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第84話 夜の宴


 夕日が海の向こうへ沈みつつある。俺たちは浜辺で焚き火を囲んでいた。


 俺たちの体は、海水浴で心地よい疲れに満ちていた。そんな体を、揺らめく炎がじんわりと温めてくれる。


 火の粉が、ときおり、ぱちりと音を立てて夕闇へと舞い上がっていく。


 その炎の上に敷いた鉄網の上には、様々な食材が所狭しと並んでいる。


 今日の夕食は、待ちに待ったバーベキューだ。焼き魚だけじゃない。牧場から持って帰った肉を、葉月が薄く切ってくれた。ラズルグレナのペーストを塗った島野菜に、焼きたての芋。おまけに、陽奈が仕込んでいた果実ジュースまである。豪勢な夕食になりそうだ。


「あ、それ、もう裏返していいよ」

「この肉、すごくいい色になってる」

「ほら、次はこっちの野菜も。焦げる前に」

「はづ、火のそば、熱くない?」

「平気よ。あんたこそ、あっち向いてて。煙が目に入るわよ」


 皆でわいわい言いながら、網の上の食材が次々と焼かれていく。肉が炎に炙られて、甘い脂の匂いをあたりに振りまく。


「リヒトさん、どうぞ。最初の一枚」


 美玖《みく》が、小皿に焼きたての肉を乗せて、俺に手渡してくれる。


「お、ありがとう」

「お肉、やわらかくて、すっごく香ばしいですよ」

「ああ、うまい。これはいい」


 頬張ると、肉汁がじわっと広がった。岩塩と、ほんの少しの香草《こうそう》。それだけで、こんなにも贅沢な味になるのか。


「私も、食べていい?」


 萌奈《もな》が、きらきらした目でこっちを見てくる。


「もちろんだ。好きなだけ食べろ」


 萌奈とゆかりが、小皿を手に網の前へ並ぶ。美玖も、自分の分を取りながら、二人の世話を焼いている。本当に、よく食べる。よく笑う。焼き魚の骨をつまみながら、俺は、このにぎやかな食卓を幸せだと思った。


「リヒトくん、ジュース、注ぐね」


 陽奈が、果実ジュースの入った木のカップを差し出した。


「ああ、助かる。かなり美味いな、これ」

「でしょ。でも、ちょっと味が濃いかな」

「いや、ちょうどいいんじゃね」

「そう? これ、わたしが作ったんだよ」


 隣に座った陽奈が、くすくす笑いながら、俺のカップに追加でジュースを注ぐ。甘い香りが、潮風に混じってふわりと漂った。


 葉月《はづき》も、雫《しずく》も、楓《かえで》も、それぞれに飲み物を手にしている。みんな、よく食べてよく飲んでいる。そして、なによりよく喋っている。


 あっという間に辺りは暗くなり、浜辺の焚き火だけが赤々と照っている。


 見上げると、すっかり高く昇った月が、明るく海を照らし始めていた。


「ねえ、今日一日、どうだった?」


 陽奈が、カップを片手に訊いてくる。


「どうだったって、そりゃあ、最高だった。それに尽きるな」

「ほんとに?」

「ああ。朝はみんなの手作り朝食、それから海で泳いで、テティスで走って、焼き魚食って、夕方はバーベキュー。よく遊び、よく食った。これ以上ない休日だ」

「リヒトさん、そういうことを照れずに言い切るところが、かっこいいですね」


 美玖がにやにやしながら言ってくる。


「そりゃあ、まあな。メンタルの強さが、俺の取り柄だ」

「えー、そんなに強いかな? むしろ、弱い方なんじゃない?」


 葉月が言う。


「人って、強いところも弱いところもあるからね。一概に強い、弱い、て決めつけれるものじゃないわよ」


 雫が穏やかに笑いながら、そう言う。


 焚き火のあかりに照らされた、水着姿の女子たち。皆、髪が少し濡れていて、肌がほんのりと赤い。波の音を背景に、その姿は、どうしようもなく、絵になっている。思わず見とれてしまいそうなくらいに。


 今日は、本当に夢のようだったな。


 心の中で、密かにそう思う。口には出せない。出したら最後、また冷やかされるに決まっている。


「リヒトくん、なに一人でにやけているの?」

「いや、なんでもない」

「うそだ。何か、よからぬことでも妄想してるんでしょ?」

「人聞きが悪いな。俺はただ、いい夜だなと思っているだけだ」

「ふーん」


 陽奈は、疑わしげな視線を送ってくる。それから、夜の海へと目を移す。


「ま、いっか。わたしも、楽しかったし」

「だったら、それでいいじゃないか」

「うん、まあね」

 

 なんだかもう、何年もこの星で暮らしている気がする。実際は一ヶ月くらいなのだが。つまりはそれだけ、毎日が濃いということなのだろう。


「おかわり、どうぞ」


 雫が、また焼き上がった肉を配ってくれる。「皆、遠慮してると肉が余るわよ」


「してないしてない」

「してるわよ、リヒトくん、一番遠慮してるわよ」

「・・・・・・わかった。じゃあ、もう一枚」


 炎の向こうに、海が広がってる。白い月が、水面《みなも》に長く続く光の道をつくっていた。夜風に混じる煙の匂いと笑い声。肌に残る塩の感触。何もかもが、この星で過ごしてきた時間に、しっかりと根づいていた。


「明日から、また頑張ろうね」


 陽奈が、ぽつりと言った。


「ああ。今日一日で、英気は養えた」

「私も、明日から、また気合入れて」

「俺は・・・・・・まず、片付けか」


 テティスもアクアベースに収納しないといけないし、バーベキューの後始末もだな。


「リヒトくん、手伝おっか?」

「いや、俺ひとりで大丈夫、多分」

「またそんなこと言って・・・・・・リヒトくんの悪い癖だよ? なんでもひとりでしようとするのは」

「休むのも仕事のうち、って本に書いてありましたよ」


 いつの間にかやってきた楓が突っ込みを入れてくる。


「・・・・・・ありがと。じゃあ、みんなで後片付けするか」


 俺たちは、ぼちぼちと片付けを開始する。


 楽しかった時間はあっという間。だけれど、それ以上に、充実していた。


 月は空高く、白く皓々《こうこう》と輝いている。焚き火はいつの間にか、ゆっくりと燃え尽きようとしていた。


 どこまでも優しく俺たちを包んでくれるような、夜の海。頭上には、満天の星空が、俺たちを静かに見守ってくれている。


 ひょっとして、人生最高の一日だったかもな。そんなちょっと大げさとすら思える気持ちが、心の中に息づいていた。

 

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