第92話 海の世界
アビス号乗員を煌星村に迎え入れて、俺は温泉までの道の建設に戻った。
「今日は、できるところまでいくぞ」
「了解です、リヒトさん」
すでに測量は終わっていた。アルテミス三機が、資材の積み込みを終えて整列している。デミを抱え、まずは地面の掘削から始める。
道は、川沿いのルートを選んでいる。川幅の広いところを避け、森を抜け、岩場を迂回する。デミで土を削り、平坦にし、石を敷き詰める。側溝を掘り、雨水が溜まらないようにする。単純な作業だが、いかんせんけっこうな距離がある。一メートル一メートル、確実に積み重ねていくしかない。
「リヒトさん、この先に大きな岩があります」
「デミで砕こう。アルテミス、砕いた岩を運んでくれ」
夕方前には、温泉までの道は全体の半分ほど完成した。このペースなら、明日の夕方には全通できる。
「そろそろ日が暮れるな」
俺は、空を見ながら言う。
「ええ。今日はここまでにしておきましょう」
「そうだな。無理すると、ろくなことがない」
俺たちは道具を片付け、ヘルメスを操作して、煌星村へと戻る。
♢
帰還すると、村全体がざわめいていた。
広場に、長いテーブルがいくつも並べられている。料理が山のように積まれ、村人たちが、ぞろぞろと集まってきている。その中心で、小松さんが、何やら大声で指示を飛ばしていた。
「なんだ、これ」
俺が立ち止まると、ちょうど通りかかった水瀬さんが、にやりと笑った。
「歓迎会だよ。小松さんが始めたんだ。『アビス号の連中を、ちゃんと迎えなきゃならん』ってな。朝から準備してたんだと」
「朝から・・・・・・」
俺は、苦笑した。朝、俺が出発したときは、まだ何もなかったはず。そのあいだに、ここまで準備したらしい。
「リヒトさーん!」
美玖が、手を振りながら駆けてくる。その後ろから、ゆかりと萌奈も続く。
「お疲れさまです! 道の建設、進みましたか?」
「半分くらいだ。順調にいけば、明日で終わるだろう」
「よかった! あ、それより、アビス号の人たち、すごいんですよ!」
「すごい?」
「はい。海洋調査の話を色々と聞いたんですけど、この星の海のことがたくさんわかって。海底の地形とか、生物とか、資源とか」
「へえ・・・・・・具体的には、どんな話なんだ」
「海底に金属の鉱脈があるかもしれないとか。それと、深海に、光る生き物がたくさんいるって」
「そうか。ありがとう、詳しくは後で聞こう。まずは、飯だ」
「はーい!」
♢
歓迎会は盛大だった。テーブルには、牧場から届いた肉、ポセイドン号が捕った魚、ケレスが育てた野菜、それに、陽奈たちが仕込んだ果実ジュースまで様々な食事が並んでいる。アビス号の乗員たちは、最初は少し戸惑っていたが、村人たちの熱気に押されるように、少しずつ笑顔を見せ始めた。
「ヨル、こんなに食糧を大盤振る舞いで大丈夫なのか」
「はい。まだ備蓄に余裕はありますので。それに、こういうときは盛大に飲み食べすることこそが、皆さんの精神面において大きなプラスとなりますからね」
「そう、だな」
俺は、ようやく一息ついて、テーブルの端に座った。そこへ、陽奈が、グラスを二つ持って近づいてくる。
「お疲れさま、リヒトくん」
「ああ、ありがとう」
陽奈は、隣に座り、グラスを差し出した。
「温泉までの道、半分くらいできたって?」
「ああ。明日で終わりそうだ」
「すごいね。じゃあ、明後日には、みんながテラ・キャリアやウィンドリーフに乗って、温泉に行けるんだ」
「そうなるな」
「良かった!」
陽奈は、ジュースを一口飲んで、それから、ぽつりと言った。
「ねえ、リヒトくん。今日、アビス号の人たちから、話を聞いたんだ」
「どんな話だ?」
「海のこと。この星の海って、ものすごく深いところがあるんだって。千メートルとか、二千メートルとか」
「そんなに、か」
「うん。それで、深海には、光るクラゲがたくさんいるとか、巨大なイソギンチャクがいるとか、まだ誰も見たことのない生き物がいっぱいいるって」
「さっき、美玖たちからも似たような話を聞いたな」
「でしょ。あ、それじゃあさ、海底に鉱物の層が広がってるのも聞いたかな?」
俺はうなずく。
「地質学の博士が言うには、この星の地殻は、地球より金属に富んでるかもしれないんだって。それを使えば、もっといろんなものが作れるようになるかも」
「へえ・・・・・・つまり、海底鉱山か」
「うん。だからさ、わたし思うんだ。そのうち海底都市を作るのも、夢じゃないのかな、て」
「海底都市・・・・・・ドームで周囲を覆うような、感じの都市、か?」
「そうそう。それで、その中でみんなで暮らすの。実はアビス号には、そういう技術――実験的な海底での長期滞在用のドーム開発のデータが残っているんだって」
俺は、しばらく黙って考えた。巨大な資源が眠っている海底鉱山。それを採掘して加工して、やがて海底都市を創り上げる。大げさな話に聞こえる。だが、この星で、俺たちはもう、そんな大げさな話をいくつも現実にしてきた。デミで建物を設置して、ラズルグレナで電力を生み出し、大草原に牧場を作り、食料も賄えるようになり、医療棟を建てた。その延長線上に、海底都市がいつか出てきても、おかしくはない。
「悪くないな」
俺は海底都市の青写真を夢想する。
「でしょ?」
「でも、その前に、やることがあるよな。道を通して、温泉を整備して、それから鉱山を見つけて、採掘して、資材を増やして」
「わかってるよ。でも、夢くらい見たいじゃん」
「そうだ。夢を見るのは、自由だ。それに、早晩夢ではなくなるかもししれないしな」
俺と陽奈は、グラスを、そっと合わせる。
「まずは海底鉱山か。そのうち、ネプチューンで見に行こう」
「うん。いつか、必ず」
夜風が、調理場の灯りを揺らす。アビス号の乗員たちの声が、村人たちの笑い声に混ざっていく。明日も、やることは山積みだ。それでも、今夜は、この賑やかさに、静かに身を委ねていたかった。




