第90話 発見
その夜のうちに、俺は温泉施設の改善を終えた。万能工作機械デミの力たるや、改めてすごいものだと感じる。
翌朝、俺は早速、温泉までの道路建設に取りかかる。川沿いのルートはすでに選定済みで、デミで地面を削り、石を敷き詰めていく。アルテミスにも協力してもらい、岩を取り除き、側溝を掘ってもらう。この道が通れば、煌星村からテラ・キャリアで三十分ばかりで着くようになるはずだ。
「リヒトさん、もう少し道幅を広げましょう」
手伝いに加勢してくれている小松さんが、そう提案する。
「そうだな。あと一メートル広げるか」
「助かります。ウィンドリーフでも行くことを考えると、細いのは危ないんで」
俺がデミの出力を調整していると、ヨルの声が、いつもと違う緊張を帯びて、耳に届いた。
「リヒトさん、緊急報告です」
「なんだ?」
「アルゴスが、北東の海岸線で、潜水艦を発見しました」
俺は、手を止めた。
「それは本当か?」
「はい。北東の入り江に打ち上げられるようにして停泊しています。船体は損傷が少ないです。船体に刻まれた識別番号から、ゼウス号に先行して派遣されていた海洋調査艦『アビス』であることは間違いありません」
アビス。話に聞いていた潜水艦は、そんな名前だったのか。
「全長約六十メートル。乗員は約四十名。本来ならゼウス号到着後に回収される予定でした」
「乗員は・・・・・・冬眠ポッドに入っているのか」
「はい。アルゴスのスキャンによると、低温状態で横たわった人影が多数確認され、船内のポッドで眠っている可能性が高いです。ただし、正確な確認はできていません」
「よし、行くぞ」
俺は、立ち上がる。
「温泉道の建設は、いったん中断だ。小松さん、力仕事のできる人を何人か集めてくれ。ヘルメスで行きましょう」
「了解です、リヒトさん」
♢
ヘルメスを背負い、格納庫の前に集まったのは、俺を含めて八人。皆、慣れた手つきでハーネスを締め、ダクテッドファンを起動させる。
「行き先は北東の入り江。距離は約四十キロ。約三十分ほどで到達します」
「了解です」
「ついてきてください。無理はしないで、高度は百五十メートルで揃えます」
俺は先頭に立ち、空へと舞い上がった。後ろから、七つのヘルメスが続く。風が強く、海が近い。草原を抜け、森を越え、海岸線に出る。波が、白く砕けている。
「あれだ」
ヨルの示す先、入り江の奥に、それは横たわっていた。
銀灰色の船体。流線形の船首。船尾には、かすかに識別番号が刻まれている。打ち上げられた浜辺には、ところどころに海藻が打ち寄せられ、船体の表面には、うっすらと塩の結晶が浮いていた。損傷は、ほとんど見えない。船体は無傷に近いようだ。
「これが・・・・・・アビス号」
小松さんが、息を呑む。
着地すると、俺たちは船体に近づいた。全長六十メートルは、思っていたよりずっと大きかった。表面の合金は、ゼウス号と同じ規格のようだ。ところどころに海洋調査用の装備があり、側面には小さな観測窓と、大型のサンプル採取装置の格納口があった。
「ハッチはどこだ?」
「船体の後部、上部デッキにメインハッチがあります。非常用の手動開放ハンドルも確認できます」
「よし、行くぞ」
俺たちは、船体に沿って歩き、後部のデッキに回り込んだ。ハッチは、思ったよりしっかりと閉まっているが、錆びなどはない。手動ハンドルを回すと、かすかな抵抗のあと、空気の漏れる音がして、ハッチがゆっくりと開いた。
アビス号の中は、薄暗く、ひんやりとしていた。非常灯が静かに灯っている。空気は、乾いていて、少しほこりの匂いがした。
「電気は、まだ生きてるのか」
「はい。補助電源は無事のようです。空調も最低限、動いています」
俺たちは、慎重に中へと足を踏み入れた。通路は狭く、しかし整然としている。壁には、船内の見取り図が貼られていた。機関室、観測室、居住区、医療室、そして、格納庫。
「まず、一番近くの格納庫を見てみよう」
通路を進み、隔壁を二つ抜けると、広い空間に出た。天井が高く、四方の壁には工具と予備パーツが並んでいる。そして、その中央に、全長二メートルほどの、人型の影が静かに立っていた。
「これは、タロスか?」
「いえ。似ていますが、別の機種です。ゼウス号のタロスより、一回り小型で、より海中の作業用に特化したものです。船外活動用の大型人型マニピュレーター『ポセイドン・アーム』でしょう」
ヨルが、淡々と解説する。
「腕部はより繊細で、海中でのサンプル採取や観測機器の設置に適しています。ですが、駆動系の基本設計はタロスと同じです。解析すれば、我々のタロスと互換性のあるパーツも作れるでしょう」
「これは、収穫だな」
「はい。ですが、それよりも」
ヨルの声が、淡々と続ける。
「そこから奥の部屋に入れます。おそらく、冬眠ポッドが並んでいます」
俺たちは、足早に通路を進み、奥の隔壁を開ける。そこは、大きな部屋だった。壁に沿って、円筒形のポッドが、二列に並んでいる。数はそれぞれの列で二十ほどか。
「これが、冬眠ポッドか」
「はい。全部で三十九基ですね。三十九基すべてに生命反応があります」
「生きてるのか」
「はい。全員、冬眠状態ですが、生命維持装置は正常に機能しています。今すぐにでも、目覚めさせることができます」
俺は、静かにポッドに近づいた。透明な蓋の内側に、人の姿が見える。若い男、年配の女性、制服を着た乗員。皆、静かに眠っている。その顔は、穏やかだ。この星の海を調べるために来て、ゼウス号を待って、そのまま、眠りについたのだ。
どうするべきだろうか。いま、この人数を村に受け入れられるだろうか。食糧、居住施設、その他諸々のキャパシティは充分だろうか。
「ヨル。この人たちを起こして、村は大丈夫か」
「・・・・・・はい。食糧については、備蓄食糧も利用すれば、約四十人増えても、二ヶ月は保つ計算です。居住施設については、空きスペースの利用と、デミによる高速建設を駆使すれば、なんてことはありません」
「リヒトさん、これ見てください!」
部屋の奥を調べていた、小松さんが声をあげる。
「どうしましたか?」
「こっちの部屋、携帯食糧庫です。すごいな・・・・・・これは、四十人分でも三ヶ月はあるんじゃないかな・・・・・・」
どうやら、この人たちを目覚めさせることに、問題はなさそうだな。
「起こそう」
俺は、静かにそう言う。俺たちより前にこの惑星コンスタンティアに来た人たち。ちょっと、話を聞いてみたかった。




