第91話 覚醒と対話
三十九基の冬眠ポッドが並ぶ部屋で、俺たちは静かに作業を始めた。ヨルの指示に従い、ポッドの外部コンソールにアクセスし、覚醒シーケンスを起動する。一つずつ、慎重に。
最初のポッドが、静かに蓋を開いた。白い蒸気が漏れ出し、その中から、一人の男がゆっくりと身を起こす。四十代半ば、がっしりした体格で、短く刈った髪に、日焼けした顔。
「・・・・・・ここは」
かすれた声で、男がつぶやく。焦点の合わない目が、徐々に俺たちを捉える。
「大丈夫ですか。ゆっくりで構いません」
俺が声をかけると、男は何度かまばたきをし、それから、はっきりとした声で言った。
「君たちは・・・・・・救援隊か」
「いえ。俺たちは、ゼウス号の生存者です」
「なに?」
男の目が、見開かれた。
「ゼウス号は、大気圏突入時に爆散しました。俺たちは脱出ポッドで、この星に不時着したんです」
男は、しばらく黙っていた。それから、深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。まだ足元はおぼつかないが、背筋はまっすぐだ。
「私は、アビス号船長の桐生だ・・・・・・君たちが、ゼウス号の生存者だと? では、救援隊は?」
「まだ来ていません」
「そうか・・・・・・」
桐生船長は、隣のポッドを見た。ちょうど、二つ目のポッドが開き、中から三十代の女性が出てくるところだった。
「早見、聞こえたか」
「ええ、船長」
「ああ。どうやら、我々の待っていた救援はまだ来ていないらしい」
早見と呼ばれた女性は、俺たちを見回し、それから、静かにうなずいた。その服には「航海士」の文字が見えた。
「あなた方が、この星で生き延びてきた人たちですね」
「はい。俺はリヒト。普段は煌星村という集落で、百四十人ほどの暮らしを支えています」
「百四十人・・・・・・ゼウス号の生存者が、そんなに集まっているのね」
「はい。主に大陸を中心にして、暮らしています。食料も水も、自分たちで作っています」
「なんと・・・・・・すごいわね、あなたたち」
早見さんは、感心したようにそう言う。
♢
次々とポッドが開き、乗員たちが目覚めていく。海洋学者、技術者、観測員。二十九名、全員が無事に冬眠から覚めた。彼らは皆、最初は俺たちを救援隊だと思い込み、そして、事実を知って、静かに受け入れた。
「我々は、ゼウス号の到着を待っていた」
桐生船長が、落ち着いた声で説明を始めた。
「この星の海洋調査を終えたあと、ゼウス号と合流する予定だった。だが、ゼウス号が思わぬ事故に遭い、方針を変えた。救援隊が来るまで、冬眠して待つことにしたんだ。この艦の電力と生命維持装置は、長期の冬眠に耐えられるように設計されていたからな」
「相当な耐久力みたいですね」
「ああ。アビスは、もともと深海長期調査のために作られた艦だ。予備電力も、酸素供給も、かなりの量は積んでいる。冬眠ポッドも、故障一つ出なかった。少なくともあと数年は持っただろう」
桐生船長は、そこで言葉を切り、まっすぐに俺を見た。
「リヒト君、だったな。君たちは、この星で、どうやって生きてきた」
俺は、話した。遭難した日のこと、ポッドで目覚めたこと、陽奈と二人で始めた生活。デミを見つけ、ヨルと出会い、畑を作り、家を建て、水を引き、漁をし、牧場を作り、医療棟を作り、百四十人になったこと。すべてを、順番に。
桐生船長も、早見さんも、他の乗員たちも、黙って聞いていた。時折、顔を見合わせ、驚きの表情を浮かべながら。
「・・・・・・信じられん」
俺たちの話が終わってしばらくしてから、桐生船長が、ようやく口を開いた。
「たかが高校生が、そこまでやったのか」
「俺一人じゃないです。仲間がいて、頼りになるAIがいて、万能機械がいて。それに、他の生存者たちが加わってくれたから」
「そうか・・・・・・君たちは、すごいことを成し遂げたんだな」
♢
俺は、アビス号の乗員たちに向き合う。
「皆さん。正直、俺の判断で冬眠から勝手に起こしたことは、申し訳なく思います。なので、皆さんが望むなら、このままアビス号に残り、再び冬眠して救援隊を待ってもらっても構いません。アビス号の安全は、俺たちが最大限守ります」
乗員たちは、黙って聞いている。
「もう一つの選択肢は、俺たちの村に来ること。煌星村には、まだ空き部屋もあります。増築もすぐにできます。食料も水も、電力も、ちゃんとあります」
「つまり冬眠をしない、ということか」
「はい。この星で、一緒に暮らすんです」
桐生船長は、しばらく黙っていた。それから、早見航海士と、他の何人かの乗員と、静かに話し合いを始めた。声は聞こえなかったが、表情は真剣そのものだった。
やがて、桐生船長が、こちらを向いた。
「リヒト君」
「はい」
「結論から言おう。我々を、君たちの村に住まわせてほしい」
「・・・・・・いいんですか? 冬眠して、救援を待つという選択も、あったはずですが」
俺は、念を押す。
「ああ。だが、ここで眠り続けるより、君たちと一緒に生きる方が、ずっと意味があるというのが、皆の総意だ。それに」
桐生船長は、少しだけ笑った。
「君たちの話を聞いて、我々も、何かを作りたくなった。この星で眠るのではなく、生きていくことを選びたい」
「わかりました。歓迎します」
俺は、右手を差し出した。
「ようこそ、煌星村へ」
桐生船長は、その手を、しっかりと握り返した。
♢
こうして、三十九人の新たな仲間が、煌星村に加わった。船長の桐生さんをはじめ、航海士の早見さん、海洋学者の大隅博士、技術者の沢渡さん。皆、それぞれの専門分野を持っている。海洋調査の知識、船の操縦、深海のデータ、それに、この星の海のことを、彼らは誰よりも知っている。
「これで、村人は百七十人近くになるな」
俺がつぶやくと、小松さんが笑った。
「また、忙しくなりそうですね」
「ああ。でも、それがいい。人が増えれば、できることも増える」
アビス号は、まだ浜辺に停めたままだ。だが、その船体も、いつか役に立つだろう。きっと、俺たちの村の新しい力になる。
俺は空を見上げた。時刻はまだ昼。雲が、ゆっくりと流れている。今日もやることは山積みだ。まずは温泉の道の建設の再開だ。その前に、新しく加わったメンバーを、村に連れて行かないといけない。
「さあ、帰ろう。煌星村へ」
「はい!」
乗員たちの声が、一帯に響いた。




