第89話 試作温泉
翌朝。朝食時、陽奈たちに温泉視察の結果を話した。案の定というか、陽奈は飛び上がらんばかりに喜び、他の連中も「久しぶりにゆっくり湯に浸かりたいわね」とかしみじみに言うのだった。
「でも、その前に整備が必要だ。今のままじゃ、ただの野天の窪地だからな。通っている道もないし、脱衣所もない」
「じゃあ、作るの? 温泉施設を」
「ああ。今日は、そこまですることはないからな。早速やろう。大丈夫だ、俺ひとりで出来るから、みんなは村の業務を頑張ってくれ」
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まずは資材運搬だ。デミの重力制御フィールドを広げ、煌星村の格納庫から木材と合金パネル、その他諸々の建築資材を浮かべる。一度にすべては運べないが、何回か往復を繰り返せばいい。午前中だけで、必要な資材の大半を温泉地の斜面に運び終えた。
「リヒトさん、男女の湯を分けますよね?」
「ああ。混浴というわけにもいかないしな。男湯と女湯、それぞれに湯船を作ろう。仕切りは木の壁でいいだろう。高さは三メートルくらいかな」
「了解しました。では、設計しましょう」
ヨルの設計図が、端末に浮かび上がる。男湯と女湯、それぞれに脱衣所、洗い場、そして湯船。湯船は、元の岩のくぼみを活かしつつ、縁を石材で補強する。排水は、自然の勾配を利用して川へ流れるようにする。できるだけ、自然の地形を壊さないようにするのが方針だ。
「いいな。これでいこう」
昼過ぎまでに、脱衣所の骨格は完成した。午後には湯船の補強、そして休憩所の小屋も建てる。
そうして夕方、ついに温泉施設が完成した。
「やりました! リヒトさん、さすがです」
「いや、ヨルとデミのおかげだけれどな」
そう言いつつも、完成した温泉施設を眺めていると、感慨深い気持ちになってくる。休憩所の小屋、最初のときとほとんど変わらない露天風呂もあれば、簡単な屋根と壁で囲った屋内風呂もある。だが、すべて天然温泉だ。 よし、これでひとまずはよかろう。では早速、試験だ。
♢
「それじゃあ、まずは試しに入ってみてくれるか? 陽奈、葉月、楓、雫、来てくれ」
「やったー!」
「待ってました」
「温泉・・・・・・」
「ゆっくり浸かりましょう」
女湯の脱衣所には、木の棚と、デミで作った籠が並んでいる。タオルも用意した。俺は男湯の方に入る。自分で作っておいて何だが、湯船は想像していたよりずっと立派な印象を受けた。
岩の縁が石で補強され、底には滑り止めの砂利が敷かれている。湯に手を浸すと、温かくて、気持ちがいい。湯加減もばっちりだ。
「じゃあ、浸かるか」
一人で湯に浸かる俺。隣の女湯との間に張られた壁から、声が聞こえてくる。
「わあ、気持ちいい!」
「ほんとにいい湯ね」
「温度、ちょうどいいです」
「底の砂利が、ちょっと足に当たるけど、それもまたいいわね」
しばらくして、陽奈の声がした。
「リヒトくーん、聞こえる?」
「ああ、聞こえる」
「こっち、すごくいいよ! でも、ちょっと改善した方がいいところ、いくつかあるかな」
「なんだ? 遠慮無く言ってくれ」
「うん。まず、脱衣所がもう少し広いほうがいい。今のままだと、四人でいっぱいになっちゃう」
「あら、そうだったか。了解、増築する」
「それから、洗い場も欲しいわね。体を洗ってから湯に入りたいもん」
「あ、それは盲点だったな。いかんせん、夜船に浸かることしか考えていなかったから・・・・・・あとで、石の台と、桶を用意しよう」
「湯船がちょっと深いかもね。こどもとかが入ると、ちょっと危ないから、あと十センチくらい浅くして欲しい箇所があるかな」
「わかった。調べて、調節しよう」
「それから、休憩所にもっと椅子が欲しいわね。あと、飲み水も」
「おっけ、そこもやっておくよ」
「私は、脱衣所に鏡が欲しいですね。身支度ができるように」
「了解、鏡は作成できるよな、ヨル」
「はいです。資材モジュールにありましたよ」
「よし、全部、覚えた。明日、すぐに手を入れる」
「ありがとう、リヒトくん!」
「ほんとに働き者ね」
女湯から、笑い声が聞こえる。俺も、理由もなく笑ってしまった。そして、湯に深く浸かりながら、思う。みんなが気に入ってくれた。それだけで、作った甲斐があった。改善点の指摘も、むしろありがたい。
「なあ、ヨル」
「はい?」
「ここ、本当にいい場所だな」
「ええ。自然の恵みを、そのまま活かした施設になりました。でも、まだまだ改善の余地はあるようですが」
「ああ。少しずつ良くしていこう」
「賛成です」
山の湯に夕日が差し込んできた。光を受けた湯気が、きらめきながらゆっくりと空へ消えていく。隣の女湯からは、まだ楽しそうな声が続いていた。
さて、陽奈たち女子連中の指摘した改善点。今夜中には、なんとかできそうだな。




