこれからだが、きっと、土は応えてくれるさ」
「リヒトくん、前より、農作業が好きになったでしょ」
「かもな。最初は、食べるために仕方なくやっていた所はあったが・・・・・・今は、もっと美味しいものを、もっとたくさん生み出したい、て気持ちが強いかな」
陽奈は、しばらく畑を見つめてから、ぽつりと言った。
「ねえ、いつかさ。この星の作物で、お酒とか作れたりするのかな」
「果実酒は、この前作ったとか言ってただろう」
「そうじゃなくて。もっとちゃんとしたやつ。ワインとか、ビールとか」
「麦が収穫できたら、ビールは作れるかもしれないな」
「ほんと? 楽しみ」
「といっても、まだ先の話だろうな」
「わかってるって。でも、夢を見るのは自由でしょ」
畑の向こうに、夕日が沈んでいく。土の匂いが、風に乗って流れてくる。今日も、いい一日だった。




