第86話 日常に戻る
朝日が部屋に差し込み、俺は目を覚ます。体のあちこちが、昨日の海遊びの名残りの疲れを、ほんの少しとどめているように重い。しかし、それでも、気分はすっきりしていた。
身支度を整えて調理場へ向かうと、すでに女子たちが朝食の準備を始めていた。今朝は、昨日のバーベキューの残りを上手に使った、軽めの献立らしい。
「おはよう、リヒトくん。よく眠れた?」
陽奈が、木の皿に果実を盛りながら振り返った。
「ああ。遅くまで起きてたわりには、眠れたよ」
「ほんと? 目の下、ちょっと隈できてない?」
「それはお前もだろ」
「え、うそ! はづ、ほんと!?」
葉月が、ちらりと陽奈の顔を見て、肩をすくめた。
「大丈夫よ。てか陽奈、あんたぐっすり眠ってたじゃないの」
「え? そうだっけ」
「一緒に寝ようよー、てわたしの部屋に来て、喋っているうちに、すぐに眠りに落ちたでしょ」
朝の空気の隅々に、昨日の余韻がまだ色濃く残っていた。皆の肌も、少しだけ赤く焼けている。
「今日は、もう大陸に帰るの?」
萌奈が、焼いた芋を手に、名残惜しそうに言った。
「ああ。煌星村に戻って、やらなきゃいけないことはあるしな。でも、充分に遊んだだろ?」
「うん、わたしたちはいいんだけれど・・・・・・リヒトさんこそ、昨日一日の休みで良かったの?」
「気遣い、感謝するよ。でも大丈夫、一日で充電満タンだ」
そばで会話を聞いていたゆかりが、「また、みんなで遊びましょうね!」と元気よく言う。
「もちろんだ。今度は、二泊くらいするか」
「二泊! いいですね!」
♢
さて、帰還の時間だ。
オデュッセイア号の艦橋に、俺たちは乗り込む。
「それじゃあ、創星村。またな」
「リヒトくん、しんみりし過ぎだよ」
「そうよ。というか、資材の運搬とか、作物の収穫とかで、数日に一回は、来ているでしょ?」
雫が、ごもっともな突っ込みを入れる。
元々、俺たちの生活の始まった創星村。いまは、大陸の拠点がメインになっているが、またここが中心になる日は来るかもしれない。
葉月が、手すりに寄りかかって海を見る。
オデュッセイア号はゆっくりとアクアベースを離れる。
島が、少しずつ遠ざかっていく。。
「・・・・・・いい島だな」
俺がそうぽつりと漏らすと、隣の陽奈が応じる。
「うん。わたしさ、最初にあの島に漂着して、本当に良かった、て思う。はづとも・・・・・・そしてリヒトくんとも会えたしね」
その声は、どこか嬉しいような、気恥ずかしいような色彩を帯びていた。
「ああ。俺も、最初に出会ったのが陽奈で良かったって、心の底から思うよ」
「え? 本当・・・・・・」
「ああ、もちろんだ」
「・・・・・・ありがと」
陽奈が、ほんのりと顔を朱に染めて、海に視線を逸らす。
朝の太陽が、今日も優雅に輝いて海を照らしている。
♢
「リヒトさん、おかえりなさい!」
煌星村に戻ると、何人かの村人が出迎えてくれる。
「おう、ただいま。変わったことはなかったか?」
「ええ、概ね順調です。ただ、やってもらいたいことは多くて・・・・・・」
「おう、任せておけ」
「デミちゃん、こっちが持っていっていたからね。色々と皆さんだけじゃ出来ていないことも多いはず」
俺たちはするべきことをひとつ、ふたつ、と確認する。牧場の柵が壊れたらしいので、その補修。それから、食糧確保のための農地の水路の拡張。エネルギーモジュールの配電確認。人数は増えているので、することは多い。
「色々と煩雑だが、ひとつずつ片付けていくぞ」
「すみません、せっかくの休み明けなのに」
「いいですよ」
「リヒトくん、私、畑の方を回るね」
「私は牧場の柵を確認してくる」
皆が、それぞれやることをするべく、持ち場へと散っていく。昨日、海で遊んだのと同じ仲間たちが、今日は、開拓者としての顔で動き出す。その切り替えの速さが、俺は、少し誇らしかった。
「よし、やりますか」
俺もデミを手に、まずは水路へと向かう。拡張工事は、今日一日頑張れば、ひとまず終わるだろう。だが、牧場の柵の様子も見とかないとな。さあ、仕事開始だ。




